北海道・大雪山の山小屋にヒグマ現わる

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文・写真=昆野安彦

今年の7月下旬~8月中旬に大雪山の白雲岳避難小屋(以下、小屋)の周囲に人やテントの存在に無関心のように見える1頭のヒグマが頻繁に出没した(写真1、2)。私はこの期間小屋にいたので、小屋にいながらにして野生のヒグマの生態を観察できるという稀有な体験を得ることができたが、ここでは私が観察したこのヒグマの行動パターンを紹介し、今後同地を訪れる方々へのヒグマ対策の一助としたい。

【写真1】
小屋下の草地に現われたヒグマ。
性別や年齢は不明だが、肩の盛り上がり具合から
成獣と思われる(8月11日)


【写真2】
小屋のテント場に現われたヒグマ
(8月13日早朝)。
テントには関心を示さず、
静かに通り過ぎて行った


*****

このクマが小屋に現われる理由の一つは、小屋の周囲に餌となる植物が豊富にあることだろう。小屋の周囲には豊富な雪渓が点在するが、その雪解け水のおかげで春から秋まで湿潤な草地環境が保たれ、結果として長期間、さまざまな高山植物が小屋のまわりに繁茂している。クマはこの植物を目当てに小屋に来るのだろうが、私の観察ではとくにハクサンボウフウを好んで食べているように思われた。

写真3は8月11日のこのクマの移動ルートである。早朝5時に小屋のテント場に現われたクマは小屋を中心に反時計回りに採食しながら移動し、午前8時に小屋下の雪渓、午前11時に白雲岳分岐方面で目撃されている。小屋には3つの登山道があるが、そのため、クマは移動の過程でこれらの登山道を横切ることになる。実際、小屋から緑岳に通じる板垣新道では、雪渓に寝そべるクマと小屋に向かう登山者との距離はわずか50mほどであった(写真4)。

【写真3】
8月11日のクマの移動ルート(赤色の線)。
黄色の線は3本の登山道を示す。
テント場は小屋の背後にある


【写真4】
小屋の下の雪渓に寝そべるクマと
板垣新道を小屋に向かう管理人と登山者。
クマは人には無関心のようで、
無事に通過することができた(8月11日)


このクマは8月17日現在、人やテントには無関心のようで、人的、物的被害は出ていない。しかし、テント場でのゴミや食糧管理の不徹底などが今後起きれば、クマはテントや人のいる場所に餌があることを学習し、結果としてテントや登山者が襲われる可能性がある。最悪の事態を招かないためにも、今後同地を訪れる方々には以下のクマ対策を着実に実行していただければと思う。

①クマに向かって石を投げるなど、挑発的な行為を行なわない
②テント場にゴミや残飯を投棄せず、ビニール袋にパッキングしてすべて持ち帰る
③焼肉(ジンギスカン)など、クマを刺激する臭いの出る調理は行なわない
④登山道で遠くからクマを見つけた時は、クマが立ち去るのを待つか、場合によっては登山を中止して引き返す
④至近距離で遭遇した場合を考え、クマ撃退スプレーを携帯すると良い
⑤霧で視界が悪い場合は歩くのはできるだけ控え、見通しが良くなるまで待つ
⑥クマ鈴や笛を携行し、こちらの存在がクマに分かるようにする
⑧白雲岳避難小屋のフェイスブックにクマの出没状況が掲載されているので、これらの情報を収集して登山計画を立てる

このクマは、今秋はもちろん、場合によっては来年の夏も小屋の周囲に現われる可能性がある。人に危害を与えたクマは駆除される可能性があるが、お互いに不幸な状況にならないためにも、先に列挙したクマ対策の着実な実施を登山者の方々にはお願いしたい。

 

プロフィール

昆野安彦(こんの・やすひこ)

フリーナチュラリスト。日本の山と里山の自然観察と写真撮影を行なっている。著書に『大雪山自然観察ガイド』『大雪山・知床・阿寒の山』(ともに山と溪谷社)などがある

ホームページ
https://connoyasuhiko.blogspot.com/

山のいきものたち

フリーナチュラリストの昆野安彦さんが山で見つけた「旬な生きものたち」を発信するコラム。

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