南アルプスの美しい紅葉の森を守るために――、どんぐり拾いから始まる「南アルプスの森づくり」事業

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南アルプスの豊かな森林を守るために行われている「南アルプスの森づくり」事業。その1つとして、この秋行われたのが、どんぐり拾い。ブナやミズナラの種であるどんぐりを適切に蒔き、育て、そして森林へと成長させるプロジェクトが、我々の歩いている横で行われている。

 

10月の終わりに、南アルプス南部の静岡市側の麓を歩いてきた。折しも紅葉の時期、そして天気予報は快晴。業務としての入山ではあるが、素晴らしい風景を見ることができそうな期待に胸が膨らむ。

入山は、沼平ゲートから。ここから約2.5km・約40分ほどで茶臼岳への登山口でもある「畑薙大吊橋」へと到達する。畑薙第一ダム上流にかかる181mもの長さのスリリングな吊橋は、紅葉の名所としても知られている。地元の方曰く、まだ40%くらいの色づき、とのことだったが、大井川の澄んだ水の色、青空、そして染まり始めた鮮やかな黄色の木々が、我々を迎えてくれた。

長さ181m、スリリングな畑薙大吊橋の周囲は紅葉に彩られる


ひと月ほど前に、台風の影響を受けて通行禁止となっていた林道東俣線も、再び通行ができるようになった(林道は至る所でダメージを受けているが・・・)。紅葉を楽しみに来たハイカーたちや、ベストショットを狙うカメラマンたちがたくさん訪れていた。皆、最高の秋のお天気と紅葉を楽しんでいるようだった。

我々は、林道東俣線をさらに奥へと進む。やがて現れた赤石ダムでは、風のない湖面に鏡のように映る紅葉に、時間を忘れて立ち尽くした。息を呑む絶景とはこのことだ。「これ以上素晴らしい紅葉に出会える気がしない・・・」と呟いた同僚に、私も強く同意した。

赤石ダムの湖面に映り込む紅葉が美しい


道中、大井川の美しい流れと鮮やかに染まった山肌に見とれ、何度も立ち止まる。椹島ロッヂ手前の牛首峠からは、黄色い山肌の合間に赤石岳を望むことができた。夏の頃の緑の森や山々の合間から見上げる赤石岳には、力強くて勇ましい印象を持っていたが、カラフルに彩られた秋の赤石岳も優雅で美しい。季節の移ろいを感じること、その時々で違った魅力に気づくこと、それは自然の中に身を置くことの楽しみのひとつだと思いながら歩みを進める。

ちなみに、牛首峠からの赤石岳の姿は、ライブ配信されている。心の中の南アルプスエッセンスが減った時や南アルプスが恋しくなった時、また赤石岳に癒してもらいたい時は、是非ウェブサイト「南プス」を訪れてみてほしい(ライブカメラページはこちら)。

 

どんぐりから始まる「南アルプスの森づくり」事業

紅葉の美しさに忘れてしまいそうになったが、今回の目的はどんぐり拾いだ。お目当ては、落葉広葉樹である、ブナとミズナラのどんぐりである。大人がどんぐり拾いにわざわざ南アルプスまで? と不思議に思われるかもしれないので、少し説明させてほしい。

どんぐり拾いに夢中になる大人たち


静岡市では、「南アルプスの森づくり」という事業を行っている。この事業は、ユネスコエコパークに登録されている静岡市の宝ともいえる南アルプスの自然を、市民に知ってもらうと共に一緒に守っていくことを目的としている。

昨年は、南アルプスの自然に実際に触れ、学び、どんぐりを拾い、そして種(どんぐり)を蒔く、という市民参加のツアーを開催している。また静岡市立井川小中学校と連携して、南アルプス山麓の自然環境学習とどんぐり拾いなどの現地学習を実施した。今年も市民参加ツアーを行う予定だったが、台風の影響もあって残念ながら中止となってしまったため、我々がどんぐり拾いに繰り出したというわけだ。

なお、この時に拾ったどんぐりたちは、現在、南アルプスユネスコエコパークの域内を中心に、さまざまな方々の協力のもと大切に育てられている。現在は20cmほどの大きさに成長していて、葉もしっかり茂ってきた。実際に芽が出るのは半分ほど、発芽後も枯れてしまうことも珍しくなく、なかなか繊細なので気の抜けない思いで見守っている。

昨年のどんぐりから育った苗木はもちろん、今回のどんぐりたちから育つ苗木をしっかりと管理し、丈夫に育てたい。そして再来年(令和6年)に、南アルプスユネスコエコパークが登録10周年を迎えた暁には、市民参加による記念植樹を行おう! というのが、「南アルプスの森づくり」事業のひとつの目標である。

ブナの大木。いつか、この大きさにまで成長することを願っている


ところで、なぜブナとミズナラなのか。南アルプスの静岡県側の山地帯には、ブナやミズナラを代表とする落葉広葉樹林が存在している。ブナやミズナラは、動物の餌となる木の実をつけ、様々な生き物が暮らし続けられる森を作っている。また、これらの落ち葉は豊かな土壌を作ってくれる。このようにして成り立つ森は、緑のダムとして水を溜める役割を果たすのだ。

そして大切なのは、他の地域からブナやミズナラの苗を取り寄せたりせず、わざわざ現地まで足を運んでどんぐりを採取することだ。その地に生きているものを育み、増やすことで、その地ならではの自然を乱さないようにする必要がある。

昨年は、ブナのどんぐりについては、あまり多く採取できなかったので、今年は夏のうちから静岡大学などの協力のもと、母樹となりそうな木々をマッピングしておいた。その情報を元に、「ブナのどんぐりをできるだけたくさん、ミズナラのどんぐりは適度に採取」するのが、我々のミッションだ。

足元に目をこらし、どんぐりをいちはやくみつけられるよう「どんぐり目」をトレーニングしながら歩く。最初は、落ち葉や枯れ枝などばかりに気を取られ、なかなかどんぐりを見つけられない。特に、ブナのどんぐりは小さく、落ち葉に紛れてしまうため難易度が高い。しかし、ひとたびコツを掴むと、おもしろいくらいに見えてくる。

ブナのどんぐり。小粒で三角錐の形が特徴だ


小さな小さな三角錐のブナのどんぐり。こんなに小さなどんぐりから、大木へと成長するのだ。「自然って逞しい」と感心する。無心になってどんぐりを拾い、時々上を見上げては紅葉に心を和ませる。私たちの今日の1日が、森を豊かにする一端を担っているのだ、市民と南アルプスを繋ぐ役割に繋がっているのだ、と考えると、心も温かくなる。このどんぐりたちも、順調に発芽して健やかに成長してくれることを願っている。

 

プロフィール

静岡市環境創造課エコパーク推進係

市内の学校と協働での環境教育や、催事、展示会、情報発信などを通じて南アルプスユネスコエコパークの推進活動をおこなっている。自然と人間社会の共生に重点を置くユネスコエコパークの理念を多くの人に知ってもらえるよう、活動中。
執筆者は、国内外での登山ガイド活動を経て、市役所勤務に。地元ならではの視点で南アルプスの魅力を発信できるよう頑張ります。

南アルプスde深呼吸「南プス」
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南アルプスユネスコエコパークの魅力、再発見

「大きな山容と奥深さ」、それが南アルプスを表す言葉です。巨大な山域の魅力を、南アルプスユネスコエコパークのみなさんが、細部まで紹介していきます。

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