テント泊の登山者が起きてこない…。本当に怖い一酸化炭素中毒【後編】
過去にさまざまな事故が起きている一酸化炭素中毒。前編では燃焼器具を閉鎖空間で使う危険性や、一酸化炭素を発生させる器具について紹介した。後編ではテントメーカーや山岳ガイドの視点も交えて、登山の実情に合った対策を考えてみたい。(→「前編」はこちら)
構成・文=ヤマケイオンライン編集部
写真=柄沢啓太、編集部

そこにはCO中毒の危険が伴う
テント内での火気使用のリスクを把握する
登山用の燃焼器具が屋外用であるように、テントもまた火気厳禁が前提の道具だ。製造業者などの損害賠償責任について定めたPL法(製造物責任法)の施行以降、燃焼器具の「屋外使用」と同様に、テントの取扱説明書にも「火気厳禁」といった、事故の危険性を徹底的に排除するための記載が不可欠になっている。
ヒマラヤや極地でも使用される質実剛健なテントで知られるアライテント。同社の福永克夫さんは、自身も豊富な登山経験をもつだけに、テント内で火器を使う危険性はもちろん、教条的な取扱説明書が登山者のニーズに必ずしも合致していないこともよく理解している。
そうした状況で福永さんが危惧しているのは、登山者から登山者へと、実践的な技術が受け継がれにくくなっていることだ。
「調理だけでなく水作りも必要になる雪山などでは、火器の重要度が増してきます。テントの中で火器を使うのは危険です。しかし、厳しい気象条件のなかでどうやって炊事をするか。そこで必要になるのが、教科書には載せきれない細かい生活技術です。
この20年ほどで山岳会の衰退などが進み、生活技術が継承されなくなってきています。強風、吹雪などが当たり前の冬山のテント泊で、“火器による事故を防ぐための知識”が伝わっていないんです。絶対に必要な技術や知識を教えてもらう機会のないまま、独力で山登りをしている人が多いことが心配ですね」
登山を続ける中で、小さな失敗を重ねて成長していくものだが、登山者の命を奪う致命的な失敗になりかねないのが一酸化炭素中毒の恐ろしい点だ。

キャンプシーンで普及が進む警報器
このところ空前のブームとなっているキャンプ。慣れたキャンパーの中には、冬の寒さもいとわず、雪中キャンプを楽しむ人も少なくない。雪山登山とは異なり、キャンプなら装備重量を気にせず道具を持ち込めるため、テント内で暖房用ストーブを使うケースも見られる。クラシックな石油ストーブはもちろん、カセットガスを燃料とするストーブや、キャンプ用の薪ストーブまである。
これらの暖房器具も例外なく一酸化炭素中毒のリスクがついてまわる。そこで使用されるようになっているのが、火災の煙や一酸化炭素の発生を検知してくれる警報器だ。工場などはもちろん、家庭用火災警報器は一般住宅の台所などにも設置され、広く普及している。キャンプ用をうたう一酸化炭素検知器もあるが、リチウム電池などを使用する住宅用の火災警報器をキャンプサイトで使う人も多い。しかし、こうした警報器はあくまでも一酸化炭素を感知した際にアラートを発してくれるだけで、中毒の危険そのものがなくなるわけではない。

(新コスモス電機SC-735)。
電池式なら屋外でも使える
結局、テント内の火器使用はNG?
実際問題、テント内で火器を使ってはいけないのか。雪山登山の技術書では、テント内での火器使用を前提に生活技術が解説されることも多いが、そのリスクの高さについても必ず記載がある。『ヤマケイ登山学校 雪山登山』(山と溪谷社)では、酸欠や一酸化炭素中毒、やけど、火災などのリスクにも触れた上で「外が吹雪でも必ず換気を行なうこと」と解説している。同書の著者であり、国際山岳ガイドの天野和明さんは、自身の経験を踏まえて、「一酸化炭素中毒の恐ろしさと、その性質を知っていることが生死を分ける場合もある」と話す。
天野さんも一酸化炭素中毒になりかけた経験をもつ。「冬の甲斐駒ヶ岳でのことでした。湿雪が降る中、入り口を少し開けて、仲間と3人でテントの中でガスバーナーを使っていたんです。鍋はヒートエクスチェンジャー付きのものでした。疲れていたし、バーナーの暖かさもあって、気持ちよくてついうとうとしてしまったんですが、そのときにかすかな頭痛のようなものを感じたんです。その瞬間、一酸化炭素中毒のことを思い出して、すぐにバーナーを外に出しました」
ともにテントにいた仲間は特に異常を感じておらず、天野さんが一酸化炭素中毒の初期症状がどういうものか知らなければ、3人はそのままテントの中で中毒死していた可能性もある。天野さんがそのとき思い出したのは、大学山岳部の学生が雪山で行方不明となり、春になってから、テント内でストーブを囲んだ状態のまま雪に埋もれていたのが見つかったという事故のことだった。
「一酸化炭素中毒に関する知識ももちろんですが、その事故のことが頭にあったので、とっさに一酸化炭素の怖さを思い出したのかもしれません」
マニュアルに従い、道具を正しく安全に使うことは大切だ。しかし、いくつもの多様なリスクが同時に存在する山では、「何か最も安全か」を総合的に判断し、柔軟に対応することが求められる。そのとき、自分が行おうとしている行為の危険性や、そのリスクを下げるための方法を知っていることが、自分自身を守ることにつながるはずだ。もうすぐ山は雪の季節を迎える。一酸化炭素中毒の恐怖は、身近に存在することをもう一度肝に銘じておきたい。
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