信州・四賀にある虚空蔵山。特徴的な山容と、展望、岩屋神社など魅力多い里山を訪ねる

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松本市街地から北へ里山を越えると四賀の谷が現われ、ここにひときわ特徴的な虚空蔵山が聳えている。山城でもあったこの山は川中島の合戦の舞台にもなり、四賀の中心部の会田という地名をとって会田富士とも呼ばれる。抜群の展望、岩窟の岩屋神社、山城跡など魅力の多い里山である。

写真・文=田村茂樹

岩井堂コースから四賀の谷の展望

岩井堂コースから四賀の谷の展望

虚空蔵山(こくぞうさん)という名前は仏教に馴染みがないと不思議な名前である。「虚空蔵」の名は虚空蔵菩薩に由来する。広大ですべてのものを包みこむ蔵(虚空蔵)のように、無限の福徳や智慧を持ち、これらを人々に与え救ってくれるのが虚空蔵菩薩だ。御真言が長くて覚えにくいからか、無限の記憶力を得られるという御利益も信仰の広がりに一役買っていたという。そんな虚空蔵菩薩が祭られているので虚空蔵山というわけだ。

虚空蔵山は見る角度によって全く印象が違って見えるのが面白い。以下の2枚は同じ虚空蔵山だが、全く違った印象を受けるのではないだろうか。その謎を解く鍵は虚空蔵山の形にある。虚空蔵山は大雑把に言うと三角柱を横にしたような形をしている。このため、見る角度によっては台形、また角度を変えれば三角形に近く見えるという不思議な現象が起きるのだ。

中川(南)からの山容

中川(南)からの山容

会田(南西)からの山容

会田(南西)からの山容


●岩屋神社コース

虚空蔵信仰の奥社(奥の院)である岩屋神社を経て山頂に向かうコース。登山口の鳥居の脇には清水(オゲ水)が湧き出している。禊ぎを済ませてから登っていこう。 よく見ると、鳥居をくぐってそのまま直登していく道と、左に登っていく道がある。直登する道はいわゆる男道、左は女道だったと思われるが、前者はところどころで石段が崩れかかっている。足や体力に自信のある人以外は左の道がおすすめだ。左の道は女道とはいえ、歩いてみると急登。自分のペースをしっかり作って歩を進めよう。

岩屋神社コース登山口

岩屋神社コース登山口


25分ほど登ると、右手に岩屋神社が現れる。それまでの石段といい、岩窟を利用した懸造りの拝殿といい、昔の人の信仰の篤さを強く感じさせる。近づいてみると拝殿の手前に磨崖仏が彫られ、拝殿の中には虚空蔵菩薩が祭られている。神社に仏様が祭られていることに違和感を持つかもしれないが、そういう認識になったのは明治時代以降の話。ここには神仏習合の名残りがあるのだ。

岩窟にへばりつくように建てられた岩屋神社

岩窟にへばりつくように建てられた岩屋神社

磨崖仏の数々

磨崖仏の数々


お参りした後、急登を登っていくとまもなく稜線に達し、右に行くと「虚空蔵山城跡」の碑がある山頂に着く。山頂からは筑北の谷、聖山、遠くには北アルプスが一望できる。分岐まで戻って岩井堂方面に少し下ったところには南に開けた見晴台があるので、こちらもぜひ立ち寄ってほしい。

虚空蔵山山頂から、北アルプスの展望

虚空蔵山山頂から、北アルプスの展望


●岩井堂コース

林道花河原線沿いにある信濃三十三観音霊場の岩井堂の前に駐車スペースがあり、そこから林道を登っていく。砂防堰堤の脇には善光寺街道の一里塚とうつつの清水の跡がある。当時の旅人はここで喉を潤して、峠越えの難所に臨んだことだろう。虚空蔵山へはすぐ先の看板から右に道を入っていく。しばらく作業道を進むと広場があり、ここからいよいよ登山道となる。少し登ってなだらかになり、送電線鉄塔の脇を通り過ぎる。さらに行くと、四阿屋社の立派な祠がある。

四阿屋社の祠

四阿屋社の祠


ここからが本コース一番の大変なところ。つづら折れを地道に登っていくと、岩がちな稜線に出て木々の隙間から下界が垣間見られるようになってくる。ほどなく突然景色が開けて、眼下には四賀の谷、遠くには美ヶ原や御嶽山などが望める。ここまで来れば山頂はもうすぐだ。

鉢盛山と、右奥に御嶽山も遠望できる

鉢盛山と、右奥に御嶽山も遠望できる

山頂から、聖山と筑北の谷の展望

山頂から、聖山と筑北の谷の展望


先に紹介した岩屋神社コースと合流すれば、すぐに山頂となる。山頂の石碑にも書かれている通り、虚空蔵山は川中島の合戦の最前線にもなった山城の跡でもある。山頂の「峯ノ城」から東に進んでみると堀の跡がよく分かる。ほかにも虚空蔵山の登山道沿いには人工的にならされた平地があり、これらはいずれも山城の遺構である。歴史好きな人は探してみると、より楽しめることだろう。

知らなければ通り過ぎてしまいそうな城跡の遺構

知らなければ通り過ぎてしまいそうな
城跡の遺構

 

MAP

虚空蔵山地図

コースタイム:岩屋神社コース:往復約1時間/岩井堂コース:往復約2時間

プロフィール

田村茂樹(たむら・しげき)

長野県筑北村在住。街道歩き・里山登山からバリエーションルート・雪山登山まで幅広いフィールドを案内するガイドとして活動。主な活動地域は長野県とその周辺山域だが、特に黒部川と高瀬川の源流域の沢を得意とする。大学では地質学や地形学を学び、また山伏でもあるので、山の歴史や信仰や古道、地理・地形・地質の解説が得意。
公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージIII/スキーガイドステージI。長野県認定・信州登山案内人。善光寺街道協議会認定・善光寺街道歩き旅案内人。 ⇒登山ガイドのたむ屋マウンテン

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