登山の膝痛はなぜ起きるのか、自分の痛みの原因を知ろう【山と溪谷2024年3月号特集より】

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膝痛に悩む登山者は多いが、その対策は自分の痛みの原因を知ることから始まる。『山と溪谷』2024年3月号の特集「歩いて治す膝痛」から、膝痛のメカニズムを解説した記事を紹介しよう。

文=谷山宏典、イラスト=山内庸資

膝痛のメカニズム

症状を悪化させることなく、効果的にトレーニングを行なうためにも、膝の痛みのメカニズムについて正しく理解しておこう。

柴田俊一さん
監修 柴田俊一さん
しばた・しゅんいち/長野県松本市にある相澤病院の救命救急センターに勤務する整形外科専門医。毎年夏、北ア・槍ヶ岳山荘の東京慈恵会医科大学槍ヶ岳診療所でも診療にあたる。

整形外科専門医の柴田俊一さんによれば、トレーニングによって膝の痛みを改善するには、まずは「その痛みがどのような原因によるものなのか」を判断する必要があるという。

痛みは大きく「急性疼痛(とうつう)」と「慢性疼痛」の2つに分類される。急性疼痛は外傷や病気などに由来するもので、肉離れ、打撲、捻挫、骨折、脱臼などが該当する。一方、慢性疼痛は、腱や筋膜のオーバーユース(使い過ぎ)による炎症や、加齢変化や過去のケガの影響による変形によって起こる痛みのこと。筋力の向上や、負荷の軽減によって改善できる痛みは後者であり、本特集で扱う対策もこれを対象としている。

ただし、慢性疼痛の中でも、半月板や靱帯の損傷、変形性膝関節症など、症状が深刻で病院での治療を要するケースもある。「判断のポイントは、生活に支障があるかどうかです。安静時にも痛みが続き、普通に生活することが困難な場合は深刻な状態と考えて、医療機関を受診すべきです。逆に、毎回の登山で痛みが出るものの、下山して1週間以内で回復する膝痛は、適切なトレーニングで改善できる可能性が高いと言えます」(柴田さん)

また、痛む部位によって、主にどこの筋肉の筋力や柔軟性の不足が原因になっているかを予測することができる。

膝関節の構造(右膝を正面から見た図)

膝周りの筋肉

膝関節を構成する骨・軟骨・靱帯

体の特定の部位に負荷がかかるのは、運動の強度が強すぎることに加えて、その人の姿勢や歩き方のくせが大きく関わっている。たとえば、太もも後ろ側(ハムストリング)が硬い人は、太もも前側(大腿四頭筋)に負担がかかり、膝蓋骨に痛みが出やすい。腹筋や背筋が弱いと歩行姿勢が安定せず、下半身に負担がかかり、膝痛が生じることもある。

痛む部位とその原因(右膝を正面から見た図)

①膝蓋骨の真下
膝蓋(しつがい)骨と脛(けい)骨をつなぐ膝蓋腱か、膝蓋腱の奥の膝蓋下脂肪体が炎症を起こしている可能性が考えられる。大腿四頭筋の柔軟性不足や、太もも後ろ側のハムストリングと膝蓋腱の使い過ぎが原因として挙げられる

②膝蓋骨の内側下部
ハムストリングスと脛骨が付着している鵞足(がそく)と呼ばれる部分が炎症を起こしている可能性が考えられる。ハムストリングスの使い過ぎや損傷によって起こりやすい

③膝蓋骨の上部
大腿四頭筋腱が膝蓋骨と接する部分が炎症を起こしている可能性が考えられる。大腿四頭筋の柔軟性不足や損傷によって起こりやすい

④膝蓋骨の外側
腸脛靱帯(ちょうけいじんたい)が大腿骨の一部と接する部分が炎症を起こしている可能性が考えられる。原因は下肢の柔軟性不足など

「歩き方や姿勢のくせを改善し、できるだけニュートラルな状態でバランスよく体を使えれば、特定の部位に常に負荷がかかることを避けることができます」(柴田さん)

つまり、膝痛の改善には、トレーニングで筋力や耐久性を向上させて、負荷に耐えられる体を作ることはもちろん、痛みが出にくい歩き方や姿勢を身につけることも重要なのだ。

登山で使われる主な筋肉と役割

①腹筋群
歩行時の姿勢を維持する。特に下りで負担が増す。腹直(ふくちょく)筋、外腹斜(がいふくしゃ)筋、内腹斜(ないふくしゃ)筋、腹横(ふくおう)筋で構成される

②大腿四頭筋
太もも前側の筋肉。登り下りで膝関節を伸展する。大腿直筋(だいたいちょっきん)、内側広筋、外側広筋、中間広(ちゅうかんこう)筋で構成される

③前脛骨(ぜんけいこつ)筋
すねの前側の筋肉。爪先を持ち上げ、関節を固定する働きを持つ

④下腿三頭(かたいさんとう)筋
すねの後ろ側の筋肉。足関節を伸展する。腓腹(ひふく)筋とヒラメ筋で構成される

⑤脊柱起立(せきちゅうきりつ)筋
歩行時の姿勢を維持する。特に登りで負担が増す

⑥殿(でん)筋群
登りのときに片脚で体重を支える。大殿(だいでん)筋、中殿(ちゅうでん)筋、小殿(しょうでん)筋などで構成される

⑦ハムストリング
太もも後ろ側の筋肉。股関節を伸展し、上手に使えば大腿四頭筋の負担を減らせる。大腿二頭(だいたいにとう)筋、半腱様(はんけんよう)筋、半膜様(はんまくよう)筋で構成される

登りと下りで使用する筋の活動状況

山本正嘉著 『登山の運動生理学とトレーニング学』(東京新聞出版局)より

平地歩行時に発揮する力を100%として、登り・下りの歩行時にどの程度の筋力を発揮するかを調べたデータ。脚部の筋だけでなく、登りでは脊柱起立筋、下りでは腹直筋という体幹部の筋が力を発揮している。

『山と溪谷』2024年3月号より転載)

プロフィール

山と溪谷編集部

『山と溪谷』2024年5月号の特集は「上高地」。多くの人々を迎える上高地は、登山者にとっては入下山の通り道。知っているようで知らない上高地を、「泊まる・食べる」「自然を知る・歩く」「歴史・文化を知る」3つのテーマから深掘りします。綴じ込み付録は「上高地散策マップ」。

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雑誌『山と溪谷』特集より

1930年創刊の登山雑誌『山と溪谷』の最新号から、秀逸な特集記事を抜粋してお届けします。

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