“境界”で探す自分だけの発見『武蔵野発 川っぷち生きもの観察記』
評者=盛口 満(沖縄大学学長)
本書は都市部の「川っぷち」の自然観察の記録だ。川っぷちというのは、境界だ。それは人の領域と生き物(他者)の領域の境だ。ただ、普段は、そこが境界だということに気づかず通り過ぎているかもしれない。著者にとって、地元の川っぷちが境界であることに気づいたきっかけは、オオタカがコサギを捕食している場面に偶然出会ったことであったという。この事件をきっかけに、毎日のように川っぷちを散策するようになる。これがめっぽうおもしろい。読みながら、なんどもうなずく箇所があった。
たとえば、自然観察を通じて、「妄想」(仮説ではなく)をわかせることが楽しみを豊かにする秘訣であると書かれているところとか。また、自然観察は発見の連続だけれど、この「発見」は、学会で知られていようが、自分が知らなければ自分にとっての大発見だと言い切っているところとか。著者は水産学で修士を修めているものの、現在は編集を生業とし、専門に研究対象としていた淡水魚以外、本書に登場する鳥などの動物についての知識は、ほとんど素人だったという。しかしだからこそ、自然観察を趣味と言う著者のスタンスや文体は、軽妙で、とりたてた専門知識がなかったとしても、明日にでも、自分もどこかで自然を見たくなるような気にさせてくれる。特に川にすむミミズの発見記のくだりは、結末もなにもないのだけれど、こんな身近に知らない世界があって、その中にずぶずぶと入り込んでいくことはおもしろいのだというメッセージが痛烈に伝わってくる。川ミミズって何者? ぜひ一読を。
(山と溪谷2022年3月号より転載)
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