本当は外来魚ばかり!? 上高地の梓川に生息するサカナの真実とは

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文・写真=昆野安彦

上高地を散策すると、遊歩道沿いの渓流に魚影を見ることがある。上高地の名物料理の一つにイワナの塩焼きがあるためか、「イワナがいた!」と話し合う方々をよく目にする。本当にイワナだったらいいなと思うが、実情はどうも違うようだ。

5月の穂高連峰と梓川。上高地の清流には本来イワナしかいなかったが、現在は外来魚がその割合を増やしている

『上高地自然ハンドブック』(自由国民社刊、1997年改訂新版)によると、国内のイワナは幾つかの地域個体群に分けられるが、上高地の梓川にもともといたのはニッコウイワナだそうだ。ところが1928年から1991年までの間に、ブラウントラウト、カワマス、ニジマスなどの外来種や、ヤマメ、アマゴ、さらには他の地域のイワナなど、梓川には本来生息していない在来種の放流が断続的に行なわれたそうである。

その結果、現在の上高地にはカワマスとブラウントラウトが明神付近より下流域で広く定着し、上高地本来の魚であるイワナは上流部に行かないとその姿を見ることが難しいと言われている。

ニッコウイワナの一般的な形態について述べると、体色は灰色がかった暗色で、体の側面に白い斑点が散らばっている。また、背びれに明確な模様がない。

私は上高地の遊歩道を歩くとき、遊歩道脇に渓流(梓川支流)がある場合は魚影がないか、いつも確認している。これまで多くの魚影を見てきたが、イワナと思われる魚は一度も見たことがない。

一方、カワマスとブラウントラウトは、たとえば河童橋周辺や田代湿原付近の水辺では何度も見たことがある。以下、この2種の特徴について解説する。

ブラウントラウトはヨーロッパ原産のサケ科の魚だが、イワナ属のニッコウイワナやカワマスとは異なるタイセイヨウサケ属である。上高地では梓川に流れ込む支流で、その姿をよく見かける。

上高地のブラウントラウトと思われる魚(2022年5月、田代湿原)。体色は明るい茶色で、背びれを含めて黒い斑点があり、朱色の斑点も散在する

ブラウントラウトの一般的な形態について述べると、体色は明るい茶色。背びれも含めて黒い斑点があり、体の側面に朱色の斑点も散在している。

カワマスは北米原産でブルックトラウトとも呼ばれ、ニッコウイワナと同じサケ科イワナ属である。たとえば、河童橋近くの清水川で見られる魚はたいていカワマスだ。

上高地のカワマスと思われる魚(2022年7月、岳沢湿原)。胸びれ、腹びれ、尻びれは赤味が強く、その前端が白いという特徴がある

カワマスの一般的な形態について述べると、体色は緑から茶色で、背びれから背中にかけて網目状の黒い斑紋がある。また、胸びれ、腹びれ、尻びれは赤味が強く、その前端が白くなる特徴がある。

なお、カワマスはイワナと同じイワナ属のため、上高地では両者間の交雑種も生息しているそうだ。

梓川の本流は流れが速く、また水深が深いので、流れをのぞき込んでも魚影を見つけることは難しい。この記事に用いたブラウントラウトとカワマスと思われる写真は、いずれも支流で撮影したものだ。

一方、私は一度だけ、本流に生息する魚をこの手にしたことがある。それは2001年に環境省の許可を得て河童橋から横尾まで水生生物調査を行なったときのことで、明神の梓川本流で水生網にかかったサケ科の稚魚1個体を確認している(撮影後すぐに放流)。

上高地の梓川本流で水生網を使って川の生きものを調査する私。遠くの山稜は大天井岳(2922m)

今、改めてその写真を見ると、ブラウントラウトの稚魚である可能性が高いが、稚魚による魚種の判別は難しいので、22年前にこのような稚魚を明神の本流で確認している、という程度にとどめておきたい。

明神の梓川本流で水生網にかかったサケ科の稚魚(2001年6月7日)

上高地の梓川本流で見られる魚類は以上のように外来種も含めてサケ科だけだが、上高地浄化センターと焼岳登山口の間の渓流にコイ科のアブラハヤと思われる魚が生息している。捕獲して調べていないので確証は持てないが、撮影した写真の特徴はアブラハヤによく一致している。もし自然分布なら、ニッコウイワナに加え、このアブラハヤも上高地にもともといた魚ということになる。

焼岳登山口付近の渓流に生息するアブラハヤと思われる魚(2023年7月)。浅い緩やかな流れの中を多数が群れて泳いでいる
焼岳登山口付近の渓流に生息するアブラハヤと思われる魚(2023年7月)。黒と金色の縦帯の特徴がアブラハヤとよく一致している

以上、上高地の魚類の実情について紹介した。上高地でこれらの魚影を比較的容易に観察できるのは河童橋近くで梓川に流れこむ清水川だ。環境省ビジターセンター前の「清水橋(しみずばし)」から水面を覗くと、清流の中を泳ぐカワマスなどの魚影を見ることができる。上高地に行かれたら、そっと橋の上から覗いてみるとよいだろう。

カワマスなどの魚を観察できる清水川。手前はマガモのペア。マガモは日本では通常冬鳥で夏はいないが、上高地では夏でも観察できる

なお、上高地の梓川にはイワナとカワマスの交雑種もいるので、写真だけからでは魚種の正確な同定が難しい。そのため、この記事の写真の個体については、すべて「~と思われる」と表記したことをお断りしておく。

私のおすすめ図書

山溪ハンディ図鑑 増補改訂 日本の淡水魚

この本は日本の淡水魚について詳細な情報を盛り込んだ写真図鑑です。カワマスやブラウントラウトなどの外来魚も扱われ、今回の記事のサケ科魚種はすべて掲載されています。アウトドアの雑誌には、ヤマメ、アメマス、アマゴ、オショロコマ、イトウなどの川魚の名前がよく出てきますが、この本を一読すると、それらがどういう魚種なのか、よく理解できると思います。川の自然観察をより深く楽しみたい方には、おすすめの本です。

著者 編・監修 細谷和海
解説 藤田朝彦・武内啓明・川瀬成吾
写真 内山りゅう
発行 山と溪谷社(2019年刊)
価格 4,290円(税込)
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私のおすすめカレンダー

太田達也セレクション 森の動物たち Tiny Story in the Forests

北海道の野生動物で構成された2024年版の壁掛け用カレンダーです。毎月の動物は、エゾモモンガ、エゾクロテン、エゾユキウサギ、エゾリス、シマエナガ、キタキツネ、エゾヒグマ、エゾシカ、エゾナキウサギ、エゾシマリス、コミミズク、エゾオコジョですが、とくに1月のエゾモモンガ(表紙)が可愛いですね。動物たちから元気をもらいたい方には是非おすすめします。

著者 太田達也
発行 山と溪谷社(2023年9月発売)
価格 1,430円(税込)
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プロフィール

昆野安彦(こんの・やすひこ)

フリーナチュラリスト。日本の山と里山の自然観察と写真撮影を行なっている。著書に『大雪山自然観察ガイド』『大雪山・知床・阿寒の山』(ともに山と溪谷社)などがある

ホームページ
https://connoyasuhiko.blogspot.com/

山のいきものたち

フリーナチュラリストの昆野安彦さんが山で見つけた「旬な生きものたち」を発信するコラム。

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