日常で極地を思い極地で日常を思う。写真家のエベレスト『エベレストの空』【書評】

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評者=花岡 凌

エベレストの空

著:上田優紀
発行:光文社
価格:1540円(税込)

 

登山家としてではなく、写真家としてエベレストに挑んだ上田さんの遠征をつづった一冊。

どうしてもエベレストへ行きたいという衝動に駆られ、計画は始まる。いったいどんな景色が待っているのか。自分が行くことで何を世の中へ伝えることができるのか。

そんな写真家としての興奮を感じながらも出発直前の自宅ベッドで少しだけ億劫になってしまう「行きたくない自分」については、私も北極に行った経験から非常に共感してしまった。日本で日常を送っている時には極地を思い、心を奮い立たせる。しかし、いざ極地で日々を過ごしていると日本での日常を思い、心が満たされる。

一瞬の判断ミスが生死を分ける極地での日々のなか、写真家として、登るという行為だけでなく、心惹かれた風景にシャッターを切っているのである。

そして上田さんはこう記している。「外側からだけでなく、その山が内包する自然を体感したい。そしてどんな場所であってもそれを記録することこそが僕の写真家としての使命なのだ」

そんな上田さんが命を懸けて撮影してきた写真と共につづられる遠征の記録。ぜひ、コーヒーを飲みながら極地に思いをはせたい。

 

評者=花岡 凌

はなおか・りょう/ネイチャーフォトグラファー。長野県を拠点に、自然に関わりをもつものを中心に撮影を行なう。2019年に北極遠征に参加。個人での遠征を現在計画中。

山と溪谷2022年11月号より転載)

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