“令和の山岳救助”のプロフェッショナル 、長野県警察山岳遭難救助隊 隊長、岸本俊朗さんインタビュー

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長野県の山岳地域で発生した遭難事例を原則1週間ごとにお伝えしている「島崎三歩の山岳通信」。その特別連載として、今回は長野県警察山岳遭難救助隊の隊長、岸本俊朗さんのインタビューをお送りする。岸本隊長を含めた山岳遭難救助隊の普段の活動内容や、活動時のエピソードなどについてうかがった。

長野県警察山岳遭難救助隊 隊長 岸本俊朗さん

千葉県出身。信州大学進学を機に登山に出合う。卒業後は民間企業に勤務後、2004年に長野県警察官に。07年に山岳遭難救助隊員の指名を受け、機動隊、松本警察署などでの勤務を経て、21年から現職。

 

――山岳遭難救助隊(以下「山岳救助隊」)を率いる隊長という立場ですが、山岳救助隊のみなさんはどのような仕事をしているかお聞かせください。

県下に44人の救助隊員がおり、そのうち北アルプスなどの高山を管轄する6警察署に27人、機動隊に7人、それから私が所属する警察本部の山岳安全対策課に10人配置されています。
警察署に所属する救助隊員の多くは、普段は交番駐在所などで勤務する地域警察官で、管内で遭難があれば出動します。警察署だけでは対応が困難な山岳遭難が発生した場合は、機動隊や山岳安全対策課に所属する隊員も出動し、救助や捜索に当たります。

また、ハイシーズンや長期の連休など登山者の集中が予想されるときは、実際に山を歩いて登山者に声掛けをする山岳パトロールを行ないます。パトロールは泊まりがけで行うこともありますが、その際は、夕方にテント場や山小屋で短時間の「やまびこ安全講話」という活動を行っています。

山小屋内で行なわれた「やまびこ安全講話」の様子

安全講話は、実際の遭難事例を引き合いにしながら、遭難しないための具体的な注意点などをお話しするのですが、昨年の7、8月の夏山期間中は、県下で延べ102回行ない、約4800人の登山者のみなさんに聞いていただいています。一件でも悲惨な遭難を減らしたいという思いから力を入れて取り組んでいる活動の一つです。

そのほかにもX(旧Twitter)やYouTubeなどを活用した遭難防止を目的とした情報発信にも積極的に取り組んでいますので、ぜひ多くの皆さんにご覧いただきたいと思います。

――新型コロナ5類移行(23年5月)後の登山者の傾向や遭難者の特徴はありますか? 

昨年、23年は、発生件数、遭難者数共に過去最多となる、302件の遭難が発生し、332人が遭難しました。

近年の山岳遭難の傾向の一つとして「無事救助」が増加していることがあります。遭難者は統計上、死亡、行方不明、負傷、無事救助の4分類で計上しており、長野県はアルプスなどの急峻な山々が多いため、遭難者に占める死傷者の割合が高いのですが、年々「無事救助」の割合が増加傾向にあり、特にコロナ禍以降、無事救助の割合が4割を占める状況が続いています。

22年は310人中129人、23年は332人中132人と、人数では2年連続で最多を更新しています。 

「死傷者が減少し、無事救助が増加していれば、深刻な遭難が減っていいじゃないか」と思うかもしれませんが、そんな単純な話ではありません。 「無事救助」に分類される遭難の態様として、「道迷い」や「疲労」などがありますが、たとえば「道迷い」も運よく携帯電話がつながり救助要請ができれば、無事救助されますが、一歩間違えれば行方不明となってしまいます。

長野県警察山岳遭難救助隊による「やまびこ安全講話」はテント場でも行なわれる

また、「疲労により動けない」との救助要請も季節や天候によっては、動けなくなることで深刻な低体温症に陥る危険があります。つまり、「無事救助」された遭難も一歩間違えれば死亡や行方不明などの最悪の事態に発展しかねないおそれがあるのです。

このような「無事救助」事案が増加している理由は、いくつかあると思いますが、実際に我々が取り扱った遭難事例を見るかぎり、事前準備や体力が不足している、偏った情報を頼りにしている、アクシデントに対する備えが不足している、などが挙げられます。これはそのまま、最近の登山者像の一端を表しているのではないかと思います。

――数多くの救助活動を経験されていると思いますが、特に大変だった活動はありますか? 

冬季や岩場などで発生した遭難は、救助活動そのものに危険が伴います。ただ、そのような現場は、遭難者を救助すれば完了するため、確かに苦労はありますが一時的です。一方で行方不明遭難は、認知当初からさまざまな情報収集をしなければなりませんし、捜索活動も長期にわたり、ご家族などの精神的な負担も大きく、特有の苦労があります。

――救助に際して心がけていることはありますか?。

救助活動にはなにかしらのリスクが伴うため、安全を最優先に活動することは言うまでもありません。「助けたい」という気持ちは大切ですが、冷静な判断も求められるため、活動に伴うリスクを勘案し、できることとできないことを線引きして判断するよう心掛けています。

パトロール中も声掛けを行い、安全登山を促している

――救助者からお礼の手紙などがあると聞きましたが、印象に残っているエピソードをお聞かせください。

一昨年の夏に白馬岳にパトロールに行った際、昼頃から急激に天候が悪化し、我々も下山をしていたところ、午後2時頃、大雪渓の中間部辺りで、下から登ってきた中年のご夫婦と行き会いました。雨の中、お二人ともすでに疲労して登山道に座り込んでいるような状態だったので、心配になり声を掛け、同行下山をすることになりました。案の定、途中から旦那さんの足がつり始め、なんとか日没ギリギリに猿倉へ下山することができました。 

後日、そのご夫婦からお礼のお手紙をいただきましたが、お手紙は、当時の計画を客観的に振り返り反省をしつつ、今後の安全登山への誓いと我々の活動に対する感謝と激励で締めくくられていました。このようなお手紙は我々の活動の励みにもなりますし、この事例からは、救助活動だけでなくパトロール活動の意義をあらためて認識させられました。

――沢山の遭難現場に行かれていると思いますが、プライベート山行含めておすすめルートをお聞かせください。

長野市民の山として親しまれている「飯綱山」です。身近な里山ですが、登りごたえもあり、天気のよいときは日本海から北アルプス、遠くは富士山まですばらしい眺望に恵まれます。本格的な登山前の足慣らしにもちょうどよいと思います。

――信州の山をより安全に楽しむために、読者のみなさんにアドバイスをお願いします。

車を運転する人で「自分は絶対に交通事故に遭わない」と言い切れる人はいないと思います。山岳遭難にも同じことが言えるのではないかと思います。「自分も遭難するかもしれない」と考えれば事前準備や計画も自然と慎重になるので、まずはそのような心構えを持つことが重要ではないかと思います。

――冷静沈着でありながら任務にあたる岸本隊長の熱い思いをお聞きしました。山岳救助隊のパトロールに山で会うときは笑顔でいられるように、常に安全登山を心がけたいですね!

※本記事は、長野県が毎年春に発行している小冊子『登山Safety Book ~無事帰るまでが登山』(2024年版)に掲載されている内容を転載したものです。

 

「登山Safety Book」主要登山用品店などで配布中!

日本アルプスの山々に囲まれ、多くの名峰を有する長野県は日本随一の山岳県で、県内外から多くの登山者が訪れる場所だ。魅力的な山岳地がある一方で、山岳遭難事故は年々増加傾向にある。

そこで長野県では、登山情報を広く提供し安全登山を啓蒙するために、小冊子「登山Safety Book」を毎年発行して、各所に配布。このほど2024年版が完成した。

2023年の山岳遭難件数は302件と、過去最多を記録した前年を上回る状況だが、その中身を確認すると中高年層が全体の約8割を占める結果となっている。また、体調不良や疲労、体力・技術不足といった遭難が目立っている状況にある。

そこで今回の『登山Safety Book』では、特集として「中高年登山者向け読本」を掲載。登山者を対象としたトレーニングプログラムの開発と提供している、安藤真由子さん(ミウラ・ドルフィンズ)による「中高年登山者の運動生理学と体力不足の改善方法」を掲載している。

また、近年顕在化しつつある、登山中の発病による重大事故の予防について、登山ガイドで国際山岳医の千島康稔さんによる「病気・疲労への対応方法」を掲載。安全登山の一助として、目を通しておきたい内容が盛りだくさんとなっている。

ほかにも、安全登山をサポートする各種情報、信州の山の魅力を紹介するガイド記事なども掲載。4月より主要登山用品店の店頭で無料で配布されているが、入手が困難という場合は、長野県警察のホームページからPDFをダウンロードして閲覧できるので、この機会にぜひ手にしたい。

⇒『登山Safety Book ~無事帰るまでが登山』のダウンロード(PDF)はこちら

プロフィール

島崎三歩の「山岳通信」

信州の山岳遭難現場と全国の登山者をつなぐために発行。「登山用品店舗スタッフ」「登山情報サイトを利用する登山者」「長野県内の各地区山岳遭難防止対策協会」などに対して、長野県の山岳地域で発生した遭難事例を原則・1週間ごとに、「安全登山」のための情報提供をしている。

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島崎三歩の「山岳通信」

長野県では、県内の山岳地域で発生した遭難事例をお伝えする「島崎三歩の山岳通信」を週刊で配信。その内容をダイジェストで紹介する。

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