スマホのバッテリーも食料も尽きた・・・不帰ノ嶮に消えた男性の運命は③【ドキュメント生還2】
その日は夕方から長時間、雨が降り続いた。それまでは真夜中に降ることはなかったし、降っても夕方や宵の1、2時間ほどだったので、雨で寝られないということはなかった。しかしこの夜は断続的に雨が降り続き、靴の中の足先まで雨が染み込んできた。幸い体幹のほうまで濡れることはなく、低体温症にはならずにすんだが、辛い一夜であった。
翌20日の朝、最後まで残っていたオレンジのドライフルーツを一粒食べ、食料がすべてなくなった。不思議と「もっと食べたい」という欲求は湧いてこなかった。緊張していたからか、無意識にセーブしていたからなのかはわからない。腹はときどきぐぅ〜と鳴ったりしていたが、空腹は感じなかった。
前夜からの雨はいつの間にか上がり、天気は回復していた。雨で濡れた服や靴、靴下、ザックなどを岩の上に広げて乾かし、自分も岩に上がって日に当たり、着干しをした。ただ、午前中は一度もヘリが飛来せず、「今日は晴れているのにヘリが来ないな。どうしたんだろう」と若干不安になった。
午後2時過ぎ、オレンジ色の機体のヘリが飛んできて3時ごろまで捜索したが、発見されずに帰投していった。だが、間もなくして、今度はブルーの機体のヘリがやってきた。それまでの捜索では、ずっとヘリの側面しか見えていなかったのに、このとき初めてヘリが正面から見え、こちらに向かって一直線に飛んできた。それを見て、直感的に「ああ、やっと見つけてくれたんだな」と理解した。
(書籍『ドキュメント遭難2 長期遭難からの脱出』から抜粋』)
*
1週間に及ぶビバークをへて、ついに発見してもらえたのか——。本書では、遭難者の位置が特定できない中で懸命の捜索を続ける富山県警山岳警備隊の活動の様子や、遭難の結末を追っていく。
ドキュメント生還2 長期遭難からの脱出
| 著 | 羽根田 治 |
|---|---|
| 発行 | 山と溪谷社 |
| 価格 | 1,760円(税込) |
プロフィール
羽根田 治(はねだ・おさむ)
1961年、さいたま市出身、那須塩原市在住。フリーライター。山岳遭難や登山技術に関する記事を、山岳雑誌や書籍などで発表する一方、沖縄、自然、人物などをテーマに執筆を続けている。主な著書にドキュメント遭難シリーズ、『ロープワーク・ハンドブック』『野外毒本』『パイヌカジ 小さな鳩間島の豊かな暮らし』『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか』(共著)『人を襲うクマ 遭遇事例とその生態』『十大事故から読み解く 山岳遭難の傷痕』などがある。近著に『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか 山岳遭難の「今」と対処の仕方』(平凡社新書)、『これで死ぬ』(山と溪谷社)など。2013年より長野県の山岳遭難防止アドバイザーを務め、講演活動も行なっている。日本山岳会会員。
山岳遭難ファイル
多発傾向が続く山岳遭難。全国の山で起きる事故をモニターし、さまざまな事例から予防・リスク回避について考えます。
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