夏山診療所からの提言②高山病の予防・対処法

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登山者にとって、深刻なトラブルとなるケガや病気。雑誌『山と溪谷』2023年5月号より、5つの山岳診療所を取材した企画を紹介したい。夏山シーズンを前に、主な傷病の事例、および予防法や対処法を解説する。第1回の高山病の診療事例に続いて、今回は医師たちが提案する予防と対処の方法を見ていこう。

取材・文=羽根田 治、イラスト=いちろう、取材協力=木内祐二(北岳診療所)・臼杵尚志(三俣診療所)・前田宜包(富士山八合目救護所)

 

高山病の予防・対処法

高度を上げていけば高山病のリスクは高くなる。体を高度に順応させるために意識したいことを解説する。

高山病はなぜ起こる?

標高が上がると気圧が下がり、大気中の酸素が減少する。その環境に体の適応が追いつかず、頭痛、食欲不信、吐き気、めまい、ふらつき、倦怠感、不眠などの症状が現われるのが高山病で、重症化すると死に至ることもある。高所の適応能力には個人差もあるが、統計的には標高2500mを超えると、登山者の約20%が軽度の高山病の症状を訴えるとされている。また、寝不足や体調不良などにより、体の酸素摂取機能が落ちているときにも起こりやすい。なお、一度かかった人は再びかかりやすいので注意が必要だ。

3つの主な原因

●標高が高くなり酸素濃度が低くなる
●体調不良により酸素摂取機能が低下
●環境の変化に体が適応できなくなる

 

高山病の予防法は?

①ゆっくり登る
もともと人間の体は、ある程度の高度までは順応できるようになっているが、一気に高度を上げてしまうと、適応が追いつかずに高山病にかかってしまう。弾丸登山で高山病が発症しやすいのはそのためだ。逆にゆっくり登れば高度に順応でき、高山病にかかりにくい。とくに前日と当日に就寝する地点の高度差は重要で、標高が高い山の場合は、中腹の山小屋で1泊するようなプランを立てるといい。

②こまめな水分補給
人間の体は、血液を循環させて酸素を筋肉や脳などに運んでいる。しかし、水分が不足すると血液の流れが滞り、体の隅々にまで酸素を行き届かせることができなくなって、高山病を発症しやすくなってしまう。水分はこまめにしっかりと補給しよう。目安は、体重1㎏当たり1時間に5ml(体重60㎏の人なら1時間に300ml)補給する。

ハイドレーションなら行動中も水分補給可能
(写真=羽根田治)


③呼吸を意識する
高山病の予防には、しっかり深呼吸をするのが有効だ。吸うときは深くゆっくり、吐くときはロウソクを吹き消すようなつもりで少しずつ息を吐くことを意識すれば、肺に圧力がかかり、血液中により酸素が行き渡りやすくなる。また、岩場などを登るときも、踏ん張って息を止めることを繰り返していると、高山病にかかりやすいので注意しよう。

岩場の登り下りなどでも息を止めないように
(写真=打田鍈一)


④昼寝は避ける
山小屋や幕営地に到着し、夕飯までしばらく時間があるような場合、横になってひと眠りしたくなるものだが、睡眠中は呼吸が浅くなり、体内に取り込める酸素の量も少なくなっている。このため、目が覚めたときには高山病を発症していて、頭痛や吐き気などを訴えるというパターンが多く見られる。山で1日の行動を終えたあとは、たとえ眠くても我慢して、山小屋の周辺を散歩したり、仲間と談話したりして、体を高度に順応させよう。

⑤血中酸素濃度をチェックする
血中酸素飽和度(SpO2)とは、ヘモグロビンがどれくらいの比率で酸素と結びついているかを示す値で、高山病を判断するひとつの目安になる。パルスオキシメーターという小型の機器で測定できるので、高い山に行くときには1パーティにひとつあるといい(数千円〜1万円前後で市販されている)。平地でのSpO2値は、健常な人で通常95%以上、90%を下回ると酸素吸入が必要になり、80%を割ると危ない状態だと判断される。

血中酸素飽和度を測るパルスオキシメーター
(写真提供=富士山八合目救護所)


⑥レイクルイーズスコアをチェックする
レイクルイーズAMSスコア(下記は2018年度改訂版。日本登山医学会のホームページより)は、高山病の各種症状をスコア化したもので、急性高山病の診断や重症度の判定に用いられる。「頭痛」「胃腸症状」「疲労・脱力」「めまい・ふらつき」の4つの症状を判定し(頭痛の症状は必須)、合計点が3点以上になると急性高山病と診断される。ちなみに3〜5点は軽症、6〜9点は中等症、10〜12点は重症。評価の際には、当事者が自分でチェック・診断するのではなく、第三者が口頭で確認するのが望ましい。なお、このスコアは高地医学を専門とする研究者のためのもので、非専門家が診断や治療の目的で使用することはできないが、重症度を測る目安にはなる。

レイクルイーズAMSスコアは、
専門家が問診によって評価するもの
※写真はイメージ(写真提供=立山診療所)

■レイクルイーズAMSスコア (2018 Lake Louise Acute Mountain Sickness Score)
頭痛 [0]まったく無い
[1]軽度
[2]中程度
[3]激しい頭痛
胃腸
症状
[0]食欲良好
[1]食欲がない、 吐き気がある
[2]かなり吐き気がある、 嘔吐
[3]耐えられないほどの吐き気と嘔吐
疲労・
脱力
[0]まったく無い
[1]少し感じる
[2]かなり感じる
[3]耐えられないほど感じる
めまい・
ふらつき
[0]まったく無い
[1]少し感じる
[2]かなり感じる
[3]耐えられないほど感じる

 

高山病の対処法は?

①高度を下げる
高山病のいちばんの特効薬は、高度を下げること。診療所で酸素吸入をしても一時的なものであり、やめればすぐに症状が出てしまう。しっかり呼吸をしても、頭痛や吐き気などが改善されない場合は、高度を下げる決断をする。行動するのに支障がなければ自力で下山するが、それが無理なら救助を要請するしかない。


②薬を服用する
高山病に効く薬として知られるのが「ダイアモックス(アセタゾラミド)」で、呼吸促進作用および利尿作用があるといわれている。ただし、効果があるのは軽度の急性高山病に対してで、高地脳浮腫や高地肺水腫には有効ではない。予防薬としての効果もあるが、市販はされておらず、医師の処方が必要となる。

コラム

危険な持病の潜在

夕刻、息切れが止まらないとのことで、50歳前後の男性が診療所にやってきた。症状から急性高山病が疑われ、まずダイアモックスを処方した。しかし、その後40分ほどで事態は急変。98%あった血中酸素飽和度は68%まで下がり、息苦しさのあまり暴れだして、頭痛や胸の痛みまで訴えるようになった。ピンク色の痰が出たことから高地肺水腫を念頭に、その夜は点滴と酸素吸入などでなんとか乗り切って、翌朝いちばんにヘリで病院へと搬送した。ところが、間もなくして男性は帰らぬ人となった。のちに、男性にはもともと別の疾患があったことが判明した。山に登ったことでさらに負荷がかかり、高地環境の影響もあって、心臓が耐えきれなくなってしまったのだった。

 

高山病が悪化すると?

下に示したとおり、高山病には急性高山病と高地肺水腫、高地脳浮腫の3種類がある。国内の山で発症するほとんどは、比較的軽症の急性高山病だ。それが重篤化すると高地肺水腫や高地脳浮腫になる。高地肺水腫は、肺に血液が鬱滞して水分が染み出てくるもので、酸素が充分取り入れられなくなって息切れが激しくなる。ひどい咳やピンク色の痰が出ることもある。高地脳浮腫は、血流が鬱滞し、脳がむくんで脳血管障害が起きたもので、会話が不自然になり、意識レベルも低下する。どちらも命に関わる高山病の最終段階であり、国内の3000m級の山でも起こりうる。


■高山病の種類
病名 主な症状
急性高山病(山酔い) 標高2700m以上の山に登ったときに起きやすいが、1200~1800mでも発症することがある。到達後6~12時間後に発症し、頭痛、倦怠感、虚脱感、食欲不振、吐き気、嘔吐など、二日酔いに似た症状が現われる。
高地脳浮腫 山酔いが悪化したもので、脳の血管から水が染み出すことによって起こる。倦怠感がさらに強まり、うまく歩けなくなるなどの運動失調や意識障害が認められるようになる。 ただちに高度を下げる必要がある。
高地肺水腫 低酸素状態により肺に水が染み出すことによって起こる。単独で発症するほか、高地脳浮腫と一緒に起きることもある。息切れが激しくなるのが初期症状で、安静時にも息切れが治らない。ただちに高度を下げる必要がある。

『ヤマケイ登山学校 山のリスクマネジメント』
(山と溪谷社)より

 

診療所プロフィール

北岳診療所
●設立:1979年
●所属:昭和大学医学部
●開設期間:7月中旬〜8月中旬
山好きだった大学病院の院長が、山で急患を診察したのが始まり。OBの医師と学生らがローテーションを組んで診療にあたる。学生は大学の「北岳診療部」という部活動の一環として運営に協力する。開設期間中の受診者は100〜200人ほどで、多いときは300人近くになることもある。FacebookやTwitterでの情報発信も

山と溪谷2023年5月号より転載)

 

プロフィール

羽根田 治

1961年、さいたま市出身、那須塩原市在住。フリーライター。山岳遭難や登山技術に関する記事を、山岳雑誌や書籍などで発表する一方、沖縄、自然、人物などをテーマに執筆を続けている。主な著書にドキュメント遭難シリーズ、『ロープワーク・ハンドブック』『野外毒本』『パイヌカジ 小さな鳩間島の豊かな暮らし』『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか』(共著)『人を襲うクマ 遭遇事例とその生態』『十大事故から読み解く 山岳遭難の傷痕』などがある。近著に『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか 山岳遭難の「今」と対処の仕方』(平凡社新書)など。2013年より長野県の山岳遭難防止アドバイザーを務め、講演活動も行なっている。日本山岳会会員。

夏山診療所からの提言

雑誌『山と溪谷』2023年5月号からの短期連載「夏山診療所からの提言」より転載。夏山シーズンを前に、主な傷病の事例、および予防法や対処法を解説する。

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