着実にステップアップしたはずの登山が・・・不帰ノ嶮に消えた男性の運命は①【ドキュメント生還2】

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登山道を外れてからすでに3時間近くが経過していた。時間的にも体力的にも大きなロスだったが、引き返す以外の選択肢はない。岩井は下ってきた急なガレ沢を、黙々と登り返していった。

岩壁に突き当たったのは、登り返して2時間ほど経ったときだった。岩棚の上をカニのように横這いになって移動し、段差のある岩棚に足を上げ、荷重をかけてその上に乗ろうとした。「なにか嫌な感じがする」と思った瞬間、砂礫で足がズルッと滑った。そのまま腹這いの状態で斜面を滑り落ち、2、3メートルほど落ちて止まった。

なんとか起き上がってみたが、右足首に強い痛みが走った。右足の脛に負った裂傷からはかなりの出血があり、右肘には打撲による腫れと内出血も見られた。

このときのことを、岩井はこう振り返る。 「頭をよぎったのは、『ああ、やっちゃったな』ということでした。もう今日中には絶対に帰れないから、いろんな人に迷惑をかけてしまうなあと思いました」

右足首の負傷は捻挫か骨折を疑ったが、どうにか歩くことはできたので、強度の捻挫だろうと判断した。その場所は、ときおり小石がパラパラと落ちてきたことから、ちょっと下にあった、岩が積み重なって庇のようになっている岩陰へ移動した。

(書籍『ドキュメント遭難2 長期遭難からの脱出』から抜粋』)

道迷いからの滑落で負傷した岩井。第2回では、遭難が深刻化していく状況に迫る。

ドキュメント生還2 長期遭難からの脱出

ドキュメント生還2 長期遭難からの脱出

羽根田 治
発行 山と溪谷社
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プロフィール

羽根田 治(はねだ・おさむ)

1961年、さいたま市出身、那須塩原市在住。フリーライター。山岳遭難や登山技術に関する記事を、山岳雑誌や書籍などで発表する一方、沖縄、自然、人物などをテーマに執筆を続けている。主な著書にドキュメント遭難シリーズ、『ロープワーク・ハンドブック』『野外毒本』『パイヌカジ 小さな鳩間島の豊かな暮らし』『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか』(共著)『人を襲うクマ 遭遇事例とその生態』『十大事故から読み解く 山岳遭難の傷痕』などがある。近著に『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか 山岳遭難の「今」と対処の仕方』(平凡社新書)、『これで死ぬ』(山と溪谷社)など。2013年より長野県の山岳遭難防止アドバイザーを務め、講演活動も行なっている。日本山岳会会員。

山岳遭難ファイル

多発傾向が続く山岳遭難。全国の山で起きる事故をモニターし、さまざまな事例から予防・リスク回避について考えます。

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