手持ちのウェアをすべて着込んでも寒さは厳しく・・・不帰ノ嶮に消えた男性の運命は②【ドキュメント生還2】
幾日も山中で孤独に耐えて命をつなぎ、生還を果たした登山者たち。彼らは遭難中になにを考え、どうやって生き延びたのか。長年にわたって山岳遭難の取材を続けてきたライター・羽根田治さんがサバイバーたち4人の遭難に迫った書籍『ドキュメント遭難2 長期遭難からの脱出』から、北アルプス不帰ノ嶮(かえらずのけん)の遭難事例を紹介する。
文=羽根田 治、カバー写真=不帰ノ嶮(おこじょさんの登山記録より)
北アルプスの白馬岳(しろうまだけ、はくばだけ)と唐松岳(からまつだけ)の間にある難所・不帰ノ嶮。ルートミス後、登山道へと登り返す途中で滑落し、負傷してしまった岩井一伸(仮名・49歳)は、ビバークを覚悟して手持ちの食料を確認する。
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冷静になるため、ちょうど昼どきでもあったので、天狗山荘でつくってもらった弁当に手をつけた。しかし、緊張しているせいか、2個あったおにぎりを1個食べるのがやっとだった。
さてこれからどうするかと考えたが、足を負傷してしまった以上、登り返すことはできない。この場所で救助を待つ以外、やれることはなさそうだった。
山小屋で昼食を提供していない場合に備えて、食料は多めに持ってきていた。改めて確認してみると15、16回分、つまり5日分ぐらいはあった。
「それを全部食べてしまっても、数日は生きていられるだろうから、これ以上大きなケガをしなければ、1週間ぐらいはもつなと思いました。だから『ヤバい、死んじゃうかも』という恐れはありませんでした。とにかくがんばって生き延びようという感じでしたね」
水は1リットル以上残っていたが、万一のために岩の間から滴り落ちる水を空のペットボトルに溜めておいた。500ミリリットルのペットボトルは2時間ほどでいっぱいになった。
前夜泊まった天狗山荘で、同宿者と「今年は遭難事故が多いですよね」という話をしていたことが思い起こされた。その翌日にまさか自分が当事者になるとは、思ってもいなかった。しかもその話を切り出したのは自分だった。「あんな話をしていたのに、自分が遭難しちゃったな」と思うと、なんともいえない複雑な気持ちになった。
プロフィール
羽根田 治(はねだ・おさむ)
1961年、さいたま市出身、那須塩原市在住。フリーライター。山岳遭難や登山技術に関する記事を、山岳雑誌や書籍などで発表する一方、沖縄、自然、人物などをテーマに執筆を続けている。主な著書にドキュメント遭難シリーズ、『ロープワーク・ハンドブック』『野外毒本』『パイヌカジ 小さな鳩間島の豊かな暮らし』『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか』(共著)『人を襲うクマ 遭遇事例とその生態』『十大事故から読み解く 山岳遭難の傷痕』などがある。近著に『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか 山岳遭難の「今」と対処の仕方』(平凡社新書)、『これで死ぬ』(山と溪谷社)など。2013年より長野県の山岳遭難防止アドバイザーを務め、講演活動も行なっている。日本山岳会会員。
山岳遭難ファイル
多発傾向が続く山岳遭難。全国の山で起きる事故をモニターし、さまざまな事例から予防・リスク回避について考えます。
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