スマホのバッテリーも食料も尽きた・・・不帰ノ嶮に消えた男性の運命は③【ドキュメント生還2】
天気が崩れた19日は、救助を待つ岩井にとって長い一日となった。ヘリは昼ごろに一度飛来しただけで(注:実際には2回飛んでいるが、岩井が確認できたのは1回だけだった)、隊員の姿も目視できなかった。こちらからはヘリが見えているのに、ヘリからは自分が見えていないのがもどかしかった。
午後になって、「ここも見つかりにくい場所なのでは」という不安が膨らみはじめ、再度の移動を決意した。
しかし、滑落した2日後ぐらいから、全身を打った影響なのか、左手に力が入らなくなっていて、ザックを背負うのにも苦労した。
「ザックの重さは7、8キロぐらいだったと思います。そんなに重くはないのですが、とにかく重く感じたので、少しでも軽量化するため、もう使うこともなさそうな着替えのウェアをそばの岩陰に置いて出発しました」
この1週間、山のなかでほとんど動かずに過ごしていたことから、体力も衰えていたのだろう、動きはじめてすぐに息が荒くなった。痛む足をかばいつつ、岩を掴む左手にも不安を抱えながら、約1時間半かけて、もっと稜線がよく見える場所まで慎重に下りていった。そこは、より開けた吹きさらしの斜面だったが、発見されることを最優先とした。
プロフィール
羽根田 治(はねだ・おさむ)
1961年、さいたま市出身、那須塩原市在住。フリーライター。山岳遭難や登山技術に関する記事を、山岳雑誌や書籍などで発表する一方、沖縄、自然、人物などをテーマに執筆を続けている。主な著書にドキュメント遭難シリーズ、『ロープワーク・ハンドブック』『野外毒本』『パイヌカジ 小さな鳩間島の豊かな暮らし』『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか』(共著)『人を襲うクマ 遭遇事例とその生態』『十大事故から読み解く 山岳遭難の傷痕』などがある。近著に『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか 山岳遭難の「今」と対処の仕方』(平凡社新書)、『これで死ぬ』(山と溪谷社)など。2013年より長野県の山岳遭難防止アドバイザーを務め、講演活動も行なっている。日本山岳会会員。
山岳遭難ファイル
多発傾向が続く山岳遭難。全国の山で起きる事故をモニターし、さまざまな事例から予防・リスク回避について考えます。
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