氷漬けのザックが問いかけること。ゴールデンウィークの気象遭難の教訓とは?

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ゴールデンウィークといえば、初夏の陽気の中で過ごすイメージがあるかもしれない。しかし、強い寒気が入り込み、山岳地帯では猛吹雪となる例は過去に何度も起きている。今回は悲劇に見舞われた2例を紹介し、気象判断の重要性について考えたい。

※本記事は、長野県警察・山岳情報、「山岳遭難の現場から~Mountain Rescue File~」(2024年4月19日版)を編集・転載したものです。

月末に控えた春の大型連休中に、北アルプスや八ヶ岳など長野県内の高山で登山を計画している方もいらっしゃると思います。この時期は、都市部では初夏らしい陽気になることもありますが、北アルプスなどの長野県内の標高の高い山域では、まだ雪が残っており、ひとたび低気圧や寒冷前線が通過すれば、真冬のような猛吹雪に一変することがあります。

気象条件は、登山の安全を左右する大きな要因のひとつです。特に変化の激しい春では、気象判断は極めて重要な意味をもちます。今回は、これまで大型連休中に発生した遭難事例を題材に、春山における気象判断の重要性について考えたいと思います。

 

氷に覆われたザック

冒頭の写真は、平成24年(2012年)5月3日に、北アルプス白馬岳で発生した遭難現場で撮影されたものです。写っているザックは登山用の中型ザックです。ボトム方向から撮影されたものですが、ウエストベルトやショルダーベルトがすべて「氷漬け」になっています。

この遭難は、白馬岳登山のために入山した九州地方の6人パーティが栂池方面から白馬岳へ向けて稜線を行動中、低気圧の通過に伴う天候の悪化につかまり、結果的に6人全員が亡くなってしまうという非常にショッキングな遭難事例です。これまで雑誌や書籍などでもたびたび取り上げられているため、ご存じの方も多いのではないかと思います(特に長野県の山岳遭難防止アドバイザーも務める羽根田治氏の著書「山岳遭難の教訓」では、「ゴールデンウイークの低体温症」の章でこの事例を取り上げ、関係者への聞き取りなどをもとに詳しい事例検証がされています)。

写真に写っているザックの近くでは、亡くなった6人の遭難者も発見されましたが、いずれも荒れ狂う風雪に力尽きたように行き倒れた状態で発見され、風上側の体表がザック同様に分厚い氷で覆われており、救助活動に従事した隊員も言葉を失う光景だったそうです。

平成24年の春の大型連休は、北アルプスでは白馬岳の事例のほかにも、行動中にこの天候の急変により命を落とした登山者が多数いました。連休の初日という曜日並びも影響したかもしれませんが、写真のザックが物語るように、それだけ天候の悪化が急激かつ強烈だったと言えるでしょう。 

 「気象遭難」という言葉がありますが、多くの登山者が入山する春の大型連休期間中は、これまでも気象に起因する大量遭難がたびたび発生しています。

 

ひとたび荒れれば厳冬期へ逆戻り・・・

写真は、多くの登山者が憧れる北アルプスの名峰「槍ヶ岳」です。この写真が撮影されたのは3年前の令和3年(2021年)5月4日です。

この年の大型連休は、期間中(4月29日から5月9日までの11日間)に長野県内では14件の遭難が発生し、死者6人を含む15人が遭難しました。なかでも槍ヶ岳で発生した遭難は、5月3日に槍ヶ岳登山のために岐阜県側から入山した男性3人が、槍ヶ岳へ続く稜線付近で猛吹雪に捕まり、3人とも滑落や低体温症により亡くなってしまうという大変痛ましい遭難でした。

写真は5月4日に、その遭難事案の救助に向かった県警ヘリの機内から撮影されたものですが、その背後の山々も含め、まるで厳冬期のような様相を呈しています。

普段の生活圏が都市部の市街地であれば、このような光景を想像することは難しいかもしれません。しかし、春の北アルプスなどの高山は、写真のように雪に覆われており、そこでの登山には入念な準備と確実な技術、慎重な判断が求められることを理解していただきたいのです。

 

最新の気象情報の確認を

天気予報を見ていると

  •  「低気圧が発達しながら通過…」
  •  「寒冷前線が通過…」
  •  「前線が通過後は寒気の流入…」

といったフレーズをときどき耳にしますが、登山をする上でこれらのフレーズは、絶対に聞き逃し(見落とし)てはいけません。寒気の強さや標高にもよりますが、特に春山では、今回取り上げた2つの事例のように命に関わる危険な気象条件になることがあります。

自然の猛威は、時に我々の想像をはるかに超えて襲い掛かります。登山前は必ず最新の気象情報を確認し、特に低気圧や寒冷前線の通過が予想される場合は、登山の中止も含め慎重な判断をして、安全な登山を心掛けていただきたいと思います。

山岳遭難の現場から Mountain Rescue File ~長野県警察山岳遭難救助隊

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