ハトはなぜ、平和の象徴となったのか

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馬鹿っぽい、汚い、何考えているのかわからない……など、マイナスイメージも多く、時には害鳥として駆除もされる身近な鳥、ハト。そんなハトの世に知られていない豆知識がたくさんつまった本『となりのハト 身近な生きものの知られざる世界』(山と溪谷社)より、思わず誰かに話したくなるハトの秘密のエピソードをご紹介。

第8回目は平和の使者としてのハトの話です。

写真=柴田佳秀

 

ピカソは大のハト好き

八月六日に広島で開かれる平和記念式典では、一斉にハトが放される。一九四七年の「第一回平和祭」で、平和の象徴としてハトを一〇羽放ったことから始まり、コロナ禍でできなかった二〇二〇年以外は、毎年行われているセレモニーである。このハトたちは、レース鳩愛好家の皆さんがボランティアで持ち寄った鳥たちで、放鳥後はきちんと鳩舎に帰ってくるという。

ハトが平和の使者とされるのは、旧約聖書『創世記』にある「ノアの方舟」のエピソードにちなむとされる。ノアは洪水の後、水が引いたか確かめるためにハトを放した。しかし、まだ水が引いておらず、降りる場所がないからハトが戻ってきた。七日間待ってから再びハトを放したら、夕方になってオリーブの小枝をくわえて戻ってきた。それを見てノアは、水が引いたことを知ったのだという。

神の怒りを買って洪水で沈められた世界が、再び平和の世界になったことをハトが知らせたこの話によって、ハトとオリーブの組み合わせは、平和の象徴としてキリスト教では信じられてきた。また、攻撃的でない鳥であることも、平和のイメージを作り出しているのだろう。

ハトが平和の象徴とされるのは、キリスト教の信仰が広まっていた地域だけだったが、それが世界中に知れ渡るようになったのは、ある芸術家の影響とされる。スペインの画家、パブロ・ピカソである。
一九四九年にパリで開催された国際平和会議のポスターに、ピカソは白いハトの絵を描いたのだ。そのポスターが有名になり、ハトは平和の使者というメッセージが、日本をはじめとする世界中に浸透したといわれている。ピカソは大のハト好きで、アトリエでも飼っていたし、娘にもスペイン語でハトを意味する「パロマ」という名前をつけている。ポスター以外にも、オリーブをくわえたハトなど、多くの作品を残している。

 

ハトと人の暮らしは続いていく

そんな平和の象徴であったり、八幡様の使いであったハト。古代から伝書鳩として情報を伝える仕事をし、ときには戦争の犠牲となりながらも、人々の生活に役立つ存在だった。ところが今では、糞をまき散らす害鳥として、現代人から眉をひそめられる存在になっている。その迷惑な存在とされるハトは、もともとは人が便利な暮らしをするために利用してきた鳥の末裔であることを忘れないでほしい。鳩公害という言葉には、どこか他人事のような響きがあるが、元はといえばドバトの習性を考慮しなかった建築や都市計画、無配慮なエサやりなど、人間側の問題なのである。そこを理解しなければ、この問題は解決しない。

生物多様性の重要性が認識されるようになった現在、世界で約三五〇種もいるハトは、自然界になくてはならないメンバーである。鳩胸のエンジンを使って遠くまで飛び、植物の種子をまいて森を作る重要な仕事を担う存在であり、他の生物と複雑に関係し合う重要な構成者でもある。人間は、ドードーや五〇億羽もいたリョコウバトを滅ぼしてしまった苦い経験があるが、この教訓を胸に、ハトをはじめとする生物たちとの共存の道を模索しないと、私たちの将来は明るくない。この世の中に、無駄な生きものは一種たりともいないのであるから。

 

※本記事は『となりのハト 身近な生きものの知られざる世界』(山と溪谷社)を一部掲載したものです。

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著: 柴田佳秀
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【著者略歴】

柴田 佳秀(しばた・よしひで)

1965年、東京生まれ。東京農業大学卒業。テレビディレクターとして北極やアフリカなどを取材。「生きもの地球紀行」「地球!ふしぎ大自然」などのNHKの自然番組を数多く制作する。2005年からフリーランスとなり、書籍の執筆や監修、講演などをおこなっている。主な著書・執筆に『講談社の動く図鑑MOVE 鳥』(講談社)、『日本鳥類図譜』(山と溪谷社)、『カラスの常識』(子どもの未来社)など。日本鳥学会会員、都市鳥研究会幹事。

となりのハト 身近な生きものの知られざる世界

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