何だろうこれは? 冬の森で見つけたエメラルド色のものの正体とは

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文・写真=昆野安彦

冬の森は夏に比べるとモノトーンで生き物の気配が少ない。けれども葉を落とした梢では集団で移動するシジュウカラやコゲラなどの野鳥の姿が見られるし、雪があればノウサギやキツネの足跡を見つけることもできる。このように、冬の森には冬の森ならではの楽しみがある。

昆虫はどうだろう。冬に活動している昆虫はごく少ないが、森のどこかで冬を越す卵や蛹の姿を見つけることは普段は目にする機会の少ないその種の生態の一端を垣間見ることになり、自然観察者にとって冬の森歩きは結構楽しいものである。

今回紹介するのはウスタビガという蛾の繭だ。この蛾の幼虫は初夏になると木々の枝に美しい黄緑色の繭を作るが、この繭は成虫が羽化した後もそのまましばらくは枝に残される(一部は地面に落ちる)。

冬の雑木林を歩くと、時々、エメラルド色と言ってもいい不思議なものが地面に落ちている。何だろう?

冬の森を歩くと時々この繭に出会うが、モノトーンの冬の森ではそのエメラルドのような黄緑色がとても目立ち、宝物を発見したようなとても嬉しい気分になる。

その正体はウスタビガという蛾の繭(まゆ)だ。これはコナラの枝に残っていたもので、冬枯れの雑木林で美しく輝いていた

この蛾の生態をもう少し詳しく紹介すると、ヤママユガ科という大型の種で構成されるグループに属している。ヤママユガ科のなかでは小さいほうだが、それでも翅を広げた開帳は10cmほどもある。

ウスタビガの成虫(♂)。それぞれの翅に動物の眼を思わせる半透明の斑紋がある。大きな蛾で左右の翅の開帳幅が10センチほどもある

北海道から九州の山野に広く分布するが、春に孵化した幼虫はコナラやサクラなどの落葉樹の葉を食べて育ち、夏頃に木の枝に繭を作る。私はこの繭作りを間近で見たことがあるが、自身の体が入る部分を先に作り、最後に上部の部分を閉じていた。

ウスタビガ幼虫の繭づくり。口から糸を吐いて繭を作る最終工程の段階で、最後に上部の脱出口を作れば繭の完成だ

幼虫は繭を完成させると、ほどなくして蛹になり、その年の秋に羽化する。冬の森で見つかるエメラルド色の繭は、先ほども述べたように成虫が羽化した後の、もぬけの殻ならぬ「もぬけの繭」というわけだ。

秋に繭から脱出・羽化した雌は雄と交尾後に樹枝などに産卵するが、時々、繭に卵が付いていることがある。繭に卵がついている理由は、繭から脱出したばかりの雌が飛んできた雄と交尾し、雄と離れた後に、その場で繭に産卵するからだ。

繭の表面にウスタビガの卵がついていることがある。この理由は、羽化直後に交尾した雌が、その場で繭に産卵したからである

ところで成虫は繭からどうやって出てくるのだろうか。ちなみに同じように繭から成虫が出てくるカイコの場合は、タンパク質分解酵素を使って繭に隙間を作ってから出てくることが知られている。

試しに成虫が羽化したあとのウスタビガの繭の上部を左右から指で押してみると、案外広い隙間が簡単に開く。一方、蛹が内部にある羽化前のこの隙間は、指で強く押しても簡単には開かない。このため、繭の中で羽化したウスタビガの成虫はおそらくカイコと同様に、タンパク質分解酵素を使ってこの部位を少し溶かし、柔らかくしてから這い出てくるものと思われる。

成虫が羽化・脱出した後の繭の上部は、指で左右から少し圧迫すると簡単に開く構造になっている

繭の下部には小さな穴が開いているが、これは雨水によって繭の中が水浸しにならないように、侵入した雨水を逃がすための巧妙な仕組みと言われている。ただし、以前、私は繭を作る前の幼虫に体長2ミリほどの小さな寄生蜂が産卵しているのを見たことがある。

繭の下側には小さな穴が開けられている。もしこれが雨水の排出用なら、虫とはいえ、その知恵には驚くばかりだ

寄生蜂に産卵された幼虫が仮に繭を作った場合、繭の中でウスタビガの幼虫あるいは蛹を食べて成長した次世代の寄生蜂は、きっとこの小さな穴から外部へ脱出すると思われる。もしそうなら、この穴はウスタビガにとっては、いいことばかりではないのかもしれない。

ウスタビガという名前の由来には、二つの可能性が指摘されている。一つは漢字で書くと「薄手火蛾」になる。手火(たひ)というのは手に持って道を照らす火のことで、提灯の意味もあるそうだ。つまり、薄手火蛾とは木にぶら下がる繭の様子をこの手火に見立てて名付けたものである。もう一つは漢字で書くと「薄足袋蛾」で、これは繭を足袋に見立てたものだ。

当初、私は薄足袋蛾派だった。それは「薄」という字が、足袋ならよく当てはまるように思えたからだが、この原稿を書くにあたって木の枝にぶら下がる繭の写真を再度じっくり見ているうちに、昔の人がこれを手火に見立てたのは、あながち否定できないと思うようになった。

日本の美意識の一つに「侘び寂び」がある。ウスタビガの繭を手火に見立てるのは、足袋よりも侘び寂びの美意識により近い気がする。これが薄手火蛾に鞍替えした理由だが、皆さんはどちらを支持されるだろうか。

私は拾ってきた繭をガラス瓶に入れて部屋に飾っているが、いちばん多いときで20個くらいたまったと思う。友人が訪ねてくると、せっかくなので記念にと帰り際に1個ずつお渡ししていたが、気づいたらいつの間にか5個ほどに減ってしまった。

これではガラス瓶が少し寂しいし、誰にもあげられなくなってしまう。そこでこの冬はまた雑木林に入って、このガラス瓶の見栄えを良くしようかな、などと思っている。

ガラス容器に収められたエメラルド色の宝物。友人が訪ねてくると一個ずつ、来ていただいた御礼として差し上げている

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著者 永幡嘉之(著、写真)、奥山清市(写真)
発行 山と溪谷社(2017年刊)
価格 1,980円(税込)
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プロフィール

昆野安彦(こんの・やすひこ)

フリーナチュラリスト。日本の山と里山の自然観察と写真撮影を行なっている。著書に『大雪山自然観察ガイド』『大雪山・知床・阿寒の山』(ともに山と溪谷社)などがある

ホームページ
https://connoyasuhiko.blogspot.com/

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フリーナチュラリストの昆野安彦さんが山で見つけた「旬な生きものたち」を発信するコラム。

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