【書評】ヤギとの毎日を描いたイラストルポ『私はヤギになりたい ヤギ飼い十二カ月』
評者=服部小雪
前作『カヨと私』で著者とヤギの暮らしに触れて以来、ヤギといえばアニメの「アルプスの少女ハイジ」に登場するかわいいユキちゃんというイメージが、発情して鳴き叫ぶシバヤギのカヨさんに塗り替えられた。ヤギは野性味が強く自己主張が激しい。その一方でとても繊細な性質をもっているようだ。
カヨさんは岡山でオスのミニヤギのモッチさんとお見合いした後、モッチさんとの間に生まれた茶太郎と親子夫婦となり、三度の出産をする。本書ではその後のカヨ一族との暮らしの様子がつづられている。
わたし自身は15羽のニワトリとイヌ、ネコと共に暮らしている。飼っているものが大所帯になると、飼うことと飼われることの境目が曖昧になる。早朝にニワトリが「グワァァァッ」と叫ぶと、わたしの体は自動的に起き上がりニワトリ小屋に向かう。ニワトリ小屋の扉を開けると、メンドリたちは「もうっ遅いのよっ」とばかりにグァーグァーと文句を言いながら庭へ駆け出していく。扉オープン係・餌係としてニワトリたちの奴隷になっているようでやれやれと思うのだが、こうした奉仕により個人の殻が消えて地球の営みに否応なしに組み込まれていく感覚が心地よい。
何より楽しいのは異種のものたちと言語を超えたコミュニケーションを取ることだ。ダイレクトに意思を伝えあうことができない分、心を開いてやりとりをしていくのはニワトリもイヌ、ネコもヤギも同じ。ヤギに寄り添う旬子さんの苦労や喜びに、つい感情移入する。
旬子さんはヤギたちの幸せそうな様子が見たい一心で、おいしそうな木の葉を求めて軽トラで奔走する。タイトルにもあるとおり、旬子さん自身がヤギ的に生きているのだ。「カヨパレス」と呼ぶ手造りのヤギたちの住まいは、著者の自由な精神を象徴している。ヤギたちは旬子さんのヤギ飼いとしての資質を充分に理解した上であれこれワガママを言っているように思える。
本書では人間模様ならぬ複雑なヤギ模様やヤギが好んで食べる植物がイラストで紹介されており、絵を眺めているだけで楽しい。葡萄の葉はヤギの好物で、人間が食べてもおいしいという。ぜひ今度の春には葡萄(ぶどう)の新芽を天ぷらにして食べてみようと思う。そのほか、赤芽柏(あかめがしわ)、葛(くず)、楡(にれ)、野薔薇(のいばら)、枇杷(びわ)の葉、背高泡立草(せいたかあわだちそう)の先っちょ、野芥子(のげし)など、普段見慣れている植物がヤギの餌になることを知った。ふと、プランターから勝手に生えている紫蘇(しそ)のようで紫蘇ではない草に目が留まる。ヤギの好物、苧麻(からむし)に違いない。これっぽっちじゃヤギに相手にもされないだろうな、と思いながら今日も小豆島の大地の一部をムシャムシャと食んでいるヤギたちのことを想う。

私はヤギになりたい
ヤギ飼い十二カ月
| 著 | 内澤旬子 |
|---|---|
| 発行 | 山と溪谷社 |
| 価格 | 1,980円(税込) |
内澤旬子
文筆家、イラストレーター、精肉処理販売業。著書に『内澤旬子の島へんろの記』(光文社)、『カヨと私』(本の雑誌社)など多数。2014年に小豆島に移住。現在は、ヤギのカヨ、茶太郎、銀角、玉太郎とイノシシのゴン子、ネコの寅雄と共に暮らす。本書は雑誌『山と溪谷』連載「ヤギ飼い十二カ月」を書籍化したもの。
評者
服部小雪
イラストレーター。夫は服部文祥。雑誌『Fielder』(笠倉出版社)で「ニワトリのいる暮らし」を連載中。近著に『はっとりさんちの野性な毎日』(河出文庫)がある。
(山と溪谷2024年10月号より転載)
登る前にも後にも読みたい「山の本」
山に関する新刊の書評を中心に、山好きに聞いたとっておきもご紹介。
こちらの連載もおすすめ
編集部おすすめ記事

- 道具・装備
- はじめての登山装備
【初心者向け】チェーンスパイクの基礎知識。軽アイゼンとの違いは? 雪山にはどこまで使える?

- 道具・装備
「ただのインナーとは違う」圧倒的な温かさと品質! 冬の低山・雪山で大活躍の最強ベースレイヤー13選

- コースガイド
- 下山メシのよろこび
丹沢・シダンゴ山でのんびり低山歩き。昭和レトロな食堂で「ザクッ、じゅわー」な定食を味わう

- コースガイド
- 読者レポート
初冬の高尾山を独り占め。のんびり低山ハイクを楽しむ

- その他
山仲間にグルメを贈ろう! 2025年のおすすめプレゼント&ギフト5選

- その他