南アルプスユネスコエコパークが取り組むニホンジカ対策の実際、そして我々が考えるべきこと
ニホンジカの食害が大きな問題になっているのは、多くの人がご存じだと思う。その対策として様々な取り組みが各地で行われているが、南アルプスでは実際に、どのようなことが行われているのか? 実際の現場の様子と、これからについてレポートする。
南アルプスユネスコエコパークの中で起こっている変化について、第5回の連載でお伝えした。今回は、その中でも特に、ニホンジカによる高山植物への影響に対する取組についてみていきたい。
南アルプスでは、静岡市をはじめ、静岡県や環境省などの各機関や長野県内の市町村などが加入する協議会などの団体が、高山植物をニホンジカから守るための「防鹿柵(ぼうろくさく)」を高山帯に設置している。この柵は、雪解け後の6・7月から雪が降る前の10月頃まで設置される季節型のタイプが多い。雪の影響で柵や支柱の損傷を避けるために、また、高山植物の生育期間にあわせて適切に保護ができるように、柵の立ち上げと撤去という作業が毎年行われている。
静岡市では、南アルプス南部の静岡市域である千枚小屋周辺で6,667平方メートル、中岳避難小屋付近で189平方メートルなどの季節型防鹿柵を、毎年設置している。
こたつ型の柵では、ニホンジカは侵入できないが、ライチョウなど背の低い動物は入ることができるライチョウ・フレンドリーな設計となっている。
ネットには、ニホンジカが噛み切ることができないように、ステンレス線などが入ったものを使う。ネットを噛み切ってでも、食糧にありつきたいニホンジカと「そうはさせるか、貴重な高山植物を守るんだ」という人間とのせめぎ合いだ。
支柱は樹脂製のものが主流だが、通年で設置される常設型の防鹿柵では、金属製のものを用い、雪などでの損傷の影響を少なくしている。
静岡市が管理する中岳避難小屋付近の防鹿柵ではクロユリの群落、静岡県が管理する聖平の防鹿柵ではニッコウキスゲの群落、など希少な植物の保護や、かつてその地にあった植生を復元させるという目的を持って設置されているものもある。
上の写真は、荒川岳のお花畑に設置された防鹿柵だ。日本最大級の高山植物のお花畑で知られる荒川岳は、防鹿柵内に登山道が続いている。登山道の周囲一帯がお花畑という、楽園のような場所も、この防鹿柵があるからこそ成り立っているという辛い現実がある。
写真をよく見ると、柵内には黄色や白の高山植物がたくさん咲いているが、柵外は草や剝き出しとなった斜面が目立つのがわかる。標高2,500mを越えるこの山岳地帯でも、ニホンジカが虎視眈々と高山植物を狙っているのだ。
更に、数や頻度は多くないものの、防鹿柵内へのニホンジカの侵入が報告されている場所もある。人間の隙を突き、たゆまぬ努力を挑み続ける彼らのハングリー精神には、悔しい思いをさせられている。自然の中で生きるということは、そういった生きていく強さが必要なのだとは理解しているが、どうかその強さはいまひとつお控えいただきたい、と傲慢ながら感じてしまう。
近年では、高山帯で通年生息するニホンジカの個体も確認されたこともあり、高山帯でのニホンジカの捕獲を試験的に行う取り組みもはじまっている。この取り組みが、どのような影響を与えるのか、今後も注目していきたいと思う。
「柵内の植生が守られているから。柵内の植生が復活してきたから。だからいい」、と結論付けられないのが、ニホンジカによる影響の根深さだと思う。せっかく植生が戻っても、防鹿柵を作ることをやめれば、すぐにまたニホンジカによって高山植物は危機に瀕してしまう。
ニホンジカがそこにいる限り、半永久的に柵を作り、管理し続けなければならないのだ。また、守りたい、復活させたいすべての植生が守られているわけではないが、すべての山域を管理することは、現実的に不可能だ。防鹿柵も、高山帯でのニホンジカの捕獲も、決定的な解決策ではない。
前回もお伝えしたように、ニホンジカが増え、高山帯にまで進出してきたのは、地球温暖化も一因の1つだとされている。私たち人間の生活が温暖化の原因を積み重ねていることを考えると、ニホンジカを高山帯へと拡大させたのは、結局私たち人間の責任なのだと思う。
ニホンジカだって、こぢんまりと暮らしたい、厳しい高山帯になんか行きたくない、と思っているのかもしれない。けれど、仲間が増え、今までの場所では餌にありつけないから、生きていくために仕方なく厳しい環境に身を置いているのかもしれない。
私たちひとりひとりが、地球温暖化をストップさせ、ニホンジカの高山帯への進出を阻むために即効性のあるアクションを取ることは難しくても、日々の選択のひとつひとつの積み重ねが、南アルプスの、山岳地帯の、豊かな自然のためになるのではないかと思っている。
プロフィール
静岡市環境創造課エコパーク推進係
市内の学校と協働での環境教育や、催事、展示会、情報発信などを通じて南アルプスユネスコエコパークの推進活動をおこなっている。自然と人間社会の共生に重点を置くユネスコエコパークの理念を多くの人に知ってもらえるよう、活動中。
執筆者は、国内外での登山ガイド活動を経て、市役所勤務に。地元ならではの視点で南アルプスの魅力を発信できるよう頑張ります。
南アルプスユネスコエコパークの魅力、再発見
「大きな山容と奥深さ」、それが南アルプスを表す言葉です。巨大な山域の魅力を、南アルプスユネスコエコパークのみなさんが、細部まで紹介していきます。