北・南アルプスで遭難頻発、 若年~中年世代の滑落などが増加。GWの遭難を振り返る

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天候に恵まれた今年のGW。昨年までは敬遠された北・南アルプスなどの本格的雪山に出かける人が増えたとみられ、これらのエリアで遭難事故が頻発した。

文・写真=野村 仁

立山、一ノ越へのトレース。後方右は奥大日岳
立山、一ノ越へのトレース。後方右は奥大日岳

今年のGWは天候に恵まれました。4月末に前線通過による悪天候がありましたが、それ以後は登山日和の日が続きました。昨年までは敬遠された北・南アルプスなどの本格的雪山に出かける人が増えたとみられ、これらのエリアで遭難事故が頻発しました。そのなかで最も大きく報道されたのが、5月2日に発生した前穂高岳の滑落事故でした。

滑落者に巻き込まれた三重事故、男性2人死亡

5月2日9時ごろ、前穂高岳奥明神沢の標高2500m付近で男性3人が相次いで滑落しました。まず単独の52歳男性が滑落し、約10m下にいた2人パーティの64歳男性が巻き込まれて滑落しました。さらに上方にいて、事故に気付いて振り向いた単独の54歳男性がも滑落しました。3人は距離にして500~600m滑落したとみられ、遭対協救助隊員と県警ヘリが出動して救助しましたが、52・54歳男性の2人は死亡、64歳男性は肋骨を折るなど重傷を負いました。

[解説]
滑落の原因は不明ですが、現場の写真を見ると、両岸から岩が露出して雪渓が狭くなっている場所でした。残雪が豊富な場所よりも、雪が薄くアイゼンが岩に引っかかりやすい場所のほうが歩きにくいという状況はよくあります。52・54歳男性の2人はなんらかのミスによりバランスを崩して滑落したのでしょう。64歳男性は岩陰に身を寄せていましたが、52歳男性が思わぬ方向へ落ちてきて巻き込まれたといいます。事故発生当時の天気はよく、3人とも装備に問題はありませんでした。雪は凍結して硬かったと推定されますから、正確なアイゼンワークが必要でした。

各地で滑落事故多発、技術の未熟が原因か?

前穂で発生したのと同様の滑落事故は各地で頻発しています。なかでも若年~中年登山者の事例が目立ちました。北・南アルプスで発生したおもな事例を紹介しましょう。

▼5月2日(9:30ごろ)、夫婦2人で悪沢岳から荒川中岳に向かっていた50歳女性が、登山道から約500m下に滑落して意識不明の重体になりました。現場は雪が凍結してアイスバーンの状態になっていました。

▼5月2日(10:00ごろ)、針ノ木岳を単独で登っていた50歳男性が山頂近くの稜線から富山側へ約150m滑落、外傷性くも膜下出血で死亡しました。扇沢から入山して日帰りで往復する計画でした。

▼5月3日(7:00ごろ)、間ノ岳標高2600m付近で、登山道から外れた場所を歩いていた31歳女性が稜線から約10m滑落し、肩や足の骨を骨折しました。

▼5月3日(11:30ごろ)、焼岳・新中の湯ルートの標高2100m地点で54歳女性が約20m滑落、右足かかとの骨を骨折しました。

▼5月4日(7:00ごろ)、5人パーティで布引山~冷乗越間を縦走していた26歳女性が滑落して頭を打ち負傷しました。軽傷の模様です。

▼5月4日午後、前穂高沢付近を下山していた63歳男性が滑落し、雪渓のシュルントに転落して左腕を骨折しました。引き上げて山小屋へ搬送後、県警ヘリで救助されました。

▼5月5日(5:00ごろ)、奥穂高岳のザイテングラード標高2600m付近で、2人パーティで下山中の71歳男性が約400m滑落しました。病院で死亡が確認されました。

▼5月5日(7:30ごろ)、弓折岳付近で57歳男性が約300m滑落して頭部裂傷などの重傷を負いました。男性は弓折岳付近で単独でテント泊後、新穂高登山口へ下山中でした。

▼5月5日(17:30ごろ)、赤石岳を単独で登っていた25歳男性の足に落石が当たり、約40m滑落して両腕などを負傷しました。自力で避難小屋へ移動して待機後、9日に長野県警ヘリで救助されました。

▼5月6日(18:00ごろ)、笊ヶ岳を知人男性と2人で下山していた44歳女性が滑落し、全身を打って動けなくなりました。2人は5月2~4日の予定で入山しましたが、行動不能となったため6日に救助要請しました。

仙丈ヶ岳では5月3日に道迷い遭難が発生した(資料写真)

滑落遭難は北・南アルプスだけでなく全国各地でも発生しました。

4月28日 大崩山(70代男性、負傷)
4月29日 妙義・麻苧の滝付近(62歳男性、重傷)
5月 1日 富士山(22歳男性、軽傷)
御在所岳(64歳男性、負傷)
大杉渓谷(60代男性、負傷)
5月 4日 上州武尊山(47歳男性、重傷)
足尾・中倉山(70歳男性、負傷)
高妻山(24歳男性、軽傷)
JR福知山線廃線跡コース(70歳男性、死亡)
5月 5日 八海山(60代男性、負傷)
足尾・中倉山(67歳男性、負傷)

雪山装備を持たないで3000m級へ来る人たち

天候の条件もよかったのに、なぜ滑落事故が多発したのでしょうか。滑落多発の背景や遠因を考えさせられる特徴的な事例がありました。

連休直前になりますが、4月28日10時ごろ中央アルプス千畳敷の乗越浄土付近で、25~51歳の男性4人が動けなくなって救助要請しました。友人同士で来たという4人はピッケル、アイゼンなどの雪山用の装備を持っていなかったうえ、SNSで拡散された情報によると雪山を歩ける靴ではなかったようです。

同様の遭難が槍ヶ岳でも発生しました。5月5日10時30分ごろ、槍ヶ岳山荘付近で20代男女2人が下山できなくなりました。この2人もピッケル、アイゼンなどの装備を持っていませんでした。

千畳敷の遭難者もそうですが、装備を忘れたのではないでしょう。4~5月の3000m級の雪山でピッケル、アイゼン(と雪山用登山靴)を持っていなかったら動けず、場合によっては死んでしまう、という基本知識がなかったことを意味しています。救助要請したからよかったものの、無理に行動していたら滑落の危険が非常に高かったでしょう。

少し状況は異なりますが、5月2日午前、槍ヶ岳の標高3150m付近を登山中の40代男性が、アイゼンが外れて紛失し行動不能になりました。遭対協救助隊員が出動して男性を救助しました。

アイゼンは正しく装着していれば外れることはありません。この男性は正しい装着方法ができていなかったか、靴にアイゼンが合っていなかったかどちらかですが、いずれにしても基本的な雪山登山技術が欠如していたといえます。

筆者の経験でも、今年3~5月の雪山登山では、軽登山靴とチェーンスパイクで歩いている人を多く見かけました(冬靴+アイゼンの人のほうが少ないほど)。5月上旬の立山連峰一ノ越では、スニーカーで雪上を歩いている若い女性に出会いました。午後で雪は軟らかくなっていましたが。

登山者の皆さんが正しい知識・技術をもちながら雪山に登っているのかどうか、再検証と整理が必要なのかもしれません。

プロフィール

野村仁(のむら・ひとし)

山岳ライター。1954年秋田県生まれ。雑誌『山と溪谷』で「アクシデント」のページを毎号担当。また、丹沢、奥多摩などの人気登山エリアの遭難発生地点をマップに落とし込んだ企画を手がけるなど、山岳遭難の定点観測を続けている。

山岳遭難ファイル

多発傾向が続く山岳遭難。全国の山で起きる事故をモニターし、さまざまな事例から予防・リスク回避について考えます。

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