ルポ・槍ヶ岳と天狗原。紅葉名所を訪ねて【山と溪谷2024年9月号特集より】

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雑誌『山と溪谷』2024年9月号の特集は「決定版!全国紅葉名山100」。北海道から九州まで、各エリアの山に精通する山岳カメラマン、ライターのみなさんがおすすめする紅葉の美しい山100コースを集めた。特集の中から、ナナカマドやダケカンバが鮮やかに色づく、槍ヶ岳・天狗原の紅葉の絶景を訪ねたルポページを紹介しよう。

文=新田あい、写真=花岡 凌

槍ヶ岳の紅葉に会いに行くのは5年ぶり。前回行けなかった天狗原へ
槍ヶ岳の紅葉に会いに行くのは5年ぶり。前回行けなかった天狗原へ

自分らしい山歩きを楽しむモデルでハイカーの新田あいさんが訪れたのは槍ヶ岳(やりがたけ)。ナナカマドやダケカンバが鮮やかに色づく、天狗原の紅葉の絶景をひと目見にやってきました。ピークにこだわらない、等身大で自由な秋の山旅です。

紅葉の天狗原へ

離れた場所からでもひと目でわかる、とんがり山。山登りをする人なら一度は登りたいと思う、憧れの槍ヶ岳だ。私は過去に一回登頂したことがあり、見渡す限りさえぎるもののない景色に感動した記憶がある。しかし、登山歴10年目にして、山が好きなのに、どうも高いところが苦手になってしまった。今回の取材の話をもらったときも穂先は登りますか? と確認してしまったくらい……。

今回は紅葉を楽しむのが目的で穂先はマストではない、とのお返事が。槍ヶ岳へ行くのに山頂に行かなくていいんですか!? と聞いておきながらもホッと胸を撫で下ろした。

年々夏が長く、秋が短く感じられる。山の紅葉も例年よりゆっくり始まると聞いていたが、取材の少し前から寒気が入り、よい感じだという情報が入る。

1日目、雨上がりの上高地をスタート。この日は槍沢(やりさわ)ロッヂまでなので、気持ちに余裕がある。紅葉の様子を心配する編集部の渡辺さんを横目に、1時間おきに通過する山小屋を見ながら、帰りになにを食べようかとおいしいもののことばかり考えていた。なにやら槍ヶ岳山荘には「小屋番の気まぐれプリン」なんてものもあるらしい。

5年前に槍ヶ岳へ行ったとき、駆け足で下ってしまった槍沢のルート。美しく、緩やかで歩きやすい渓流沿いの道を、奥へ奥へと進む。しっとりした土と枯れた植物の匂いがなんだか懐かしくて心地よい。

槍沢ロッヂまでもう少し! 励みになる
槍沢ロッヂまでもう少し! 励みになる
この石段を上がると本日のゴール槍沢ロッヂ
この石段を上がると本日のゴール槍沢ロッヂ
雲ひとつない空に月が浮かぶ。明日はお天気の予感
雲ひとつない空に月が浮かぶ。明日はお天気の予感
朝日に照らされ色づく山々に期待が高まる!
朝日に照らされ色づく山々に期待が高まる!

2日目、ひんやりとした空気のなか歩き始める。大曲(おおまがり)まで来ると谷に朝日が差し、暖かい光に包まれた。この辺りから黄色やオレンジ、赤の木々が見え始め、分岐を天狗原(てんぐっぱら)方面へ少し進むと赤く染まったチングルマの葉のじゅうたんやナナカマドが出迎えてくれた。今年の紅葉はイマイチかもしれない、と聞いていたが、これくらいの色味もコントラストが優しくて私は好きだった。

巨岩が積み重なる岩場を越えると、天狗池(てんぐいけ)に着いた。座り心地のよい岩を見つけ、光と風を待ちながら朝ごはんのお弁当を食べる。自然のなかでなにもしない贅沢で、嬉しい時間。ここをゴールにしてもいいなぁ、なんて思いながら景色を眺めていた。

お花も綿毛も紅葉もかわいいチングルマ
お花も綿毛も紅葉もかわいいチングルマ
氷河公園とも呼ばれる天狗原。風が止んだほんの一瞬、逆さ槍が映った
氷河公園とも呼ばれる天狗原。風が止んだほんの一瞬、逆さ槍が映った
槍沢ロッヂのお弁当はちらし寿司♪
槍沢ロッヂのお弁当はちらし寿司♪
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この記事に登場する山

長野県 岐阜県 / 飛騨山脈南部

槍ヶ岳 標高 3,180m

 鋭角に天を突く岩峰でそのものずばりの命名、しかも北アルプス南部の登山道が集中する位置のよさ。槍ヶ岳は北アルプス南部の鎮である。  行政区分からいえば長野県の大町市、松本市と岐阜県高山市との境にそびえている山である。地理的条件も実に絶妙な場所といえる。  南から穂高連峰の縦走路、東から常念山脈や燕岳からの表銀座コース、谷筋では上高地から梓川、槍沢を遡っていく登山道、新穂高温泉から蒲田川右俣、飛騨沢を登るコースと、北アルプス南部のすべてのコースが槍ヶ岳に集中し、中央部へは西鎌尾根が唯一の回廊となって双六岳に通じる、北アルプス南部の扇の要である。  しかも鋭い槍の穂先のような姿は、日本の氷河地形の典型でもある。地質は硬いひん岩で、氷河が削り残した氷食尖峰。東西南北の鎌尾根も氷食地形、槍沢、飛騨沢、天上沢、千丈沢はU字谷とカールという、日本の氷河地形のサンプルぞろいである。  登山史上で初めて登頂したのは江戸時代の文政11年(1828)の播隆上人。4回登って3体の仏像を安置し、鉄鎖を懸けて信者の安全な登拝を可能にした。登路は安曇野の小倉村から鍋冠山を越えて大滝山へ登り、梓川に下って槍沢をつめている。今も残る槍沢の「坊主ノ岩小屋」は播隆が修業した籠り堂だ。  近代登山史の初登頂は明治11年(1879)の英人W・ガウランド。1891年には英人W・ウエストンも登っている。日本人では1902年の小島鳥水と岡野金次郎。穂高・槍の縦走は1909年の鵜殿正雄で、ここに槍ヶ岳の黎明が始まった。大正11年(1922)には3月に、慶応の槙有恒パーティによる積雪期の初登攀があり、同年7月7日には早稲田と学習院が北鎌尾根への初登攀に挑んでいる。早稲田は案内人なしの2人パーティで、槍ヶ岳頂上から独標往復。学習院は名案内人小林喜作とともに末端からと、方式も違う登攀でともに成功した。  その後も北鎌尾根ではドラマチックな登攀が行われ、昭和11年(1936)1月には、不世出の単独行者、加藤文太郎の遭難、昭和24年(1949)1月の松濤明、有元克己の壮絶な遭難が起きている。加藤の遺著『単独行』と松濤の手記『風雪のビヴァーク』は登山者必読の書である。  登山道で直接登るコースは、上高地から槍沢コース経由で槍ヶ岳(9時間30分)と、新穂高温泉から飛騨沢コース(8時間40分)の2本。ほかに穂高連峰からの縦走コース(7時間30分)、燕岳からの表銀座コース(8時間40分)、双六小屋から西鎌尾根コース(6時間)と数多い。

プロフィール

山と溪谷編集部

『山と溪谷』2026年1月号の特集は「美しき日本百名山」。百名山が最も輝く季節の写真とともに、名山たる所以を一挙紹介する。別冊付録は「日本百名山地図帳2026」と「山の便利帳2026」。

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雑誌『山と溪谷』特集より

1930年創刊の登山雑誌『山と溪谷』の最新号から、秀逸な特集記事を抜粋してお届けします。

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