南アルプス南部調査人、四国遍路を歩く④徳島県の遍路道 概要と特徴
弘法大師・空海が修行した地・四国と、ゆかりの八十八寺をお参りする巡礼・四国遍路。南アルプス南部を主なフィールドとして長らく山歩きに傾注してきた筆者が、数カ月にわたって通い続け、歩き遍路を結願(けちがん、すべての霊場を回り終えること)した。その記録とともに、登山経験豊富な筆者ならではのアドバイスをつづっていく。
写真・文=岸田 明 カバー写真=四国三郎とも呼ばれる大河、吉野川での日の出
「発心の道場」徳島県
四国遍路の八十八ヶ所霊場は県ごとにそれぞれ呼び名があり、徳島県は「発心(ほっしん)の道場」といわれている(高知県は「修行の道場」、愛媛県は「菩提(ぼだい)の道場」、香川県は「涅槃(ねはん)の道場」)。『精選版日本語大辞典』によると、「発心」とは「我々が日常で何かをやろうと思い立って始めることを含めて、仏教的には菩提心を発すること、仏の悟りを得ようとする心を起こすこと」と定義されている。
今回は、第一番霊山寺(りょうぜんじ)に始まり第二十三番薬王寺(やくおうじ)に至る、遍路発心の県・徳島県の遍路道と霊場について、その特徴の一端を紹介したい。
自然のダイナミズムを体感
弘法大師空海は香川県に生まれたが、弘法大師が修行の地として四国を回ったのは、生誕の地であったことに加えて、四国という島の持つ地学的特徴が非常に大きいと筆者は考えている。四国は海洋プレートが大陸プレートに沈み込む上にあり、中央構造線が東西に走っている。そして徳島県には、中央構造線の北に讃岐山脈、南には四国山地があり、その間を大河・吉野川が東西に流れている。大宇宙と自身の一体化を念じ、若くしてそれをなしえた弘法大師にとって、自然のエネルギーに満ちたこの島で修行することに、重要な意味があったのではないだろうか。
徳島県の遍路道は、第一番の霊山寺からスタートした後、東西に流れる川に沿い、あるいは南北に山地を縦断し、最後には海岸線に出る。遍路はこの徳島県で、四国の自然のダイナミズムを否応なく体感することになる。
第一番霊山寺から第十番切幡寺(きりはたじ)は中央構造線上にある。四国山地は中央構造線と平行して走る南の2本の構造線によって挟まれた隆起が、河川に削られることによりかたちづくられたと考えられているが、第十二番焼山寺(しょうざんじ)は四国山地の最高峰・剣山(つるぎさん)の枝尾根の末端にある。第二十番鶴林寺(かくりんじ)も剣山の枝尾根末端にあるが、第二十一番太龍寺(たいりゅうじ)は鶴林寺のそばにありながら、那珂川(なかがわ)によって分断された独立峰的な山の上にある。
吉野川には、第十番切幡寺から第十一番藤井寺(ふじいでら)に向かう途中に大野島橋と川島潜水橋の大規模な潜水橋(沈下橋)があり、遍路道はさらに鮎喰川(あくいがわ)にかかる駒坂橋、園瀬川(そのせがわ)の晒屋橋(さらやばし)と、2つの潜水橋を渡る。
潜水橋は洪水時には水に沈む橋として知られるところだが、吉野川は三大暴れ川の一つにも数えられている通り、付近の山地はそれほどに急峻で、大雨が降ると急激に水かさが増す地形になっている。ちなみに余談だが、筆者のホームグラウンドである南アルプスの遠山川にも、沈下橋の遺構がある。
大地の営みを目の当たりにできる霊場やスポット
四国は構造線に沿って、非常に多様な付加体の層が東西に走っている。付加体とは、大陸プレートと海洋プレートの接する場所にできる地質体で、海洋プレートが沈み込む際に、その表層部が大陸プレート側にはぎ取られてできたものと考えられている。
第十四番常楽寺(じょうらくじ)境内では緑色片岩を見ることができる。岩盤を削った階段があり、そこを登れば本堂の前にもむき出しの、まるで水によって浸食されたような「流水岩」と呼ばれている岩盤を見ることができる。
第十五番国分寺には非常に勇壮な庭園がある。国指定の名勝で、まるで岩石の博物館と呼んでもよい存在である。どちらも納経後、ゆっくりと鑑賞しながら休むのがよいだろう。
さらに大地の隆起の痕跡を確認できる場所もある。登山家必訪の、「日本一低い自然の山」といわれている標高6mの弁天山だ。平坦な台地の上に弁天山がピョコンと頭を出しているのを離れた所からでも確認でき、昔は海に浮かぶ小島であったことが容易に想像できる。
そして徳島県の遍路道の最終区間はいったん海岸線に出るが、ここはリアス式海岸になっていて、さまざまな岩礁や浸蝕洞であるえびす洞を見ることができる。
薬王寺にお参りした後遍路道は少し内陸に入り、その先海岸線に出た場所が第2・第3回で少し触れた海岸線の複雑なかつての難所・八坂八浜(やさかやはま)になる。
徳島・高知県境の町・宍喰(ししくい)手前には、海流により陸地とつながった陸繋島(りくけいとう)である那佐半島(なさはんとう)があり、乳の崎狼煙台跡(ちのさきのろしだいあと)からの波穏やかな那佐湾の眺めはほっとするひとときである。
プロフィール
岸田 明(きしだ・あきら)
東京都生まれ。中学時代からワンゲルで自然に親しんできた。南アルプス南部専門家を自認し、今までに当山域に500日以上入山。著書に『ヤマケイアルペンガイド南アルプス』(共著・山と溪谷社)、『山と高原地図 塩見・赤石・聖岳』(共著・昭文社)のほか、雑誌『山と溪谷』に多数寄稿。ブログ『南アルプス南部調査人』を発信中。山渓オンラインに記事多数投稿。また最近は四国遍路の投稿が多い。
四国遍路の記事:https://www.yamakei-online.com/yama-ya/group.php?gid=143/歩き遍路旅の魅力と計画アドバイス
登山経験豊富な筆者ならではのアドバイスと、その記録
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