【書評】富士山最後の強力 並木宗二郎の生涯『雪炎 富士山最後の強力伝』
評者=石丸哲也
「強力」とは登山者の案内や荷上げをする人のことで、前者を客強力、後者を荷上げ強力とも言い、ボッカ(歩荷)も同義である。本書の主人公、並木宗二郎氏は1994年に引退した富士山最後の強力。夏季、ブルドーザーでの荷上げが一般的になった後も、山頂の富士山測候所へ運ぶため危険な冬季の強力を続け、21年間で400回以上も登った。本書は引退の2年後に刊行されたドキュメンタリーを文庫化したものである。
並木氏の業績は比類ないものだが、山岳書の題材としては地味に思われるかもしれない。しかし、冒頭、引退直前の荷上げの相棒として山野井泰史氏の登場にまず引き込まれる。並木が強力として活躍する姿が、強力となった経緯や、障がいを抱える子らを男手ひとつで育てながら激務をこなす姿などを交えて生き生きと描かれ、ページをめくる手が止まらない。
富士山測候所開設の経緯、富士山の登山史、時々の社会情勢、富士山の地質や生物など、多岐にわたる記事が随所に挿入されているのもすばらしい。日本一の山、その登山を支えた人たちの思いや歴史への理解が深まり、富士山により心を惹かれる。文庫本としては文字が大きめで読みやすく、その後の山野井氏の活動などの注記が加えられているのもうれしい。

雪炎
富士山最後の強力伝
| 著 | 井ノ部康之 |
|---|---|
| 発行 | 山と溪谷社 |
| 価格 | 1,100円(税込) |
評者
石丸哲也
山岳ライター。オールラウンドに登山を行なう。登山やツアーの講師などとしても活動している。
(山と溪谷2024年6月号より転載)
プロフィール
山と溪谷編集部
『山と溪谷』2026年1月号の特集は「美しき日本百名山」。百名山が最も輝く季節の写真とともに、名山たる所以を一挙紹介する。別冊付録は「日本百名山地図帳2026」と「山の便利帳2026」。
登る前にも後にも読みたい「山の本」
山に関する新刊の書評を中心に、山好きに聞いたとっておきもご紹介。
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