ルポ・槍ヶ岳と天狗原。紅葉名所を訪ねて【山と溪谷2024年9月号特集より】

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雑誌『山と溪谷』2024年9月号の特集は「決定版!全国紅葉名山100」。北海道から九州まで、各エリアの山に精通する山岳カメラマン、ライターのみなさんがおすすめする紅葉の美しい山100コースを集めた。特集の中から、ナナカマドやダケカンバが鮮やかに色づく、槍ヶ岳・天狗原の紅葉の絶景を訪ねたルポページを紹介しよう。

文=新田あい、写真=花岡 凌

槍ヶ岳で展望とスイーツを満喫

心もお腹も満たされたら、中岳(なかだけ)、大喰岳(おおばみだけ)を経由して槍ヶ岳山荘へ向かって出発。穂先よりは怖くないものの、ハシゴや鎖も出てくるとのこと。色鮮やかな紅葉の世界から、気を引き締めて進む。久しぶりの岩場の登りで体力の心配もあったが、この日はスイスイ登ることができた。ハシゴは高度感があり怖かったが、先行するカメラマンの花岡君に励まされながらなんとか登りきる。安心感と達成感と緊張からか、ずっと笑っていた。あぁ、久しぶりに頑張った。

何度も振り返り景色を楽しむ。なかなか進まない
何度も振り返り景色を楽しむ。なかなか進まない
一歩一歩慎重に。穂先のハシゴよりは怖くないが……
一歩一歩慎重に。穂先のハシゴよりは怖くないが……

プリンは15時から販売されるとか。われわれのこの旅の山頂は気まぐれプリンだっ!と目標を定め、槍ヶ岳山荘へ向けて進む。稜線からの景色が本当にすばらしく、中岳、大喰岳は、アップダウンはあるけどしんどさを感じなかった。この場所に立てている幸福感のほうが大きかったからだと思う。

まわりに見える、歩いたことのある山を指さして、たぶんあれが常念岳(じょうねんだけ)で隣のなだらかなのが蝶ヶ岳(ちょうがたけ)だね、あれはどこの山だろう、と山座同定を楽しむ。こうして見ると、一目でそれとわかるあのとんがりは、やっぱり特別だと思った。歩く距離は長くなるが、景色を思う存分楽しむならこのコース取りは間違いない。

アップダウンを繰り返し、ようやく最後の登り返し。あと少しでゴールだと思うと、なぜこんなにしんどくなるのだろうか。

無事に予定通り15時に槍ヶ岳山荘に到着した。まず先にプリンを! と喫茶に行くと、まさかの14時30分~と黒板に書いてある。あれ? 時間を間違えた⁉ 「気まぐれ」だしそんなに数はないかも、と恐る恐る尋ねると、まだありますよ、と。念願のプリンにありつけた。

卵感のあるカスタードで柔らかぎない食感。生クリームの甘さとカラメルの苦味のマリアージュがすばらしい。ほかにもイチゴのショートケーキやクッキーもある。パティシエの小屋番さんが作っているとのこと。そんな小屋番さんと一緒に働けたらどんなに幸せなことか。山小屋で働いたことがあるからわかる。穂先を登る人達を眺めながら、コーヒーとともにおいしくいただいた。

槍ヶ岳山荘に到着! 頭の中はプリンでいっぱい
槍ヶ岳山荘に到着! 頭の中はプリンでいっぱい
槍ヶ岳をイメージしたプリン。穂先はとんがりコーン
槍ヶ岳をイメージしたプリン。穂先はとんがりコーン
おいしいお土産も忘れずに
おいしいお土産も忘れずに

3日目の朝、気温はマイナス1.4度まで下がり氷が張っていた。なんだか下山するのが惜しくて、暖かくなるまで喫茶でゆっくりしていた。

小屋のバイトを終えてこの日下山する人が、それぞれの持ち場で仕事をする仲間に向け、館内放送であいさつをしていた。規模の大きい小屋だと放送でのあいさつなんだなぁと感心。ここでの経験は忘れない、また来年も働きたい、とキラキラしたよい表情で話す彼に、お疲れ様でしたと声をかけ、小屋を後にした。

訳あって槍沢ロッヂで待っていた渡辺さんに槍ヶ岳山荘のお菓子を渡し、土産話をしながら来た道を戻る。徳澤園でピザとソフトクリームを食べた。食べ始めると、さっきまで暖かかった空気がひんやりと冷たくなった。もう冬だねぇと凍えながら食べたのは楽しい思い出。下山した2日後、槍ヶ岳に雪が降った。今年の秋はもう少し長いといいな。

今回の旅では槍ヶ岳山頂には登らなかったが、ゆっくり紅葉を楽しむことができ、大満足な山旅となった。これからも無理せず自分らしい山歩きを続けていきたい。

(取材日=2023年10月1~3日)

大喰岳方面から飛驒乗越を挟んで槍ヶ岳山荘、槍ヶ岳を望む
大喰岳方面から飛驒乗越を挟んで槍ヶ岳山荘、槍ヶ岳を望む

北アルプス/長野
槍ヶ岳・天狗原 3180m(槍ヶ岳)
紅葉適期:9月下旬~10月中旬

紅葉名所・天狗池と秋の3000mの稜線歩き

名峰・槍ヶ岳へは槍沢ルートを使用するのが一般的だが、ここでは紅葉の人気スポット天狗池を経て中岳、大喰岳など3000m 峰を縦走する充実コースを紹介する。氷河の侵食によって造られた天狗原カールは通称「氷河公園」と呼ばれており、槍ヶ岳を映す天狗池がある。周辺は秋になるとナナカマドやダケカンバが鮮やかに色づき、槍ヶ岳の絶景を満喫できる。槍沢ロッヂ付近もカエデ類や対岸の横尾(よこお)尾根のダケカンバの黄葉が見応えあり、大おお曲まがりや天狗原への分岐付近も赤い絨毯を広げたようなナナカマドなどの紅葉が美しく、変化を楽しめる。

天狗池から先は、横尾尾根に出て鎖やハシゴがある岩場を行き、中岳、大喰岳に続く稜線に上がるが、秋は日が短いことも考慮し、天狗池から槍沢ルートに折り返すのもよい。取材では槍の肩までとし、穂先には登らなかった。

天狗原稜線分岐~中岳にある岩場。ここでは長野側を横切る
天狗原稜線分岐~中岳にある岩場。ここでは長野側を横切る

MAP&DATA

高低図
ヤマタイムで周辺の地図を見る
日数:2泊3日
コースタイム:【1日目】5時間5分
【2日目】6時間35分
【3日目】8時間40分
行程:【1日目】
上高地バスターミナル・・・河童橋・・・明神・・・徳沢・・・横尾・・・一ノ俣・・・槍沢ロッヂ
【2日目】
槍沢ロッヂ・・・ババ平・・・水俣乗越分岐・・・天狗原分岐・・・天狗原・・・天狗原稜線分岐・・・中岳・・・槍ヶ岳山荘
【3日目】
槍ヶ岳山荘・・・槍ヶ岳・・・槍ヶ岳山荘・・・槍ヶ岳殺生ヒュッテ・・・グリーンバンド・・・天狗原分岐・・・水俣乗越分岐・・・ババ平・・・槍沢ロッヂ・・・一ノ俣・・・横尾・・・徳沢・・・明神・・・河童橋・・・上高地バスターミナル
総歩行距離:約42,100m
累積標高差:上り 約2,329m 下り 約2,328m
コース定数:74

『山と溪谷』2024年8月号より転載)

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この記事に登場する山

長野県 岐阜県 / 飛騨山脈南部

槍ヶ岳 標高 3,180m

 鋭角に天を突く岩峰でそのものずばりの命名、しかも北アルプス南部の登山道が集中する位置のよさ。槍ヶ岳は北アルプス南部の鎮である。  行政区分からいえば長野県の大町市、松本市と岐阜県高山市との境にそびえている山である。地理的条件も実に絶妙な場所といえる。  南から穂高連峰の縦走路、東から常念山脈や燕岳からの表銀座コース、谷筋では上高地から梓川、槍沢を遡っていく登山道、新穂高温泉から蒲田川右俣、飛騨沢を登るコースと、北アルプス南部のすべてのコースが槍ヶ岳に集中し、中央部へは西鎌尾根が唯一の回廊となって双六岳に通じる、北アルプス南部の扇の要である。  しかも鋭い槍の穂先のような姿は、日本の氷河地形の典型でもある。地質は硬いひん岩で、氷河が削り残した氷食尖峰。東西南北の鎌尾根も氷食地形、槍沢、飛騨沢、天上沢、千丈沢はU字谷とカールという、日本の氷河地形のサンプルぞろいである。  登山史上で初めて登頂したのは江戸時代の文政11年(1828)の播隆上人。4回登って3体の仏像を安置し、鉄鎖を懸けて信者の安全な登拝を可能にした。登路は安曇野の小倉村から鍋冠山を越えて大滝山へ登り、梓川に下って槍沢をつめている。今も残る槍沢の「坊主ノ岩小屋」は播隆が修業した籠り堂だ。  近代登山史の初登頂は明治11年(1879)の英人W・ガウランド。1891年には英人W・ウエストンも登っている。日本人では1902年の小島鳥水と岡野金次郎。穂高・槍の縦走は1909年の鵜殿正雄で、ここに槍ヶ岳の黎明が始まった。大正11年(1922)には3月に、慶応の槙有恒パーティによる積雪期の初登攀があり、同年7月7日には早稲田と学習院が北鎌尾根への初登攀に挑んでいる。早稲田は案内人なしの2人パーティで、槍ヶ岳頂上から独標往復。学習院は名案内人小林喜作とともに末端からと、方式も違う登攀でともに成功した。  その後も北鎌尾根ではドラマチックな登攀が行われ、昭和11年(1936)1月には、不世出の単独行者、加藤文太郎の遭難、昭和24年(1949)1月の松濤明、有元克己の壮絶な遭難が起きている。加藤の遺著『単独行』と松濤の手記『風雪のビヴァーク』は登山者必読の書である。  登山道で直接登るコースは、上高地から槍沢コース経由で槍ヶ岳(9時間30分)と、新穂高温泉から飛騨沢コース(8時間40分)の2本。ほかに穂高連峰からの縦走コース(7時間30分)、燕岳からの表銀座コース(8時間40分)、双六小屋から西鎌尾根コース(6時間)と数多い。

プロフィール

山と溪谷編集部

『山と溪谷』2026年1月号の特集は「美しき日本百名山」。百名山が最も輝く季節の写真とともに、名山たる所以を一挙紹介する。別冊付録は「日本百名山地図帳2026」と「山の便利帳2026」。

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雑誌『山と溪谷』特集より

1930年創刊の登山雑誌『山と溪谷』の最新号から、秀逸な特集記事を抜粋してお届けします。

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