なにを着るか、どう行動するか。登山ガイドが教える、岩場の歩き方【山と溪谷2024年8月号特集より】
雑誌『山と溪谷』2024年8月号の特集は「スリルと展望の北アルプス岩稜案内」。槍・穂高(やり・ほたか)、剱岳(つるぎだけ)、後立山(うしろたてやま)の三大岩稜エリアにある、スリルと展望の岩稜ルートを掲載している。特集ページの中から、登山ガイドが教える岩稜登山のノウハウを紹介しよう。
監修=木元康晴、文=吉澤英晃、写真=中村英史・木元康晴
岩稜コースに現われる、避けて通れない難所の岩場。両手を使う登下降を強いられ、落石や滑落など重大事故につながる危険がつきまとう。プロの登山ガイドが教える「服装&身だしなみ」「行動中の心得」「登攀&下降技術」から、安全性を高める術を身につけよう。

木元康晴(きもと・やすはる)
日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・ステージⅢ。岩山のガイドに定評があり、夏は北アルプスを中心に活動。岩稜コースを歩いた回数は数知れず。
服装&身だしなみ
岩場で身につけるすべての装備は体にフィットしていることが最優先される。体に合っていないと、ウェアであれば手脚の動きの自由さを阻害し、ザックの場合はバランスの悪さで必要以上に疲れ、ヘルメットなら本来の保護性能が発揮されずに負傷するかもしれず、トラブルの遠因になってしまう。
装備を検討する上では、不安要素を排除する、という考え方も大切だ。ザックの選び方でよく聞く「強度があり外側にポケットがないものを選んだほうがいい」という意見は、まさに破損や引っかかりという不安要素を排除した結果である。このページを参考に、岩場に適した格好を学んでもらいたい。
基本のスタイル
ヘルメット
落石や転落・滑落時に頭部を保護する岩場の必需品。登山用の安全規格をクリアしたヘルメットを使うのが大前提で、実際に被ってみて頭に合うものを選ぶ。サイズ調整や着脱に関わるパーツの扱いやすさもチェックしよう。
ウェア
体の動きを阻害しないもので、肌が傷つかないように基本は長袖長ズボンを選びたい。ただ、暑さに弱い人はトップスに半袖を着ても問題なく、その際は肌の露出を避けるためにアームカバーなどを活用するとより安全。日焼け予防の効果もある。
ザック
必要最低限の耐久性があり、その上で軽いものが理想。とても軽いザックのなかには、生地の強度に不安を感じるものもあるので気をつけよう。必要な装備をすべてパッキングできる容量があり、外側にポケットが付いていないものがいい。
シューズ
手の力では簡単に曲がらないほど剛性が高ければ、それがトレッキングシューズでも登山道に指定されている岩場の通過に支障はない。その上で、筋力に自信のない人には捻挫予防と足首をサポートする観点から、ハイカットモデルを推奨する。
動きやすさを高める4つのTips
1 荷物の外付けはNG

スリーピングマット、ボトル、トレッキングポール、コップなど、ザックの外に出ている装備は、何かに引っかけてバランスを崩したり、落下させて下にいる登山者にケガを負わせたり、すべてが事故につながる不安要素になり得る。岩場を歩くときは全装備を内側にしまい、何も外に出さないように心がけよう。
2 上着はジャケットタイプが◎

ミッドレイヤーやサーマルレイヤー、ウィンドシェルやレインウェアなど、行動中に脱ぎ着する可能性のあるウェアは、すべてジャケットタイプで統一しよう。ラウンドネックタイプや胸元までしかファスナーが開かないアノラックタイプを選ぶと、ヘルメットを外さないと着脱できない場合があり、不便に感じてしまう。
3 頭にザックを干渉させない

岩場では顔を上げてこれから登るルートを確認する。このとき、ザックの雨蓋がヘルメットの後頭部に干渉すると行動に支障をきたすので注意が必要。荷物を厳選してザックを小さくまとめるか、可動式の雨蓋であれば意図的に後方にずらして対処しよう。出発前や岩場に差しかかる前に必ずチェックしたい。
4 日焼け止めはスプレーなどが便利

特に高山では、男女問わず日焼け対策が重要だ。そこでクリームタイプの日焼け止めを選ぶと、塗り方によっては手のひらがベトベトになり岩をつかみづらくなってしまう。おすすめは、ワンプッシュで噴き付けられるスプレータイプか、手を汚さずに塗れるスティックタイプ。手間がかからないので行動中も使いやすい。
行動中の心得
岩場には、歩きが主体の登山道と異なる安全上のリスクがいくつもある。ここでは、それらを理解した上で無事に通過するにはどうしたらいいか、押さえておくべき心得を6つ紹介する。
まず、岩場には地形に由来するリスクが3つある。ひとつは、踏み跡が乏しくルートがわかりづらいという点。道迷いを防ぐには、手前から目印を確認し、周囲の状況の変化に敏感になる必要がある。ふたつ目は落石の危険性で、石を落とさない、落石を受けない、落石を発生させた、もしくは遭遇したらどうしたらいいかを学んでおこう。3つ目は、岩場は道幅が狭くなりがちで、人と人がすれ違う時に重大な事故が起こりやすいという点だ。安全にすれ違うにはどうしたらいいか、基本的な決まり事を確認しよう。
残りの押さえておくべき心得は、休憩の取り方、悪天候に対する心構え、集中力を保ち続ける重要性の3つ。ひとつひとつチェックして、岩場に対する意識を高めてもらいたい。
① ルートの目印を確認し、現場判断を繰り返す

岩場のルートは「↗」や「○」で示され、道を間違えやすい箇所には「×」が塗られていることが多い。登りやすい、または下りやすい細かなルートは実際の現場で判断し、アプリのナビゲーション機能などに頼って漫然と歩かないように気をつけよう。足元が不安定になった、浮き石が増えた、周りに目印が見当たらない場合は、正規のルートから外れた可能性が高い。
② 落石を起こさない、受けないように気を配る

落石を発生させないためには、手でつかむところ、足を置く場所の安定性を必ず確認。石を落としてしまったら「ラク!」と叫び、付近の登山者に注意を促す。落石を受けないためには、同じグループなら距離をあけず、別グループとは落石を回避できる間隔をあけるといい。向かってくる落石から逃げられない場所にいたら、壁に張り付いて通り過ぎるのを待つ。
③ すれ違いは山側で待ち、通過時は慎重に行動

実際にあったケースで、谷側で待つ人の脇を小走りで通過しようとした人がバランスを崩し、ふたりとも滑落した事例がある。この事故から学ぶことは2つあり、道を譲る人は必ず山側に立つこと、通過する人は気持ちが急いても慎重に行動することだ。岩場では登り下りに関係なく、足元が安定する場所にいる人が道を譲り、混雑時は声をかけ合って行動しよう。
④ 休憩は広くて落石の危険がない場所で取る

休憩にはメンバー全員がザックを下ろせるスペースがあり、落石の危険がない場所が適している。ただ、広いスペースがあっても近くに壁があり、だれかが登っている場合は石が落ちてくる可能性があるので要注意。周囲をよく見て安全を確かめてから休憩するクセをつけておきたい。岩場に休憩適地は少ないので、休める場所ではしっかり休むように心がけよう。
⑤ 悪天候はリスクしかない状況と認識する

雨天時は岩が濡れて滑落のリスクが高くなる。さらに雨が降ると濃い霧が発生しやすく、ルートがわかりづらくなってしまう。そこに強い風が吹くようなら、転落・滑落のリスクはさらに高まる。悪天候による危険を避けるには、天気予報をよく確認して山行の中止も辞さないこと。また、北アルプスなどの高山は午後に天気が悪化しやすいので早出早着を徹底しよう。
⑥ 休憩適地に着くまでは一時も気を抜かない

岩場には、休憩適地を除くすべての区間にリスクが潜んでいる。特にルート上で難度の高い地点を過ぎた後、核心を越えたことに安心して気を緩めると事故を起こしやすいので気をつけたい。動いている最中は一挙手一投足に集中し、休憩できる場所ではリラックスして、水や食べ物の補給や日焼け止めを塗り直すなど、メリハリをつけて行動しよう。
*
雑誌の特集では、実際に岩稜を登る際にどのように歩けばよいか、基本姿勢や手足の使い方、視点の置き方などを詳しく解説している。
(『山と溪谷』2024年8月号より転載)
プロフィール
吉澤 英晃
1986年生まれ。群馬県出身。大学の探検サークルで登山と出合い、卒業後、山道具を扱う企業の営業マンとして約7年勤めた後、ライターとして独立。道具にまつわる記事を中心に登山系メディアで活動する。
山と溪谷編集部
『山と溪谷』2026年1月号の特集は「美しき日本百名山」。百名山が最も輝く季節の写真とともに、名山たる所以を一挙紹介する。別冊付録は「日本百名山地図帳2026」と「山の便利帳2026」。
雑誌『山と溪谷』特集より
1930年創刊の登山雑誌『山と溪谷』の最新号から、秀逸な特集記事を抜粋してお届けします。
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