山と花を愛した作家のまなざし。花の百名山を訪ねるコースガイド②
雑誌『山と溪谷』に花の百名山を連載していた1977〜79年は毎年20〜30もの山を登っていたという田中澄江。その没後20年を機に、同誌2020年4月号に掲載された第2特集「田中澄江と『花の百名山』」のなかから、澄江が綴った文章とともに、11のコースを紹介したコースガイド記事を転載する。
イラストレーション=Miltata
*引用箇所出典=『花の百名山』
(2017年/文春文庫〈新装版〉)
雲取山とフシグロセンノウ
「好きな花をたった一つえらびなさいと
言われれば、私はナデシコをあげる。
ナデシコ科の花の中でも
フシグロセンノウが好きである。」
フシグロセンノウ〈ナデシコ科〉
本州、四国、九州の山地の林下などに生える。花は野生植物には珍しい朱色がかった赤で、直径4~5㎝ほどあって目立つ。茎の節が黒っぽく、花が中国産の仙翁に似ることが名前の由来。
1都2県にまたがる雲取(くもとり)山にはいくつものコースがあり、田中澄江が登った三峯神社からの登山道は埼玉県側。下山した鴨沢への登り尾根は東京・山梨都県境の山梨県側のコースだ。
三峯神社から登ると信仰の歴史を実感できるし、縦走の充実感も得られる。しかしフシグロセンノウを目的とするなら、この花が好む湿った樹林を通る三条の湯経由がよいだろう。三条の湯へはブナなどの原生林、清らかで苔むした流れが味わい深いサオラ峠経由がおすすめ。下山は澄江が「途中の杉林のかげにフシグロセンノウがたくさん芽を出していた。」と記す登り尾根にしよう。澄江が見た地点より下にも咲く。雲取山から下る石尾根に開けた防火帯の草原は、シカの食害でヤナギランやクガイソウは姿を消したが、マルバダケブキが一面に咲く。
(文・写真=石丸哲也)

石尾根は防火帯の草原が広がる
山行プラン
東京都・埼玉県・山梨県 雲取山(2017m)
丹波→三条の湯→雲取山→七ツ石山→鴨沢
⇒ヤマタイムで雲取山周辺の地図を見る
参考コースタイム:10時間45分
2万5000分の1地形図:雲取山・丹波
アクセス
公共交通機関:
[行き]JR青梅線奥多摩駅(バス54分、1040円)丹波村役場
[帰り]鴨沢(バス37分、760円)奥多摩駅
アドバイス
丹波から1日目で雲取山荘へ達するのは、かなり健脚向き。三条の湯で温泉に浸り、静かな山の一夜を過ごすのがおすすめだ。翌日は石尾根の花と展望をゆっくり楽しむためにも早出を。
花情報
フシグロセンノウの花期は8月ごろ。この時期、石尾根ではマルバダケブキが群がって咲き、樹林ではソバナ、ノリウツギなどの花も見られる。
問合せ先
奥多摩ビジターセンター TEL:0428-83-2037
HP:https://www.ces-net.jp/okutamavc/
大山とウラシマソウ
「まあ、なんて不思議な花なのでしょう。
ひとり言を言いながら、ひざまずいて
つくづくと眺めいってしまった。」

ウラシマソウ〈サトイモ科〉
仏炎苞と呼ばれる大形の苞が特徴的なテンナンショウの仲間で、苞の中にある花序の付属体先端が糸のように伸びた姿が個性的。その形を浦島太郎の釣り竿に見立てた。日本各地の山野に自生し、4~5月に咲く。
丹沢山地の東端にすっきりとした山容を見せる大山(おおやま)。阿夫利(あふり)神社の神域として大木も見られる樹林が保護され、山野草も多い。「花の百名山」にウラシマソウを見た山行として記されているのは、ヤビツ峠から登り日向薬師へ下るコース。
「見晴台を見過ごして間もない杉の林の中に、ふと暗い紫いろのかたまりを見つけ、走りよって」見たとつづる。
大山のウラシマソウは当時より減ったそうだが、相模湾に近い低山や里の道でよく咲いていて、見つけるのは難しくないだろう。バスを利用せず、蓑毛(みのげ)から歩いてヤビツ峠まで登り、下りは日向薬師コースとすれば、出合える可能性は高い。ミミガタテンナンショウ、マムシグサなど似た植物もあるが、花の時期なら「浦島太郎の釣り糸に似ているからであるという」細長く伸びた花序の付属体は独特で見間違うことはない。
(文・写真=石丸哲也)

雨乞いの信仰も(渋沢丘陵から)
山行プラン
神奈川県 大山(1252m)
蓑毛→ヤビツ峠→大山→見晴台→日向薬師
⇒ヤマタイムで大山周辺の地図を見る
参考コースタイム:4時間40分
2万5000分の1地形図:大山・厚木
アクセス
公共交通機関:
[行き]小田急小田原線秦野駅(バス22分、280円)蓑毛
[帰り]日向薬師(バス20分、290円)小田急小田原線伊勢原駅
アドバイス
特に危険や困難な所はなく、行程も手頃。下山口の日向薬師は花見の名所で、スダジイなどの境内林が神奈川県天然記念物なので立ち寄りたい。
花情報
ウラシマソウは林縁や路傍に多く、例年4~5月に開花。このころはヤマザクラ、ミツバツツジ、アセビ、スミレの仲間など、さまざまな花が咲く。
問合せ先
秦野ビジターセンター TEL:0463-87-9300
HP:http://www.kanagawa-park.or.jp/tanzawavc/
霧ヶ峰とヤナギラン
「その綿のような白と、
花びらの紅のまざりあったのが、
一そう花をゆたかに見せている。」

ヤナギラン〈アカバナ科〉
山地~高原の林縁や草地に生える。草丈1~1.5m。花は直径3~4㎝で茎の上部に多数つく。花が終わると綿毛のついた種子を風に乗せて遠くへ飛ばす。葉が柳のように細長く、花がランのように美しいというのが名の由来。
ヤナギランは種子が風で飛んで増える多年草。山火事後や工事跡などに最初に入って増える。霧ヶ峰などの高原は、草原を好むヤナギランにとっては非常に増えやすい環境になっており、以前は霧ヶ峰のどこにでも見られたし、緑の高原を紅紫色に染めるくらいの大群落になっていた。田中澄江も「眼の前に咲きつづくヤナギランの見事な群落に見とれた。一面の鮮紅色の波が風にゆれる。」と書いている。
残念ながら、今はこのような景色は見られない。野生のニホンジカが増えているからだ。シカは霧ヶ峰の草原に上がり、ヤナギランやニッコウキスゲなどの植物を食べてしまった。仕方がないので、鹿よけ柵を草原の一部に作っているが、草原全体を守るにはほど遠い。花たちは柵の中だけでなんとか復活している状況だ。
(文・写真=髙橋 修)

花の季節の霧ヶ峰高原
山行プラン
長野県 霧ヶ峰(1925m/車山)
霧ヶ峰インターチェンジ→車山→蝶々深山→物見岩→八島湿原
⇒ヤマタイムで霧ヶ峰周辺の地図を見る
参考コースタイム:3時間50分
2万5000分の1地形図:霧ヶ峰
アクセス
公共交通機関:
[行き]JR中央本線上諏訪駅(バス40分、960円。タクシー約25分、約5000円)霧ヶ峰インターチェンジ
[帰り]八島湿原(季節運行バス約42分、960円。タクシー約40分、約8000円)上諏訪駅
アドバイス
霧ヶ峰高原の最高点は車山。霧ヶ峰高原には多くの山小屋があるので宿泊するとより楽しめる。
花情報
シカの食害によって霧ヶ峰のヤナギランやニッコウキスゲは減ってしまったが、7月上旬から8月下旬までが花がよい。
問合せ先
長野県霧ヶ峰自然保護センター TEL:0266-53-6456
HP:https://www.kirigamine-vc.jp/
八島ビジターセンターTEL:0266-52-7000
HP:https://shimosuwaonsen.jp/yashima/
白馬岳とコマクサ
「薄い紅いろに
エメラルドグリーンの葉のいろが、
天然の山の草と思えぬほどに技巧的である。」

コマクサ〈ケシ科〉
高山植物の女王とも称される美しい花。高山の稜線で、ほかの高山植物も生えられないような標高3000mクラスの、乾いた砂礫地に育つ。葉は細かく切れ込み、明るい草色でよく目立つ。花の形が馬に似ているのが名の由来。
白馬(しろうま)岳は花の多い山である。「花の百名山」の白馬岳の章も、山のことや山登りのつらさについてはあまり触れず、ただ花の名前で埋め尽くされていた。
白馬岳の山頂近くに登った田中澄江は、道端で大きな岩に囲まれたコマクサを見つけ、「大きな石でかこまれていたのは、だれかが、心ない花盗人からまもろうとしたのであろう。」とコマクサの心配をしている。田中の優しい心使いを感じさせる。
栂池(つがいけ)から登り白馬大池(はくばおおいけ)を越えると、少しずつコマクサが現われる。小蓮華岳を超えて、三国境(さんごくざかい)の分岐から先の砂礫地にはたくさん咲く。白い岩礫に美しいピンクの花とエメラルドグリーンの葉の、色のコントラストが美しい。ここから白馬三山(はくばさんざん)の縦走コースには多くのコマクサが生えている。稜線を外れるとコマクサとお別れである。
(文・写真=髙橋 修)

岩礫と雪渓が印象的な景観
山行プラン
長野県 白馬三山(2932m/白馬岳)
栂池自然園駅→白馬大池→白馬岳→白馬岳頂上宿舎(泊)→子岳→鑓ヶ岳→白馬鑓温泉小屋(泊)→猿倉登山口
⇒ヤマタイムで白馬岳周辺の地図を見る
参考コースタイム:[1日目]7時間15分 [2日目]4時間50分 [3日目]3時間
2万5000分の1地形図:白馬岳・白馬町
アクセス
公共交通機関:
[行き]JR長野駅(バス1時間37分、2400円)栂池高原(ゴンドラ・ロープウェイ計25分、2000円)栂池自然園
[帰り]猿倉(季節運行バス30分、1000円。タクシー約20分、約3500円)JR大糸線白馬駅
アドバイス
白馬大池山荘、白馬岳頂上宿舎、白馬鑓温泉小屋の3泊4日にすると余裕のあるコースになる。
花情報
花が多いのは7月中旬から8月中旬まで。コマクサは白馬岳山頂北側の稜線と、白馬三山の稜線に多い。花の撮影のために登山道を外れたりしないように。
問合せ先
白馬村観光局 TEL:0261-72-7100
HP:http://www.vill.hakuba.nagano.jp/
剣山とクリンユキフデ
「形のよい葉が、薄紅の茎に
品よくついている草を見た。
(略)クリンユキフデという。」

クリンユキフデ〈タデ科〉
漢字なら「九輪雪筆」と書くという。高さ40㎝ある茎の途中に葉が段々に3~5枚生え、その姿が塔の装飾「九輪」に似ているから名づけられたという。小さな花が集まり白い穂のようで、茎の頂や葉の脇に付く。剣山では5月末から6月初めに咲く。
大学時代、田中澄江を甲斐駒(かいこま)ヶ岳に案内した縁がある。咲いていたタカネバラを『新・花の百名山』に紹介している。またNHKの番組「花の百名山」に出演の推薦をしていただき、四国の三嶺(みうね)のコメツツジを解説した。
田中の剣(つるぎ)山訪問は1975年。筆者は7歳でまだ山を知らなかったころだ。田中は見ノ越、西島を経てクリンユキフデに出合う。「安定感のある花(略)心にくいばかりの美しさに感じ入った。」花への賛辞に加え、リフトで登れる容易さや平家伝説、野球でもできそうな平たい頂を知り、剣山を「人くさい山」と褒めた。山名の由来は中腹の尖った大剣岩にあるが、触れていない。
田中は、山を無機質な塊ではなく、愛情を注ぐべき自然だと見ていたと思う。『花の百名山』はそんな思想を教えてくれる名著だ。
(文=尾野益大 写真=PIXTA)

ササの茂った稜線が続く
山行プラン
徳島県 剣山(1955m)
西島駅→大剣神社→剣山頂上ヒュッテ→剣山→刀掛ノ松→見ノ越
⇒ヤマタイムで剣山周辺の地図を見る
参考コースタイム:2時間40分
2万5000分の1地形図:剣山
アクセス
公共交通機関:
[往復]JR徳島線穴吹駅または貞光駅~見ノ越の登山バスは季節運行。行きは見ノ越駅から西島駅までリフトを利用(15分、1050円)
マイカー:
徳島道美馬ICから約1時間半で見ノ越。登山者用の駐車場あり。
アドバイス
見ノ越には旅館や売店があり、山頂には4月末から営業する剣山頂上ヒュッテがある。登山道の分岐点には道標があるため、迷う恐れはない。
花情報
4月下旬~8月に多くの種類が咲く。剣山にちなむ花はツルギミツバツツジやツルギハナウドなど。7月末から8月上旬に咲くキレンゲショウマも有名。
問合せ先
剣山観光登山リフト TEL:0883-62-2772
HP:http://www.turugirift.com/
三好市まるごと三好観光戦略課 TEL:0883-72-7620
韓国岳とマイヅルソウ
「火はいのちの象徴であり、
くりかえされる火山の爆発は、
大地が亡びない証しである。」

マイヅルソウ〈キジカクシ科〉
漢北海道~九州の山地に生える多年草。高さ10~25㎝。卵心形で長さ4~7㎝の葉が互生し茎の先に総状花序の小さな白い花が多数咲き、秋には赤い丸い実をつける。葉脈が基部に向かう曲線を、鶴が舞う姿に見立てたことが名前の由来。
宮崎と鹿児島の県境に連なる霧島(きりしま)連山は、大小20にも及ぶ火山群の総称である。主峰の韓国(からくに)岳から獅子戸(ししこ)岳と火山活動を続ける新燃(しんもえ)岳、中岳が連なり、東端には天孫降臨伝説の高千穂(たかちほ)峰がそびえる。深い樹林帯も標高1400m付近からは風衝地低木に変わり、月面の世界でも見るようだ。登山口のえびの高原から遊歩道を抜けると徐々に展望が開け、五合目の広場に出る。ここから火口縁に沿って登りつめると、火口壁突端に韓国岳の山頂標識がある。
田中澄江は、鹿児島へ向かう機内から見た景色を、「空から町の後方にそびえたつ霧島火山群の偉容を見下して息をのんだ。」と書く。霧島はひと目で火山好きの田中を魅了したようだ。韓国岳に登った田中は夏の早朝、頂の溶岩壁に立ち、朱に染まる高千穂と、荒涼とした景色のなかに咲く、本州よりも小さなマイヅルソウを見ている。
(文・写真=池田浩伸)

九州の山らしい、火山の風景が広がる
山行プラン
宮崎県・鹿児島県 韓国岳(1700m)
えびの高原駐車場→韓国岳〈往復〉
⇒ヤマタイムで韓国岳周辺の地図を見る
参考コースタイム:2時間15分
2万5000分の1地形図:韓国岳
アクセス
公共交通機関:
JR日豊本線霧島神宮駅から路線バスが運行しているが本数が少なく不便。
マイカー:
九州道えびのICから霧島バードラインを利用して、えびの高原駐車場まで約19㎞、約30分。駐車場約500台、500円。
アドバイス
入山の際は、必ず霧島山噴火警戒レベルを確認すること。入山できない場合は、白鳥山周辺でもマイヅルソウが見られる。花や火山情報はえびのエコミュージアムセンターで確認できる。
花情報
マイヅルソウの見頃は5月下旬~6月上旬。五合目付近から山頂一帯で見ることができる。韓国岳~獅子戸岳でも見られる。
問合せ先
えびのエコミュージアムセンター TEL:0984-33-3002
HP:https://ebino-ecomuseum.go.jp/
霧島市観光課 TEL:0995-45-5111
山を歩く、花を楽しむ
全国で人気の花の山、関東周辺「花の百名山」のコースガイドや、花に関するコラムを掲載。
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