雪山で遭難が多発するGW。昨年の事故事例から、注意点を考える

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いよいよ大型連休が始まるが、例年雪山登山の事故が多発する。昨年の事故事例を振り返りながら、注意すべきポイントを考えてみたい。

文・写真=野村 仁、イメージ写真=稜線は岩と雪のミックスになり岩場をアイゼンで歩くことも多い(立山・大汝山付近から剱岳方面)

ピッケル、アイゼンで滑落を防ぐのが最重要。残雪期登山は余裕のある日程で楽しもう

春のGW直前になりました。長期の休みが取れるということで、日本アルプスなど高山の残雪期登山を計画している人も多いでしょう。この時期、気候は穏やかですが、れっきとした雪山登山になります。3000m級の雪山では初級ルートは少なく、ほとんどが中~上級の対象になります。ルートグレードをしっかり把握したうえで計画しましょう。

注意すべき遭難形態は、毎年同様なのですが、①滑落、②道迷い、③低体温症(気象遭難で多い)の3つです。また、大量の降雪があった場合は雪崩のリスクを判断しましょう。

昨年は残雪が異常に少ないことにより、岩場が露出することでアイゼン歩行が難しくなったり、ルートミスが起こりやすいという状況が多かったようです。今年も各地で残雪が少ないとの報告が多く、同様の難しさが予想されます。昨年の遭難事例を挙げながら残雪期登山の注意点を確認してみましょう。この年は連休初めの4月29~30日に低気圧が接近して悪天候となり、5月1日は上空に寒気が入って不安定な天候、2~5日には晴れて登山日和となりました。6~7日は停滞前線による悪天候でした。

残雪期の立山、室堂から一ノ越へのルートより
残雪期の立山、室堂から一ノ越へのルートより

事例1:北アルプス・前穂高岳 滑落 死亡

5月2日(火)9時ごろ、北アルプス・前穂高岳の奥明神沢で3パーティの男性3人が滑落しました。標高2500m付近の斜面で、上から2番目の位置にいて下山中だった男性(52歳)が最初に滑落、約10m下にいた別パーティの男性(64歳)も巻き込まれて滑落しました。一番上にいた別の単独行の男性(54歳)も直後に滑落しました。事故に気づいて振り返った際にバランスを崩したとみられています。3人は猛烈なスピードで500~600m滑落して、52歳・54歳男性の2人が死亡、巻き込まれた64歳男性は重傷を負いました。

[解説]
昨年のGW期に発生した最も大きな事故で、岳沢小屋から状況が目撃されていたようです。奥明神沢はバリエーションルートと報道されていましたが、残雪期は前穂高岳へ登る一般ルートです(雪があれば重太郎新道よりも容易)。この年は雪解けが早く、雪渓が狭くくびれて岩が露出した場所で最初の滑落が起こりました。アイゼンの爪が利きにくい状況があったのかもしれません。約10m下で待っていた男性は、予想していなかった方向に滑落者が落ちてきたと言っています。いずれにしても個々のミスが重なって大きな事故になってしまいました。天気はよく、3人とも装備には問題なかったと報じられています。いったん転倒すると数百メートルも滑落してしまう危険箇所は、この時期のアルプスにはどこにでもあります。雪山登山者はその危険を充分認識した上、ピッケル、アイゼンを使いこなす確実な技術が必要です。

2023年5月2日の天気図(気象庁「日々の天気図」)
2023年5月2日の天気図(気象庁「日々の天気図」)
前穂高岳・奥明神沢の遭難発生場所
前穂高岳・奥明神沢の遭難発生場所

事例2:南アルプス・悪沢岳 滑落 重体(重傷)

5月2日(火)9時25分ごろ、南アルプス・悪沢岳(わるさわだけ、東岳)付近で、夫婦で登山中だった女性(50歳)が滑落しました。「後ろで大きな叫び声が聞こえ、振り返ると妻の姿が見えなくなった」と夫が110番通報しました。10時15分ごろ、捜索していた静岡県警ヘリが女性を発見し、11時ごろ病院へ搬送しました。この時点では意識不明の重体と報道されました。30日に畑薙(はたなぎ)から入山し、椹島(さわらじま)と千枚小屋(せんまいごや)に泊まって、3日目に悪沢岳から中岳方向へ向かっている途中でした。事故当時は雪が凍結してアイスバーン状態だったそうです。

[解説]
「ヤマレコ」の山岳遭難マップで事故発生位置を見ると、稜線の南側で標高約2900m地点、稜線から50m以内の距離に見えます。報道では「500m滑落」となっていますが、稜線から500mも滑落すると標高2600〜2700mの地点まで落ちてしまいますから、「50m」の間違いかもしれません。雪が詰まっている場所で岩が出ていないため、幸運にも一命をとりとめられたのでしょう。このような大きな山行になると、疲労していても確実にアイゼンを利かせてバランスよく歩ける、基礎体力に支えられた技術というようなことが重要になります。本事例のようにグループが常に状況を目視できる距離を保って歩きましょう。通報が早ければ早いほど助かる確率が高くなります。本事例は通報から約50分で救助されています。

悪沢岳(東岳)の遭難発生場所
悪沢岳(東岳)の遭難発生場所

事例3:南アルプス・仙丈ヶ岳 道迷い 無事救出

5月3日(水/祝)午後、南アルプス・仙丈ヶ岳(せんじょうがたけ)に入山していた男性2人(22歳・22歳)が道に迷い、行動不能になりました。救助要請を受けて長野県警ヘリが18時40分に2人を救助しました。ケガはありませんでした。

[解説]
昨年のこの時期、高山での道迷い遭難が報道された事例は少なく、本事例も非常に簡単な報道しかされませんでした。道迷いルートの内容や通報時刻なども報道されていません。しかし、たまたま筆者は同日12時40分ごろに仙丈ヶ岳山頂にいて、遭難者の男性2人に会いました。彼らは馬ノ背ルートを下ると言っていました。そうすれば南アルプス林道の歌宿バス停に早く下れるそうです。私は北沢峠へ下る途中の18時20分ごろ、馬ノ背ルートの上空で救助ヘリがしばらくホバリングしているのを遠くから見ました。

この時期、北沢峠への交通アクセスになる南アルプス林道バスは、北沢峠から徒歩約2時間の歌宿(うたじゅく)止まりです。仙丈ヶ岳山頂から馬ノ背ルート経由で南アルプス林道までは約3時間30分です(無雪期のタイム)。一方、北沢峠経由で歌宿までは早い人で4時間、通常は4時間30分ぐらいです。山頂で13時近い時刻だと、最終バスには間に合わないと考えるのが普通でしょう。本事例は道迷い遭難ですが、彼らのミスには登山計画の余裕のなさが影響していると思います。無理のない余裕のある計画で登山を楽しんでください。

仙丈ヶ岳の遭難発生場所
仙丈ヶ岳の遭難発生場所
小仙丈から仙丈ヶ岳山頂。事例の遭難発生日に撮影したもの
小仙丈から仙丈ヶ岳山頂。事例の遭難発生日に撮影したもの

事例4:中央アルプス・千畳敷 装備不良 無事救出

4月28日(金)午前10時過ぎ、中央アルプス・千畳敷(せんじょうじき)の乗越浄土(のっこしじょうど)で男性4人(25~51歳)が行動不能になり、110番通報して救助を求めました。パトロール中の駒ヶ根署救助隊員と地区遭対協隊員が出動して4人を救助しました。ケガはありませんでした。4人ともピッケル、アイゼンなどの装備を持たず、稜線近くまで登ったものの動けなくなっていました。千畳敷は快晴で、この日は開山祭が行なわれていました。

[解説]
山岳遭難以前の事例で、昔は「無謀登山」と言われて非難されました。現代では通常の山岳遭難と区別する意味で、この種の事例を「軽い遭難」と言うことがあります。

残雪期登山をするために必要な準備をせず装備も持たないので、いつかは遭難するのを待っているようなものです。遭難する確率が高すぎるという意味で山に登ってはいけない人たちです。4人は岡山・鹿児島・福岡・大阪から来ていて友人同士だそうです。「日帰りで景色のよい所まで行こう」と、ほとんど乗越浄土の稜線上まで登りきったものの、引き返せなくなってしまいました。登りはアイゼンなしでなんとかなっても、下りははるかに危険で難しくなります。雪山登山者はだれもが知っていることでしょう。

この種の事例は残念ながら頻発するようになっています。昨年5月5日午前、槍ヶ岳山荘から下山できなくなった男女(26歳・26歳)が県警救助隊員に救助されました。2人はピッケル、アイゼンを持っていないにもかかわらず、残雪の槍沢を登って槍ヶ岳山荘まで来たのでした。途中でマズイと思いつつ、引き返すことができずにズルズルと登ってしまったのかもしれません。

昨年5月、槍・穂高連峰では明らかに雪山登山の準備をしていない軽装の外国人旅行者(?)が、涸沢や槍沢上部へ向かう姿が複数目撃されました。また、穂高や槍へ登るのに軽登山靴、軽アイゼン、チェーンスパイク、トレッキングポールの登山者も多いことに驚きました。言うまでもありませんが基本はピッケル+前爪付きのアイゼンです。ルートのコンディションをよく考え、雪山登山装備の選択はくれぐれもご注意ください。

千畳敷カール・乗越浄土直下の遭難発生場所
千畳敷カール・乗越浄土直下の遭難発生場所
槍ヶ岳。槍沢からは槍ヶ岳山荘が近く見えるが、実際は見た目より遠く時間がかかる
槍ヶ岳。槍沢からは槍ヶ岳山荘が近く見えるが、実際は見た目より遠く時間がかかる

プロフィール

野村仁(のむら・ひとし)

山岳ライター。1954年秋田県生まれ。雑誌『山と溪谷』で「アクシデント」のページを毎号担当。また、丹沢、奥多摩などの人気登山エリアの遭難発生地点をマップに落とし込んだ企画を手がけるなど、山岳遭難の定点観測を続けている。

山岳遭難ファイル

多発傾向が続く山岳遭難。全国の山で起きる事故をモニターし、さまざまな事例から予防・リスク回避について考えます。

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