冬山シーズン本格化、遭難も多発中。遭難事例から雪山のリスクを考えよう

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本格的な冬山登山シーズンを迎え、各地で雪山での事故が相次いでいる。バックカントリースキーなどの事故も多いが、ここでは雪山登山に絞って2022年1月の遭難事例を振り返ってみた。最新の事例から、雪山のリスク管理についてあらためて考えてみよう。

文=野村 仁

軽いホワイトアウトの状況。
雪山はナビゲーション力が必須(安達太良山、写真はイメージ)

 

本格的な雪山シーズン到来。各地で遭難が増加

今シーズンは12月から寒波の襲来が早く、コロナ禍の状況も比較的落ち着いているため、雪山登山を再開しようという人が多いようです。12月から1月にかけて、雪山遭難が目立つようになってきました。警察庁の発表によると、年末年始(12月29日~1月3日)の山岳遭難は40件発生して54人が救助され、統計開始以来2番目に多かったそうです。雪山のリスク管理を考えるため、昨シーズンの注意すべき事例を紹介してみたいと思います。

 

事例1 中央アルプス・伊勢滝 道迷い(無事救出)

1月4日(火)、前日から中央アルプスに入山して宝剣山荘に宿泊した男性(47歳)が、8時前に山荘を出発して以後、行方不明になりました。男性は千畳敷へ下山して、山麓のバス停で知人と会う予定でしたが、予定時刻の15時を過ぎても現われませんでした。5日から捜索が行なわれ、捜索4日目の8日、県警ヘリが伊勢滝避難小屋近くで男性を発見、無事救助されました。

中央アルプスで遭難した男性がたどったルート

中岳から黒川源頭の斜面を見下ろしたところ。
左へ下りれば伊勢滝方向(資料写真)

[解説]
男性は乗越浄土から千畳敷へ下る予定でしたが、方角を誤って黒川源頭の斜面を下ってしまったのでしょう。過去に何度も道迷い遭難が発生している場所です。4日の現地は風雪のような天候だったと推測されます。地図を見て慎重に進行方向を判断しなくてはなりませんが、男性は地図アプリの入っていたスマートフォンを、途中で紛失してしまったと言っています。現在は印刷地図を持たずに、スマホの地図アプリを使っている人も多いと思います。その場合、スマホが使えなくなると致命的な状況に陥ります。予備のスマホを持つか、緊急時用の紙地図(印刷地図)が必要です。また、予備のバッテリーも必須です。男性は迷った先に幸運にも避難小屋があったので、4日間命をつなぐことができました。

 

事例2 伊吹山六合目 雪崩(重傷)

1月4日(火)13時ごろ、伊吹山の表登山道六合目上部で雪崩が発生し、3人パーティと単独登山者計4人が巻き込まれました。そのうち単独男性(48歳)が肋骨や腰を骨折して重傷を負いました。ほか3人は自力で脱出後、単独男性を救助して六合目避難小屋に避難しました。現場は六合目から200mほど登った付近で、雪崩の大きさは幅約50m、長さ約100mでした。

伊吹山の雪崩発生地点

伊吹山の表登山道。
このときはかなり右手にトレースがつけられていた(資料写真)

[解説]
当日は強い冬型気圧配置で、日本海側の広い範囲で降雪がありました。伊吹山周辺も雪だったと思われます。彦根地方気象台では、2日午前から米原市に雪崩注意報を出していました。このような悪条件のときは、伊吹山の表登山道には立ち入らない、ということに尽きます。伊吹山は初級者でも挑戦できるすばらしい雪山ルートですが、表登山道は雪崩リスクのある地形の中を通っています。まとまった量の降雪があれば、その後晴天になっても、雪質が安定するまでの一定期間は雪崩リスクがあります。多くの登山者が登っていると何も危険がないように見えるのですが、そうではありません。雪崩が発生しそうな条件のときには、避難小屋の手前で雪質のチェック(弱層テストなど)をして、雪崩リスクを判断しましょう。確信がもてないときは登らないことです。

 

事例3 八ヶ岳連峰・東天狗岳 道迷い/低体温症(死亡)

1月17日(月)19時45分ごろ、八ヶ岳連峰・東天狗岳の山中にいた男女3人から、「悪天候で身動きできない」と119番通報がありました。長野県警茅野署と地元の遭対協(遭難防止対策協議会)が18日早朝から捜索して、8時ごろ、山頂付近の稜線で3人を発見しました。このうち女性(71歳)は意識不明状態で、隊員により山小屋へ搬送され、のちに死亡が確認されました。男性2人(84歳/71歳)は軽い低体温症で、1人は隊員が背負い、1人は自力で山小屋へ移動後、15時過ぎに下山しました。

北八ヶ岳・天狗岳の遭難発生場所

[解説]
この事例は、当時マスコミで大きく報道されました。佐賀県の社会人山岳会パーティで、16日に入山して夏沢鉱泉泊、17日は赤岩ノ頭~硫黄岳~夏沢峠~東天狗岳~黒百合ヒュッテ泊、という予定でした。17~18日は冬型の気圧配置で、現地では17日は雪、夜は吹雪になったということです。3人は朝7時過ぎに夏沢鉱泉を出発して、11時27分に硫黄岳着、13時過ぎに夏沢峠着、16時過ぎに東天狗岳に着きました。それから下山方向を誤って迷い、17時25分にヘッドランプを使い、18時30分にビバークを決めました。確かに迷わなかったら、東天狗岳から約1時間あれば黒百合ヒュッテに下ることはできたでしょう。しかし、遭難者たちの行程管理は余裕がなさすぎると、だれもが考えるのではないでしょうか。

雪山登山は、遅くとも15時には一日の行程を終えられるように計画するべきです。その日の行程が遅れて15時着が無理になったときはどうするか? その場合の対処方法は、「エスケープルート」や「引き返す」など、計画段階から設定しておかなくてはなりません。登山計画の段階から危機管理を想定しておくことが重要なのです。

 

事例4 西吾妻山 道迷い(軽傷)

1月30日(日)、西吾妻山を登山中の男性(53歳)が遭難し、行方不明になりました。男性はこの日9時ごろ、登山仲間の女性と2人で天元台スキー場から入山しました。10時30分ごろ山頂近くで別れて、女性は先に下山し、男性は登山を続けました。しかし、夕方になっても男性が戻らないため、女性は110番通報しました。31日朝から捜索が行なわれ、2月1日13時45分、宮城県警ヘリが自力下山中の男性を発見、ヘリで救助されました。男性は両手足と顔に軽い凍傷がありました。

西吾妻山の道迷い地点周辺

[解説]
男性は吹雪で戻るルートがわからなくなり、雪洞を掘って2日間過ごし、天候回復を待ったそうです。報道では不明でしたが、雪洞を掘るショベルなどの道具はあったのでしょうか。ツエルトや寝具は持っていなかったそうです。雪洞を掘ることができなければ、この男性は助からなかったかもしれません。また、発見場所は北望台の東約2kmということですから、西吾妻山から下山方向は誤っていませんでしたが、東へ行き過ぎてしまったのでしょう。いずれにしても、簡単な遭難ではなく、いくつかの的確な対応が重なったために生還できた事例だと思いました。雪山にツエルトとスノーショベルは持っていくようにしましょう。

プロフィール

野村仁(のむら・ひとし)

山岳ライター。1954年秋田県生まれ。雑誌『山と溪谷』で「アクシデント」のページを毎号担当。また、丹沢、奥多摩などの人気登山エリアの遭難発生地点をマップに落とし込んだ企画を手がけるなど、山岳遭難の定点観測を続けている。

山岳遭難ファイル

多発傾向が続く山岳遭難。全国の山で起きる事故をモニターし、さまざまな事例から予防・リスク回避について考えます。

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