テント泊の登山者が起きてこない…。本当に怖い一酸化炭素中毒【前編】

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登山にはさまざまなリスクが潜んでいるが、調理などで火器を使う際に忘れてはいけないのが一酸化炭素(CO)中毒だ。うっかりテント内でストーブなどを使用すると、気づかないうちに死に至ることもある。登山におけるCO中毒の危険性と対策について考える。

構成・文=ヤマケイオンライン編集部
 写真=柄沢啓太、編集部

テント泊で使用する火器。便利な道具だが、
使い方を誤ると危険

 

一酸化炭素中毒の恐怖

テント泊の登山者が朝になっても起きてこない——。新潟県の妙高山の山小屋で9月15日、男性登山者(30)がテントの中で死亡しているのが発見された。警察の調べによると、男性の死因は一酸化炭素(CO)中毒だった。気温が下がる秋から冬にかけては、テント内で火器を使用したくなるが、そこには致死率の高い一酸化炭素による事故の危険がひそんでいる。

一酸化炭素(CO)は極めて毒性が強いといわれる。それは、体内で血中の酸素を運ぶヘモグロビンと強く結びつく性質をもつからだ。その結合のしやすさは酸素の250倍以上で、酸素が体に行きわたらなくなってしまう。加えて、細胞内の酵素と結びつくために、細胞が酸素を利用できなくなる。

空気中に一酸化炭素が1.28%含まれていれば、1〜3分で死亡するという恐ろしさで、運よく死をまぬがれても、酸素を多く必要とする脳や心臓などの臓器に深刻な障害が起こりやすい。脳のダメージにより、5分前に食べた朝食のメニューがわからない、1+1の計算ができないなど、記憶障害や健忘症などの後遺症が固定化してしまうこともある。

さらに一酸化炭素が怖いのは、中毒に気づかない点だ。一酸化炭素は無色無臭で、比重は空気とほぼ同じ。空気中でその濃度が上がっても、察知することはできない。さらに、軽度の中毒症状はめまいや頭痛、吐き気など高山病や風邪に似ているためわかりにくく、手遅れになりやすいといえる。

 

空気中の一酸化炭素(CO)濃度(%)と吸入時間による中毒症状

一酸化炭素(CO)濃度(%) 吸入時間による中毒症状
0.04 1~2時間で前頭痛や吐き気、2.5~3.5時間で後頭痛
0.16 20分間で頭痛、めまい、吐き気、2時間で死亡
0.32 5~10分間で頭痛、めまい、30分間で死亡
1.28 1~3分間で死亡

出典:経済産業省ウェブサイト

 

火器の不完全燃焼が悲劇を招く

小さなガス器具でも、燃焼の際には大量の酸素が必要となる。登山用のシングルバーナーでも、1時間あたりドラム缶約10本分の新鮮な空気が必要であり、それが不足すると、たちまち不完全燃焼状態となり、一酸化炭素が発生する。テントの中での火器使用は火災ややけどなどの危険もあるが、そのリスクの最たるものが、不完全燃焼による一酸化炭素中毒だ。

一酸化炭素中毒の事故例を見ると、多くの場合が閉鎖された環境で燃焼器具や発電機などを使用した際に起きている。妙高山の事例では、テント内で固形燃料を使った形跡があったという。過去には山小屋のストーブが不完全燃焼を起こし、多数の宿泊者が病院に搬送されるという事故もあった。登山以外では、氷上ワカサギ釣りのテントなどでは、木炭、練炭などの不完全燃焼による中毒も少なくない。日常生活でも、換気の悪い工場や厨房などの施設内や、積雪で排気が妨げられた自動車内、火災現場でもたびたび発生している。

登山者用ガスストーブは、カートリッジに封入したブタンやイソブタン、プロパンといった液化石油ガス(LPG)を燃焼させる器具だが、ショップで販売されている検査・認証済みの製品も、すべて屋外用となっている。LPGはガス漏れを検知しやすくするために、タマネギの腐敗したようなにおいをつけているが、一酸化炭素にはそれがないために、発生に気づきにくい。

ガスカートリッジの「屋外専用」の表示。
側面には一酸化炭素の注意喚起も印刷されている


登山における注意点としてもう1点、自動車内での燃焼器具の使用がある。登山口で車中泊や仮眠をする人も多いが、車内でのストーブの使用も厳禁。気密性が高い点では、テント以上に危険といえる。

妙高山の事故で使用されていたのは固形燃料だった。事故で使用された製品は不明だが、登山用固形燃料の代表格「エスビット」を輸入する飯塚カンパニーの長島紀昌さんは「固形燃料はガスストーブなどと同様、換気をよくした環境で使用していただきたい。固形燃料や、固形燃料を使うクッカーセットの製品にも、換気や屋外使用を呼びかける注意書きを添えています」と話す。

燃焼器具の種類を問わず、不完全燃焼を防ぐには、「新鮮な空気が供給できるところで使用すること」に尽きる。

 

高機能クッカーの思わぬ危険性

登山用ストーブの不完全燃焼に加えて一酸化炭素が発生する原因となるのが、鍋底に「ヒートエクスチェンジャー」などと呼ばれる、蛇腹状のフィンを備えたクッカーだ。こうした構造で熱効率を高めたクッカーは短時間で調理でき、燃料の節約ができるため愛用者も多い。しかし、このタイプのクッカーはフィンによって中央部に当たる炎に酸素が供給されにくく、正しく使用した場合でも一酸化炭素が発生する。

熱効率を高めるためのフィンを備えたクッカーは
屋外専用だ


登山用クッカーに限らず、過去には家庭用の調理鍋でも、ガスの燃焼効率を高めるために類似のフィンを備えた製品が販売されたことがあった。しかし、発売後に一酸化炭素が発生することがわかり、販売を停止した例もある。家屋内で使用することが前提なので、その危険性は容易に想像できるというものだ。

燃焼器具と同様、こうした高効率クッカーも屋外用となっている。こうしたヒートエクスチェンジャー付きの高効率クッカーを購入する場合、あるいはすでに使用している場合は、「常に一酸化炭素が発生する」という特性を理解した上で使用することが重要だ。

後編では、テントメーカーや山岳ガイドからの視点を交えて、一酸化炭素中毒について考える。


参考文献・ウェブサイト
  • 『安全工学』(安全工学会/1966年5巻3号)
  • 『消費者庁リコール情報サイト』(消費者庁)

 

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