天上の楽園、雲ノ平を縦走
読者レポーターより登山レポをお届けします。真鍋晋さんは2泊3日で雲ノ平(くものたいら)を縦走。
文・写真=真鍋 晋
昔見たアメリカのバックパッカー映画で、主人公が深い森を抜け、急流を渡り、幻想的な平原にたどり着く、そんなシーンがあった。日常から遠く離れた世界で旅をする、そんな気分を味わえるのが、雲ノ平縦走だと思う。雲ノ平は標高2600mに広がる天上の庭で、どの登山口からも片道10時間以上を要する。縦走ルートの途上には、薬師岳(やくしだけ)黒部五郎岳(くろべごろうだけ)、水晶岳(すいしょうだけ)、鷲羽岳(わしばだけ)、三俣蓮華岳(みつまたれんげだけ)、双六岳(すごろくだけ)といった名峰が連なる。本来なら時間をかけて、じっくり探索したいところだが、今回は休みが3日しかとれなかった。そこで折立(おりたて)を出発し、薬師沢小屋泊、三俣山荘テント泊で、新穂高温泉へ向かう、2泊3日の雲ノ平縦走ルートを計画した。
1日目:折立~薬師岳~薬師沢小屋
仕事終わりに竹橋から夜行バスに乗り、折立へと向かう。夜行といっても林道のゲートが6時まで閉まっているため、到着時刻は6時40分とやや遅い。バスを降りると、空は快晴だった。ただ翌日からは雲が広がる予報であり、山頂からの眺望を期待できるのは今日しかない。そこで時間が許せば少しルートをはずれ、太郎平小屋から薬師岳もめざすつもりだった。
登山口から三角点まで、樹林帯の急登が続く。勾配はそれほど急ではなく、比較的登りやすい。
1時間ほどで森林限界を越え、ここからは見晴らしのよい木道が続く。一気に日差しが強くなり、額から汗が流れ落ちる。薬師岳への分岐点となる太郎平小屋に到着したのは、10時前だった。
コースタイムでは、ここから薬師岳の往復に5時間30分、宿泊地となる薬師沢小屋までは2時間20分がかかる。時間はあまり余裕がなく、遅れれば引き返したほうがよいだろう。太郎平小屋に重い荷物を預かってもらい、アタックザックに替え、薬師岳へと急いだ。
山頂までの道のりは、少し距離があるものの、危険な箇所は少ない。手前の山荘からは、薬師岳の美しい色彩が眼前に迫る。ハイマツの緑と、砂礫の白が、空の青とみごとに調和している。山頂からは、北アルプス全体を一望できる。水晶岳、鷲羽岳といった黒部源流の山々の背後に、槍穂高連峰がそびえ立つ、すばらしい眺望である。
頂上での至福の時間も早めに切り上げる。ただ朝からずっと早足で動き続けており、途中のやや急なガレ場で力尽きた。脇にそれて座り込み、10分ほどお菓子を食べていた。これは下山後に知ったことであるが、翌日のまさにこの場所でクマが闊歩している動画がネットをにぎわせており、これには少し肝を冷やした。
14時30分、太郎平小屋に帰着。ここから薬師沢小屋までは400m近く高度を下げる。下り坂を進んでいくと、やがて登山道は樹林帯に入り、徒渉する箇所も出てくる。16時30分、薬師沢小屋に到着。沢沿いにひっそりとたたずむ、こじんまりとした山小屋だ。川辺のテラスで冷えたビールを堪能する。ゆっくりと疲れを癒し、明日はいよいよ雲ノ平をめざす。
2日目:薬師沢小屋~雲ノ平~鷲羽岳~三俣山荘
2日目の朝。昨夜は昏睡といってよいくらい、ぐっすりと寝たのだが、それでもすこし疲れが残っていた。5時30分小屋を出発、ちょっと怖い吊り橋を渡ると、これまたちょっと怖いハシゴを下り、河原に到達する。ここから先は、この旅最大の正念場となる急登が続く。折立から初日のうちに雲ノ平までめざす人もいるが、一日の行程の後半でこの急登を越えるにはかなりの体力が必要である。直立に見える勾配のきつい坂がしばらく続く。一つ一つの岩が大きく、それも湿って滑りやすい。今回の計画では時間がたっぷりとあり、ゆっくり登っていけばよい。
2時間に及ぶ急登との格闘の末、ようやく開けた場所に着いた。日本最後の秘境には、そう簡単にはたどり着けない。このアラスカ庭園では、晴れた日なら目前に水晶岳がそびえ立つのだが、今日はあいにく霧が濃い。ただこの霧が幻想的な雰囲気を醸しだし、そこはまさに映画で見たあの光景だった。霧に包まれた雲ノ平の朝はまだ肌寒く、夢の中をさまようように、しばし散策を楽しんだ。
朝8時に雲ノ平山荘に到着。人里離れた秘境のカフェは、場違いなほど洗練されていた。疲れた体を、アップルパイとコーヒーが癒してくれた。
カフェでの一休みの後、祖父岳(じいだけ)、ワリモ岳、鷲羽岳を縦走する。ワリモ岳の一部にすこし急な岩場がある以外は、なだらかな稜線が続き、危険な箇所は少ない。霧で眺望を楽しむことはできず、黙々とひたすら歩いていると、4羽のライチョウ一家が現われた。目の前をぴょこぴょこと飛び回り、退屈した心を和ませてくれた。
13時30分、三俣山荘に到着し、少し早めの行程を終えた。ちょうどランチタイムであり、名物ジビエ丼をいただいた。テントを設営し、午後はのんびり過ごすことにした。夕方缶ビールを楽しんでいると、ほんの一瞬霧が晴れ、鷲羽岳が現われた。凛とした、気品のある美しい山容である。
3日目:三俣山荘~双六小屋~鏡平山荘~新穂高温泉
最終日の夜にテント場で眠っていると、何度か雨音で目が覚めた。今日の予報は雨、特に午後は本降りになるらしい。天気がよければ夜明け前に出発し、朝のうちに三俣蓮華、双六岳を登頂する予定であった。朝、目が覚めると、雨は止んでいたが、霧は昨日よりさらに濃い。とても眺望は望めそうになく、本日のピークハントは諦めることにした。テントを撤収し、朝6時に出発。巻道を使って、そのまま下山する。双六小屋までは巻道といっても、急な岩場を何度か通過する。
8時に双六小屋に到着。日曜日ということもあって、すこし込み合っていた。9時30分鏡平山荘に到着、新穂高まではここからが長い。15食限定のかき揚げうどんをいただいき、腹ごしらえをする。帰りの道のりは長いものの、登山道は整備されて歩きやすい。のんびりと下りの山行を楽しんだ。13時、新穂高登山口に到着、天上の庭へのロングトレイルが無事終了した。
(山行日程=2024年9月6~8日)
MAP&DATA
【2日目】7時間35分
【3日目】7時間30分
※ヤマタイムでのコースタイム
【2日目】薬師沢小屋・・・アラスカ庭園・・・祖母岳分岐・・・雲ノ平・・・雲ノ平キャンプ場分岐・・・祖父岳分岐・・・祖父岳・・・岩苔乗越・・・ワリモ北分岐・・・鷲羽岳・・・三俣山荘
【3日目】三俣山荘・・・双六小屋・・・弓折乗越・・・鏡平山荘・・・シシウドが原・・・秩父沢出合・・・小池新道登山口・・・わさび平小屋・・・笠新道登山口・・・新穂高温泉

真鍋 晋(読者レポーター)
普段は現役外科医、週末は登山・トレラン・ジョギング。じっと座っていることが、苦手な性分です。
この記事に登場する山
プロフィール
山と溪谷オンライン読者レポーター
全国の山と溪谷オンライン読者から選ばれた山好きのレポーター。各地の登山レポやギアレビューを紹介中。
山と溪谷オンライン読者レポート
山と溪谷オンライン読者による、全国各地の登山レポートや、登山道具レビュー。
こちらの連載もおすすめ
編集部おすすめ記事

- 道具・装備
- はじめての登山装備
【初心者向け】チェーンスパイクの基礎知識。軽アイゼンとの違いは? 雪山にはどこまで使える?

- 道具・装備
「ただのインナーとは違う」圧倒的な温かさと品質! 冬の低山・雪山で大活躍の最強ベースレイヤー13選

- コースガイド
- 下山メシのよろこび
丹沢・シダンゴ山でのんびり低山歩き。昭和レトロな食堂で「ザクッ、じゅわー」な定食を味わう

- コースガイド
- 読者レポート
初冬の高尾山を独り占め。のんびり低山ハイクを楽しむ

- その他
山仲間にグルメを贈ろう! 2025年のおすすめプレゼント&ギフト5選

- その他