時代を先取りした昆虫食の達人! 大雪山のキタキツネが食べているものとは?
文・写真=昆野安彦
夏の大雪山を歩くと、キタキツネを見かけることがある。その様子を見ていると、行動の多くは自身の餌の探索に費やされている。時折、テント場に現われて悪さをする個体もいるが、多くの個体は人馴れしておらず、もっぱら餌になりうるものを探して広大な風衝地を孤独にさまよっている。
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一般にキタキツネが食べるものとしては、ネズミなどの小動物、鳥類、昆虫、植物の果実などが知られている。では大雪山では何を食べているのだろうか。この点に興味を持った私は大雪山に行ったときは彼らの食性の観察にも努めているが、私が選んだ方法はごく簡単。糞の内容物を調べることだ。
私が糞に着目したのは、キタキツネがわざわざ目立つ場所に糞を残すことが多いからだが、実際、大雪山のトレイルを歩くと、道の真ん中や道端の草むらに置かれた糞をよく目にする。この行動はテリトリー(縄張り)を主張する意味合いがあるのだろうが、糞からその食性を探る私にとってはとても都合のいい習性だ。
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さて、その肝心な糞の内容物だが、調べてみると大雪山では昆虫が餌になっていることが多かった。とくに8月はある昆虫が主要な餌になっていて、糞全体がその昆虫の未消化物ということもあった。
その昆虫とはダイセツタカネフキバッタである。北海道の高山に生息するバッタの仲間で、大きさは2センチほど。翅が進化的に退化し、成虫でも翅のない特異な形態をしており、大雪山では8月に成虫が多く見られる。成虫の多い場所では歩くたびにピョンピョンと跳ねるこのバッタを見ることができるが、キタキツネはこのバッタを好んで食べているのである。
最近、ヒトの間でも昆虫食として同じバッタ目昆虫のフタホシコオロギやヨーロッパイエコオロギの食用化が話題を集めているが、キタキツネは時代を先取りした昆虫食の達人と言ってもいいのではないかと思っている。
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キタキツネの糞に未消化のバッタの体の一部がたくさん見られる理由としては、次の2点が相加的に関与していることが考えられる。一つは一般に哺乳類にとって昆虫の外骨格成分である硬いキチン質は難分解性(難消化性)で、おそらくキタキツネも体内でこのキチン質を分解する能力に欠けるため、糞にバッタの体の一部が残るということ。もう一つはキタキツネの歯の構造が小さな昆虫をすりつぶすにはあまり適さないため、結果として昆虫の体の一部が未消化のまま残るということである。
それにしても糞の中のバッタの脚の数はとても多く、これだけのダイセツタカネフキバッタを捕まえて食べるのに一体どのくらいの時間がかかったのだろうと思う。いずれにせよ、キタキツネはこのバッタを食べることでタンパク質やミネラルなどの栄養を補い、大雪山の厳しい環境を生き抜いていることが分かった。
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では、なぜキタキツネは好んでこのバッタを食べるのだろう。その味が彼らの口に合うのは勿論だろうが、一つの理由はこのバッタに翅がないことだろう。もし翅があれば、飛んで逃げることができるが、ピョンピョン跳ねるだけなら、俊敏なキタキツネが飛ばないバッタを捕食するのはそんなに難しくないはずだ。ちなみに大雪山では、ほかにコウチュウ目昆虫のダイセツオサムシ、チョウ目昆虫のホッキョクモンヤガの幼虫を糞の中から見出しているが、いずれも飛ぶことはできない地面を歩く昆虫だ。
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大雪山でキタキツネの行動を観察すると、地面に鼻をこするようにして歩く姿を見ることが多いが、それはきっと地面を歩く昆虫などの生きものを探しているからだろうと思う。私もダイセツタカネフキバッタを見つけるのは、かなり得意な方だが、バッタの体の一部がぎっしり詰まった糞を前にすると、キタキツネの方が私よりずっとその能力は高いのではないかと思ってしまう。いつか人間に化けたキタキツネにお会いできる機会があれば、是非とも昆虫を探すコツのようなものを伝授していただければと思う。
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写真の最後の2枚は大雪山でネズミを捕らえたときのキタキツネの表情である。小さなバッタよりはやはり食べ応えがあるのだろう。その満足そうな表情に、私は喰うか喰われるかのギリギリの世界に生きる野生動物の真の姿を垣間見た思いがするのだった。
プロフィール
昆野安彦(こんの・やすひこ)
フリーナチュラリスト。日本の山と里山の自然観察と写真撮影を行なっている。著書に『大雪山自然観察ガイド』『大雪山・知床・阿寒の山』(ともに山と溪谷社)などがある
山のいきものたち
フリーナチュラリストの昆野安彦さんが山で見つけた「旬な生きものたち」を発信するコラム。