一度は見てみたい。森に棲む美しいハト「アオバト」の見つけ方

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馬鹿っぽい、汚い、何考えているのかわからない……など、マイナスイメージも多く、時には害鳥として駆除もされる身近な鳥、ハト。そんなハトの世に知られていない豆知識がたくさんつまった本『となりのハト 身近な生きものの知られざる世界』(山と溪谷社)より、思わず誰かに話したくなるハトの秘密のエピソードをご紹介。

第4回目は日本に棲む、美しい緑色のハトの話です。

写真=柴田佳秀

 

美しい緑色のハト

ハトが嫌いな人に理由を聞くと、「色が汚らしいから」と言われることがある。確かにドバトは、暗い灰色の鳥なので美しいと思う人はあまりいないかもしれない。しかし、全身が黄緑色のアオバトを見たらどう思うだろう。きっと誰もが美しい!と思うに違いない。けっしてハト=汚い鳥ではないのだ。

アオバトは、全長三三センチメートルでドバトと同じ大きさである。雌雄ともに全身が鮮やかな黄緑色であるが、オスは翼の赤ワイン色が加わり、よりいっそう華やかにに見える。嘴は青く、足がピンク色なのもいいアクセントになっている。とにかく美しい鳥なのである。

緑色の体なのにアオバトという名前はちょっと変な感じだが、樹木の若葉を青葉というように、日本では古くは緑色を青と呼んでいたことにちなむ。一方、英名はJapnese Green Pigeon なので、こちらは日本のミドリバトということになる。学名は、Treron sieboldii といい、属名のTreron は臆病、sieboldii はシーボルトさんという意味である。要するにシーボルトさんが見つけた臆病な鳥ということである。シーボルトは一八二三年に来日したドイツ人医師で、日本の動植物を世界に紹介した人物として知られる。

 

巣はなかなか見つからない

アオバトは森に棲むハトだから、森の木に巣を作り繁殖する。しかし、繁殖生態の詳しいことはほとんどわかっていない。なぜなら、巣を見つけることが非常に困難だからだ。なにしろ、あの保護色である。木の上の巣に座ってじっとしていたら、まず見つからないだろう。また、鳥の巣を見つけるきっかけは、巣を作っている最中やヒナに給餌するときの親鳥の出入りによることが多いのだが、アオバトはこのチャンスが少ないのだ。アオバトなどのハトの巣は粗雑なので作る期間がとても短い。数日間であっという間に完成してしまうから、よほどタイミングがよくないと出会うチャンスがない。

ヒナへ給餌も親鳥の体の一部を与えるピジョンミルクがエサなので、外から運んでくることがない。ツバメみたいに、昆虫を捕らえるたびにヒナへエサを運んでくれれば、その動きで巣を見つけることができるのだが、アオバトはこの動きがないので、これまたチャンスがない。卵やヒナを温めるのは雌雄が交代して行うが、交代は一日に数回なので、出入りを押さえるのも至難の業である。

こんな具合に、巣を見つけるチャンスがアオバトは極めて少ないので、これまで見つかった巣の報告はあまりない。もちろん、私も見たことがない。しかし、執念があれば巣を見つけることが可能なのを「こまたん」というアオバトの観察グループが教えてくれた。

「こまたん」は、神奈川県大磯町を中心に野鳥観察をするアマチュアのグループである。アマチュアながら精力的にアオバトの調査研究を行い、アオバトの謎を解き明かしている集団なのである。

その「こまたん」が書いた『アオバトのふしぎ』という本には、巣を見つけ出す様子がドラマチックに書いてある。それによると巣探し探検隊を結成し、夏にアオバトがよくいる神奈川県の丹沢の山へ調査に入って通うこと一五回目にして、ついに巣を発見したのだとある。

巣は標高一一〇〇メートルの山の森にあった。斜面にはえたイヌシデの一二メートルほどの高さにある、太い枝で組んだ簡素な巣にアオバトが座っているところを発見したという。その後の観察により、ヒナは二羽であることや、ふ化から一五日ほどで巣立つことがわかったそうだ。また、四月末から五月いっぱいは求愛の時期で、五月下旬に巣作り、六月上旬に抱卵、中旬にふ化し、下旬に巣立つなどの繁殖スケジュールも判明した。さらに詳しいことは、『アオバトのふしぎ』を読んでいただけたらと思う。

 

森のハトが見たければ海へ行け

森の中で出会うことが難しいアオバトだが、ただ一つだけ簡単に出会う方法がある。

それは海へ行くことだ。森のハトなのに海へ行けとは、またしてもこの人は、わけのわからんことを言い出したと思うかもしれない。

じつは、アオバトには海水を飲むという変わった習性があるのだ。世界に約三五〇種もいるハトだが、海水をごくごく飲むのは日本のアオバトだけである。

海水を飲むのはどこでもということはなく、決まった場所がある。有名なのが北海道小樽市の海岸や神奈川県大磯町の照ヶ崎の磯であるが、全国各地の海岸で見つかっている。

海水を飲む環境はけっこういろいろで、磯や砂浜、波打ち際に置かれた消波ブロックなんていうのもある。とにかく海水を飲みに来る場所によいタイミングで行けば、あの美しい姿のアオバトを見ることができるのだ。

アオバトが海水を飲みに来るのは時期が決まっている。「こまたん」の観察によると、神奈川県大磯町では五月から一一月の間だけだという。他の海水を飲む場所でも、アオバトが現れるのは初夏から秋までで、冬には来ないのだそうだ。また、一日の時間帯では早朝が最も数が多く、午後はあまり飛んでこないこともわかっている。

私も大磯で観察したことがあるが、夜明け少し前に現場に到着し砂浜で静かに腰掛けて待っていると、日の出とともにアオバトの群れがやってきた。群れは数羽のときもあれば、五〇羽以上のこともある。次々と飛来しては磯に降り立ち、潮だまりの海水をごくごく飲んでいる。滞在時間はとても短く、数秒だったり、長くても数分で飛び去ってゆく。とても落ち着かないのである。ときには打ち寄せる波が磯を洗うことがあるので、そんなときはヒョイッと飛び立ってかわしていたが、本当に波が荒いと波にのまれて死んでしまう鳥もいるのだそうだ。

それにしても、青い海を背景に群れで飛んでくる黄緑色のアオバトは本当に美しい。すっかり魅了されてしまうのである。次々とやってくる美しいアオバトにみとれていると、いつしか群れが来なくなってしまった。時計を見ると九時半を回っていたので、やはり海水を飲む時間は早朝なんだなと実感した。

さて、この大磯の海岸にアオバトはどのくらいの数がやってくるのだろうか。実感としてはかなりの数のように思う。

ここでも「こまたん」の調査の結果をみると、飛来総数は、八月の多いときは一日で三〇〇〇羽にもなるという。この数字には同じ鳥が何回か重複しているだろうから、正確にはもう少し数が少ないと思われるが、それでもかなりの数のアオバトが海水を飲みに来ていることは間違いないのである。

※本記事は『となりのハト 身近な生きものの知られざる世界』(山と溪谷社)を一部掲載したものです。

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【著者略歴】

柴田 佳秀(しばた・よしひで)

1965年、東京生まれ。東京農業大学卒業。テレビディレクターとして北極やアフリカなどを取材。「生きもの地球紀行」「地球!ふしぎ大自然」などのNHKの自然番組を数多く制作する。2005年からフリーランスとなり、書籍の執筆や監修、講演などをおこなっている。主な著書・執筆に『講談社の動く図鑑MOVE 鳥』(講談社)、『日本鳥類図譜』(山と溪谷社)、『カラスの常識』(子どもの未来社)など。日本鳥学会会員、都市鳥研究会幹事。

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