登山者は安全登山の面からも取り組んでほしいSDGs的な課題、「R(Regard:考える・注意する)」
SDGs(持続可能な開発目標)の1つとして挙げられるのが、ごみを減らす「リデュース」の精神。余計なもの・不要なものは購入しないのは大切なことだ。そう思っていても、実際には無駄なものを買わざるを得ないこともある。その要因は「うっかり」に行き着く。
「自社商品を買わないで」とパタゴニアが言う理由
「Axios Harris Poll 100」をご存知でしょうか。アメリカのビジネス情報サイトであるアクシオスと世論調査会社のハリス・ポールが、大手企業100社のブランドイメージを米国民向けに調査したランキングです。
2021年5月に発表された最新版で、最も評判が高かった企業は「Patagonia(パタゴニア)」。新型コロナウイルスのワクチンを開発したファイザーやモデルナ、イーロン・マスクによるテスラやスペースXなどを抑え、なんと、アウトドアウェアメーカーが総合1位を獲得したのです(ちなみに2位は我らがHONDA!)。
ランキングの指標は以下の通り。日本語訳は筆者によるものですので、多少の言い回しの違いはご容赦ください。
- Affinity:親近感
- Ethics:倫理・道徳
- Growth:発展性
- Products/service:製品/サービス
- Citizenship:社会貢献
- Vision:将来への展望
- Culture:文化・気風
パタゴニアが環境問題に取り組む企業であることは周知の事実と思いますが、今回の調査では「倫理・道徳」「社会貢献」「文化・気風」のスコアで全企業中1位を獲得し、前回の調査から31位もランクを上げる結果となりました。
一方、総合最下位の企業は「The Trump Organization(トランプ前大統領の会社)」。調査対象にバイアスが掛かっているのではないかと勘ぐりたくもなりますが、アメリカの世論も「エコ」に意識が向いてきていると判断できるのではないでしょうか。
過去、パタゴニアはブラックフライデー(※詳細はWiki)に「Don’t Buy This Jacket(このジャケットを買わないで)」という自社製品の写真付きで新聞広告を出したことでも有名です。つまり、いくら環境に配慮したウェアであっても、セールに乗じて不要なものを買うのは控えてほしいというメッセージです。
「あざとい」と感じるギリギリの線をつくブランディングの巧さには唸るばかりですが、この意見広告はド正論。先日、日本でも行われたネット通販のタイムセールで、安さに釣られてアレやコレやを「ポチ」ってしまった方も多いことだと思います。
前置きが長くなりましたが、今回は山の添乗員が「無駄なモノ」を買ってしまった失敗談をお話ししたいと思います。
添乗員があれを忘れるなんて! 剱岳事件の顛末
トラブルが発生したのは、百名山の中で最難関との呼び名も高い剱岳への登頂を目指すツアーの初日。剱岳を擁する立山連峰への入り口である扇沢に貸切バスで乗り付け、トロリーバス(2019年からEVバスに更新)、ケーブルカー、ロープウェイを乗り継いで室堂平へ。その後、徒歩で剱御前小屋を目指すスケジュールです。
当時のタイムテーブルはこのようなものでした。
- 7:00 新宿発
- 11:00 扇沢着
- 14:00 室堂着
- 17:00 剱御前小屋着
北陸新幹線が金沢まで延伸し富山側からのアプローチが容易になる以前、東京発の剱岳ツアーは長野側から室堂へアクセスするのが一般的でした。
今考えると小屋入り予定が17:00という強行軍はいかがなものかとも感じますが、室堂から剱御前小屋まで3時間以内で歩けない方は、そもそも剱岳にチャレンジするのは危ないという「体力テスト」の意味合いも兼ねていたため、到着が予定時刻を過ぎることはほぼ無かったと記憶しています。
それにしても時間的にタイトなこの日、添乗員の腕の見せ所は“アルペンルートをいかにスムーズに乗り継ぐか”という点に尽きます。それぞれの乗り物は時刻表に沿って定期的に運行されているものの、昼休みのためか12時前後は運転間隔が長く、タイミングが悪いと途中駅で1時間ほど待たされてしまうケースがあるのです。
観光旅行であれば、風景を楽しんだりお土産を買ったりゆとりのある時間を楽しめますが、少しでも行動時間を多く取りたい登山ツアーではそうも行きません。11時ごろに貸切バスが扇沢の駐車場に到着するやいなや、切符を受け取るべく添乗員は猛ダッシュで窓口を目指します。
今回も鼻息荒く手続きを終わらせ、トイレに並ぶお客さんを急かし(急かされても困りますよね。スミマセン)、なんとか昼休み直前のトロリーバスに駆け込み一安心。これで予定通りに室堂へ到着できそうだとホッとしたのも束の間、自分が犯した大変なミスに気がついてしまったのです。
「俺、スニーカー履いてる」
添乗員はスニーカーのまま剱岳を目指したのか?
タイムロスなくスピーディーに移動することばかりに気を取られ、なんと自分の登山靴を貸切バスのトランクに置き忘れてきてしまった筆者。すでにトロリーバスは発車してしまっているため、走って取りに戻るというわけにもいきません。
隣の席に座った登山ガイドに小声で相談してみると、「大丈夫。川上くんならどんな靴でも登れるよ!」と、訳のわからない慰めをしてくれるだけ。
山の添乗員がコンバースのスニーカーで剱岳に登るなんて前代未聞。お客様の前ではなんともないフリを装っていましたが、「クレームが来たら始末書か減給か、それとも、クビ・・・?」と、それはもう内心ビクビクでした。
ケーブルカーに乗っている間、ずっと「腰パン」だったのは私がラッパーだからではありません。なんとかズボンの裾でスニーカーを隠そうとしていたのです。ロープウェイに乗っている間、絶えず車窓から後立山連峰の解説をしたのはサービス精神ではありません。なんとか視線を足元から逸らそうとしていたのです。
しかし、山の神は健気な添乗員を見捨てませんでした。アルペンルートの到着駅である室堂で、とあるアウトドアメーカーが販促用のブースを開いていたのです。幸運なことに登山靴も各種取り揃えられており、迷う事なく一番安い商品を手に取りました。
買ったのは登山靴というより室堂平をハイキングする方向けのトレッキングシューズでしたが、布製のスニーカーと比べれば(見た目的に)月とスッポン。急遽仕立てた靴だとお客様に悟られることもなく、無事に全員を剱岳の山頂へお連れすることに成功しました。もちろん、ザックに入れたスニーカーをお供にして。
その後、ツアーの集合時から登山靴を履いておく習慣がついたのは言うまでもありません。
“うっかり”が無駄の原因だ(特に筆者は)
今回ご紹介した失敗談は、「無駄なモノを買った話」というより、「買いたくないのに買わざるを得なかった話」といった方が正しいかもしれません。
室堂で購入したトレッキングシューズはその後も低山ハイクなどで活躍してくれましたので、単純に無駄な買い物だったとは思いません。ただ、忘れ物さえしなければ、新しい靴を買わずに手持ちの登山靴で代用できていたはずです。
この話に限らず、筆者は“うっかり”のせいで不要なモノを買ってしまうことはしばしばです。最近だとマスクの紐を切ってしまい、慌ててドラッグストアへ駆け込んだことがありました。ゴム紐が耳に当たって不快だったため、少しでも伸ばそうと引っ張りすぎたのが原因です。あいにく出先だったため大箱入りのマスクが入るほどのカバンを持ち合わせておらず、5枚で数百円もする高級品を購入するハメになりました。
割高なマスクが店頭に並んでいることから考えると、実は「コロナあるある」として多くの人が経験している事なのかもしれません。しかしながら、自分のうっかりのせいで、ただでさえ寒い懐を痛めるばかりか不要なゴミまで増やしてしまったことは大変心外です。
国連が提唱するSDGsの目標のひとつに、「つくる責任つかう責任」という項目があります。つまり、モノを作るメーカーだけでなく使用する消費者側にも環境に対する責任があるということです。
「つかう責任」を全うするため私達ができること。それは3R(Reduce:減らす、Reuse:繰り返し使う、Recycle:再資源化する)を心がけゴミを減らすことだとされていますが、私はそこにもうひとつのR(Regard:考える・注意する)を加えるべきなのではないかと思います。
地球のためにも、自分の懐のためにも、うっかりを減らして無駄を省きたいものですね。
プロフィール
川上哲朗
日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ、旅程管理主任者。(株)風の旅行社で主にネパールトレッキングの企画・販売を担当。
コロナ禍において山のライター、シラス漁師、鮮魚店の売り子、ポニーのお世話などの副業を始め、あらためて自分の好きなことを仕事にする喜びを感じている。1985年生まれの子育て世代。ペットは深海生物のオオグソクムシ 。
登山ガイド/添乗員は浮かばれない ~登山ガイド業の光と影~
旅行会社勤務の登山ガイドが語る、山と仕事に関するあれこれ。一見楽しそうに見えるガイド業、その実際は?