6月の遭難は残雪が影響。滑落や道迷いに注意
梅雨の長雨によって雪解けが急速に進む6月。しかし、残雪はまだまだ豊富で、滑落などの事故が起きやすい時期でもある。2023年6月の事故事例を見ていこう。
文・写真=野村 仁、トップ写真=6月上旬の涸沢から穂高岳方向を見る
春と夏の狭間。登山の前に残雪の状況を確認しよう
6月は残雪期と夏山の中間のような時期で、登山情報の判断は難しい面があります。高山や多雪地域の山では残雪の影響がどれくらいあるかを考えなくてはいけません。朝夕には残雪が硬く氷化するのでアイゼンが必要かもしれません。また、雪が消えたばかりの登山道周辺は岩やガレが不安定で、転倒・滑落・落石の危険が高まるので注意しましょう。さらに北日本以外の地域では梅雨期に入り、悪天候への備えも重要になります。
事例1:北アルプス・奥穂高岳 滑落 重傷
6月4日(日)14時ごろ、北アルプス・奥穂高岳のザイテングラートを4人グループで下っていた女性(42歳・韓国籍)が滑落した。遭対協救助隊員が出動して救助し、長野県警ヘリで病院へ搬送された。女性は骨折しており重傷の模様。
[解説]
この事故が発生したとき、私は穂高岳山荘の上のハシゴ場を下っていて、滑落の一部を見ていました。残雪上のトレースはアズキ沢最上部をザイテングラートへトラバースしていて、女性はそこでバランスを崩して転倒し、雪上を滑り台のように滑って視界から消えました。途中で止まれば無傷の可能性もあったので、事故発生かどうかはその時点ではわかりませんでした。その後、涸沢のテント場まで下ってから、上空にヘリが現われたので事故だったのだとわかりました。
奥穂へ登るとき、このパーティとすれ違っていました。少なくとも先行して歩いていた女性2人は軽登山靴のように見えました。あとでテント場で聞いたところでは、トレッキングポール2本で下降していたようです。普通の技術レベルの登山者なら、ピッケルと前爪付きアイゼンを使用したほうが安全です。リーダーや上級者はできるだけ安全な装備と考え方をもって登るように初級者や後輩を指導するようにしましょう。軽量化を優先させるあまり、危険な装備内容にならないよう注意してください。
事例2:尾瀬周辺・鬼怒沼山 道迷い 死亡
6月8日(木)、鬼怒沼山に単独で登ったとみられる男性(81歳)が夜になっても帰宅せず連絡不通になった。登山口の大清水駐車場で男性の車が発見され、翌9日から捜索が開始された。10日朝、登山コース近くの根羽沢で渓流釣りの男性が沢に倒れている遺体を発見し、連絡を受けた沼田署員らが収容した。現場は大清水駐車場から東へ約1.4kmの地点。遺体に「事件性が疑われるケガはない」とのこと。
[解説]
遭難者は登山途中に林道から沢に迷い込んだとは考えにくく、下山途中に道迷い状態に陥った可能性が高いです。鬼怒沼山の一帯には多量の残雪があったでしょう。その残雪によるなんらかの原因でルートを失い、沢に入り込んでしまったと考えられます。下り続けようとするあまり、残雪がつながっている沢を自然にたどることになったかもしれません。夏道のある物見山西尾根からどの方向に逸脱しても、最終的には根羽沢に下ってきます。下流まで来ると右岸(下流に向かって右側)に林道がありますが、沢の低い位置から見た場合、数十メートルの距離にある林道でも気づかなかったことは充分に考えられます。経験豊富な登山者で、相当がんばって登山口近くまで下りてきましたが、最後は力尽きたものと思います。
事例3:南アルプス・北岳 低体温症 無事救出
6月30日(金)11時30分ごろ、南アルプス・北岳の山頂付近で女性(65歳)が体調不良で動けなくなった。付近の登山者から連絡を受けて山小屋関係者が山小屋へ避難させ、南アルプス署員が救助して下山させた。女性は28日に広河原登山口から入山。30日は下山予定日で、山頂付近で悪天候による寒さのため低体温症になっていた。
[解説]
低体温症は発症すると短時間で生命に危険が及ぶ恐ろしい障害です。発症後に自分では対応不可能になりますが、この事例でも周辺の登山者と山小屋関係者が適切に対応してくれたため一命をとりとめました。山頂近くに肩ノ小屋があったことも幸いでしたが、0.8kmぐらいのこの距離でも移動するのは大変だったと思います。
悪天候による遭難は、悪天候を避けることによって完全に防ぐことができます。よほど自信がある人でも、本当の悪天候になってしまうと対抗できるものではありません。悪天候のときは基本的に登らないようにしましょう。「様子を見ながら登ってみる」のは危険ですが、その場合でも悪天候から防御できる完全装備を身につけたうえ、いつでも避難できる体制をとりながら慎重に行動してください。
事例4:鞍掛山(石川県小松市) 滑落 死亡
6月17日(土)13時40分ごろ、鞍掛山を友人2人と下山中だった女性(76歳)が登山道から約14m下の沢に滑落した。現場は行者岩登山道の中間地点よりやや山麓側。下山方向の左側が崖になっていて、道幅は約2mだった。その後の調べで、女性は滑落したときに頭を強く打ったうえ首を骨折して意識不明となり、沢に顔が浸かった状態で溺死していたことがわかった。
[解説]
鞍掛山は日本海に面していて、加賀平野や白山の展望もよい人気の低山です。10本あるコースはどれも初級で、1時間半ほどで登れるようです。滝ヶ原町の「鞍掛山を愛する会」によると鞍掛山で滑落死亡事故は初めてとみられます。「最近降った雨の影響で地面がぬかるんでいた」との証言もあります。行者岩登山道は沢沿いに緩やかな登山道がずっと続き、最後に頂上へ標高差約200mを急登するというコースです。下りはこの逆になって、高齢者にとって緊張する急斜面の下りを終え、ホッとして気が緩んだところで、なんらかのミスで転倒してしまったのでしょう。谷沿いのコースは、谷への滑落というリスクをつねに伴っていますので、警戒を緩めないようにしなければなりません。
プロフィール
野村仁(のむら・ひとし)
山岳ライター。1954年秋田県生まれ。雑誌『山と溪谷』で「アクシデント」のページを毎号担当。また、丹沢、奥多摩などの人気登山エリアの遭難発生地点をマップに落とし込んだ企画を手がけるなど、山岳遭難の定点観測を続けている。
山岳遭難ファイル
多発傾向が続く山岳遭難。全国の山で起きる事故をモニターし、さまざまな事例から予防・リスク回避について考えます。
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