【巨大クジラを解剖する】皮を剥き、筋肉をはぎ取り、全身血まみれ…壮絶すぎるクジラの解剖

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日本一クジラを解剖してきた研究者・田島木綿子さんの初の著書『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること』は、海獣学者として世界中を飛び回って解剖調査を行い、国立科学博物館の研究員として標本作製に励む七転八倒の日々と、クジラやイルカ、アザラシやジュゴンなど海の哺乳類たちの驚きの生態と工夫を凝らした生き方を紹介する一冊。発売たちまち重版で好評の本書から、内容の一部を公開します。第8回は、解剖調査の道具について。

 

 

クジラがストランディング(座礁、漂着)すると、まず外貌(見た目)から死因を探り、次に内部の解剖調査を行う。クジラの解剖に使う道具や器具は、テレビドラマの手術シーンでよく登場するものとかなり近い。

医療用の解剖刀、メス、ピンセット、鉗子(かんし) 、両尖(りょうせん)ハサミ、腸切りハサミなどで、私の場合は大学時代から愛用している獣医領域の器具もある。

医療用以外の必需品としては「ノンコ」というものがある。木製の柄の先に金属のカギがついていて、魚市場などで大型の魚やトロ箱を引っ張るときによく使われているアレである。「手かぎ」ともいい、これが解剖調査にも大活躍する。

内臓を取り出す前に、クジラの厚い皮膚や膨大な筋肉を剝(は)ぎ取っていかなければならないのだが、このノンコで皮膚を引っ張りながら刃物を入れると、スムーズに剝(む)けるのである。

初心者の頃、先輩たちから「引っ張り90、入刀10」と教えられた。つまり、ノンコでどれだけ皮膚を引っ張れるかによって、皮膚を剝ぎ取る作業の進み具合が決定するということだ。

しかし、これは想像以上に〝超ガテン〞な作業である。皮膚がたるんでいると切り進めない。絶えずピーンと張った状態を保つ必要があり、切り進めていくほど引っ張る皮膚の範囲が大きくなって、より強い力がいる。

5メートルまでの個体なら、私はほとんど1人でこの皮剝きは進めることができる。要は力持ちの部類なのだろう。

しかし、ヒゲクジラやツチクジラなど10メートルを超え、皮膚がとくに頑丈な鯨種だと、1メートル四方切り進めるだけでもうへとへとである。腕の力だけではとても無理なので、両手でノンコを持ち、腰を使って全身で引っ張ることになる。

切り始めの頃は1人で引っ張れているとしても、切り進めて行くうちにどんどん重たくなってくるので、加勢が必要となり、しまいには5〜6名で引っ張っていることもある。

15メートルを超える大型クジラの場合は、どんな力自慢の男性であっても、1人で皮剝きをするのは不可能である。ある程度の人数がいても、ノンコだけで大型クジラの皮膚を引っ張り続けるのは限界がある。

そんなときは、クジラの皮膚に穴を開けてワイヤーを通し、そのワイヤーをパワーショベルで引っ張ってもらうのだ。パワーショベルのような重機も、調査に欠かせない縁の下の力持ちである。

今ではパワーショベルの大きさについて「コンマ45」「コンマ1以上」など、専門用語で指定できるようになった。「コンマ」とは、パワーショベルのバケット(アームの先についている掘削する部分)の大きさで、それによってパワーショベル全体の大きさや能力が決まっている。

たとえば、体長16メートル以上のマッコウクジラに対しては、少なくともコンマ45のパワーショベルを2台使わなければ、あの巨大な頭を動かすことはできない。

そんな巨大な頭を、パワーショベルで器用に動かしてくれるオペレーターさんたちの操作技術には、いつも敬服の思いだ。本来の仕事と違い、動かすものがおそらく初めて遭遇したであろうクジラという生き物であるにもかかわらず、臨機応変に対応してくださる。そうしたところに職人魂を感じ、調査が終わる頃にはいつも大の仲良しになっている。

ここまでの作業でも、相当に体力を消耗する。しかし、解剖調査において皮剝きは最初のステップで、本格的な内臓の病理学的調査はここからが正念場である。

 

※本記事は『海獣学者、クジラを解剖する。』を一部掲載したものです。

 

『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること~』

日本一クジラを解剖してきた研究者が、七転八倒の毎日とともに綴る科学エッセイ


『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること~』
著: 田島 木綿子
発売日:2021年7月17日
価格:1870円(税込)

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【著者略歴】
田島 木綿子(たじま・ゆうこ)

国立科学博物館動物研究部研究員。 獣医。日本獣医畜産大学獣医学科卒業後、東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻にて博士課程修了。 大学院での特定研究員を経て2005年、テキサス大学および、カリフォルニアのMarine mammals centerにて病理学を学び、 2006年から国立科学博物館動物研究部に所属。 博物館業務に携わるかたわら、海の哺乳類のストランディングの実態調査、病理解剖で世界中を飛び回っている。 雑誌の寄稿や監修の他、率直で明るいキャラクターに「世界一受けたい授業」「NHKスペシャル」などのテレビ出演や 講演の依頼も多い。

海獣学者、クジラを解剖する。

日本一クジラを解剖してきた研究者・田島木綿子さんの初の著書『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること』が発刊された。海獣学者として世界中を飛び回って解剖調査を行い、国立科学博物館の研究員として標本作製に励む七転八倒の日々と、クジラやイルカ、アザラシやジュゴンなど海の哺乳類たちの驚きの生態と工夫を凝らした生き方を紹介する一冊。発刊を記念して、内容の一部を公開します。

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