秘境から秘境へ。伊藤新道から読売新道を繋ぐ旅

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読者レポーターより登山レポをお届けします。bokさんは伊藤新道(いとうしんどう)と読売新道(よみうりしんどう)を繋げる3泊4日の縦走へ。

文・写真=bok


秘境と秘境を繋ぐこの旅は、仲間と仲間を繋ぐところから始まった。いずれも私の自慢の山仲間で、一緒に山に行きたいねとそれぞれで話していた計画はどれも捨てがたく、エイヤでくっつけてしまったのだ。

集まったのは、北は北海道から西は愛知まで在住地の異なる5人のメンバー。経歴で言うと、山歴15年のベテランの沢ヤ、高山での調査を生業の一つとする山ヤ、80㎞のトレランレースの完走経験者、日高のヤブ山・雪山をホームグラウンドとするトレイルランナー、そして夏山・雪山問わずテント泊縦走をこよなく愛する私と、それぞれ自分のスタイルで山を楽しんできた個性溢れるソロハイカーたちだ。その個性がいかんなく発揮されたこの山旅の記録係として、その一端でも仲間たちやほかの読者の方々に残したいと思い、文章化を試みることにした。

旅の始まり
1日目:高瀬ダム~晴嵐荘

旅の前夜、5人のうち4人が集結、翌朝は高瀬(たかせ)ダムから高瀬川林道を歩き、秘境の入口、晴嵐荘(せいらんそう)に幕営した。計画としてはここから伊藤新道をトレースし、三俣(みつまた)山荘で2泊目の幕営。三俣山荘では残る1人が合流する。翌日は思い思いのルートで稜線歩きを楽しみながら主目的となる赤牛岳(あかうしだけ)で再集結、読売新道を下った先の奥黒部ヒュッテにて3泊目、最終日に黒部ダムへ抜けるロングルートだ。およそ新道と名のつくルートは厳しくも歩き応えのあるものが多いが、今回も類に漏れない。初日は時間にも余裕があったため、それぞれの沢装備の確認などを行なった上で、早めに就寝した。

晴嵐荘に向かって高瀬川林道を行く
晴嵐荘に向かって高瀬川林道を行く

ロマンあふれる伊藤新道
2日目:晴嵐荘~伊藤新道〜三俣山荘

2日目、4人はそれぞれの沢装備を身に付け、夜明けとともに伊藤新道へ。そこかしこから噴出する白煙、硫黄の臭い、削られて断崖となった赤茶の渓谷、渇水期とはいえ豊富な水流・・・。登山道というよりもここはむき出しの地球の断面だ。生きている大地のパワーを、人生を賭けて復刻を果たした立役者のロマンを、それこそ全身で感じた。

伊藤新道
そこかしこから水蒸気が噴出し、硫黄の臭いが立ち込める

今回はメンバー全員が本ルート初挑戦となるものの、そこは経験豊富なリーダーとメンバー、的確に徒渉箇所を見極めながら着実に沢を詰めていく。赤茶の断崖の上に広がる青空、地肌で感じる大地の鼓動、アスレティックなルートファインディング、メンバー全員が全身でこの瞬間を楽しんでいることは、その表情から明らかだ。

伊藤新道
伊藤新道をトレースするパーティー

時期は10月半ば、快晴に恵まれたとはいえ、深い渓谷には陽が届かない時間帯が長く、水も冷たい。この季節に歩くにはネオプレン生地の沢装備で臨むことをおすすめしたい。足元から体温が逃げることなく、躊躇なく水流に踏み込み、終始快適に歩くことができた。それでも陽の当たる広場では小まめに休憩を挟んだ。唯一トレランスタイルで臨んでいた女性メンバーは、我々の想像以上に体が冷え切ってしまっており、装備選定の大切さと太陽のありがたさが身に染みたようだった。

沢歩きを無事に終えた我々は、装備を山歩き用に換装し、稜線上のコルをめざした。赤沢の出合からの取付は急登で息が上がるが、向かいの西鎌尾根の断崖や山裾へと広がる黄葉など、時折り開ける展望は飽きさせない。

ネオプレン生地の沢装備
ネオプレン生地の沢装備、この時期でも体を冷やさずに沢歩きが楽しめる

無事に三俣山荘にたどり着いた我々は、途中から先行した2人が予約しておいてくれた名物ジビエシチューとワインで山中とは思えない贅沢な夕食をとり、初結成パーティのチームワーク、恵まれた天候、思い思いの充足感を語りあった。同時にここで、新穂高温泉から三俣山荘へ駆け付けた5人目の仲間が合流し、ほかの宿泊者も交え日常を忘れて山談義に華を咲かせた。

三俣山荘のジビエシチュー
三俣山荘のジビエシチュー。テント泊利用者は3400円

三俣山荘は北アルプスの中でも有数のジャンクションで、稜線上での楽しみ方は千差万別。翌日は思い思いのルートで稜線歩きを楽しみつつも、赤牛岳に11時集合と取り決め、スタート時間も各自に任せることとした。

遠い赤牛、遠い奥黒部
3日目:三俣山荘〜水晶岳〜赤牛岳〜奥黒部ヒュッテ

3日目、祖父岳(じいだけ)に立ち寄りたかった私は、夜明け前に厚く霜の降りたフライシートを凍える手でザックに押し込み、一人早立ちした。祖父岳は遠目には凡庸だが、広々とした好展望のピークで、名だたる名峰に囲まれたこの山域の中では静かな時間が過ごせるおすすめの山頂だ。幸運にもこの日も快晴で、コーヒーをおかわりしてくつろぎたいところだったが、目的地の赤牛岳は遠い。早々に切り上げて先を急ぐ。

三俣山荘から、鷲羽岳とご来光
三俣山荘から、鷲羽岳と御来光

祖父岳を含め、稜線上は携帯電話の電波が入るため、こまめにメンバーと連絡を取り合う。どうやらほかのメンバーは三俣山荘での御来光、鷲羽岳(わしばだけ)での絶景を堪能し過ぎて遅れ気味で、水晶(すいしょう)小屋到達時点で先行しているのは私のほうだった。

水晶岳付近より、雲ノ平越しの黒部五郎岳
水晶岳付近より、雲ノ平越しの黒部五郎岳

水晶岳を過ぎると赤牛岳への続く稜線が気持ちよく前方へ延び、周囲は文字通り三六〇度の絶景が広がる。ルートと目的地がこれ以上ないほどに明白だったこともあり、このセクションでも思い思いのペースで天空回廊のような稜線歩きを楽しんだ。右手には白くたおやかな野口五郎岳の稜線、左手には薬師岳から立山へ至る稜線。紅葉に彩られた深山の絶景を横目に一歩一歩と進むにつれ、遠かった赤い頂が徐々に近づいてくる。

赤牛岳までの爽快な稜線歩き
絶景を眺めながら赤牛岳までの爽快な稜線歩き

先行して赤牛岳に着いたのは私とリーダー。続くメンバーも30分もたたずに赤牛岳に到着した。全員で歓喜し悲願だった「赤牛岳山頂でレッドブルで乾杯」。5人そろった記念写真は、一生モノになりそうだ。

赤牛岳山頂
悲願の赤牛岳

さて、悲願は達成したものの、この日の行程はまだまだ長い。赤牛岳から黒部ダムへ至る読売新道は北アルプスの中でも特にマイナーな部類で、長く、奥深い。整備はされているものの時間はかかる。ペースの都合、ここでもおおむね二手に分かれつつ、残りの行動食、水分をシェアしながら奥黒部ヒュッテのテントサイトをめざした。エナジーゲルに糖分など、各自、さまざまな行動食を持参しており、パーティ山行ではそれをシェアすることでいろいろなものを試せるのもおもしろい。中でもトレランレースでは常備薬だという、カフェイン錠剤は、未明から歩き通しで眠気に襲われていた私には効果的だった。またこの日が予想外に暑かったこともあり、山でも野菜を欠かさない私が持参したキュウリも大変好評だった。

読売新道にて
夕陽に紅葉を輝かせる木々、奥は立山。読売新道にて

稜線歩きを楽しみ過ぎたこともあり、全員が奥黒部ヒュッテに到着したのは日没後となってしまった。これは計画外であり、大人数パーティでの行動する際の難しさを思い知らされた。予想外の暑さで水分が不足気味だったメンバーもおり、先着メンバーが確保しておいた沢水で淹れたおもてなしの白湯は、五臓六腑に沁み渡ったようだ。

テントサイトは広く平坦で、我々パーティ以外には誰もいなかったこともあって、貸し切りのキャンプとなった。月夜の下、豊かな沢水の音を聞きながら、ランタンを囲んで遅い夕食をとりながら贅沢なひと時を過ごし、パーティの絆が深まった。

読売新道名物、丸太の階段
最終日、奥黒部ヒュッテからは読売新道名物、丸太の階段が続く

伊藤新道、読売新道、ともに大地のパワーが感じられるすばらしいルートであり、通しで歩くも分けて歩くも、またソロで歩くもパーティで歩くも、いずれもすばらしい体験になると思う。

奇しくも高瀬ダムから黒部ダムへと抜けた我々は、この深山にこれほどまでの人工物を建造した人間の持つパワーにも感嘆させられた。

(山行日程=2024年10月11〜14日)

MAP&DATA

高低図
ヤマタイムで周辺の地図を見る
日数:3泊4日
コースタイム:【1日目】2時間50分
【2日目】9時間10分
【3日目】12時間15分
【4日目】5時間50分
※ヤマタイムのコースタイム
行程:【1日目】
高瀬ダム・・・湯俣温泉晴嵐荘
【2日目】
湯俣温泉晴嵐荘・・・三俣山荘
【3日目】
三俣山荘・・・鷲羽岳・・・ワリモ北分岐・・・岩苔乗越・・・祖父岳・・・岩苔乗越・・・ワリモ北分岐・・・水晶小屋・・・水晶岳(黒岳)・・・温泉沢ノ頭・・・赤牛岳・・・6/8標識・・・4/8標識・・・2/8標識・・・奥黒部ヒュッテ
【4日目】
奥黒部ヒュッテ・・・平ノ渡場・・・平ノ小屋・・・ロッジくろよん・・・黒部湖駅・・・黒部ダム
総歩行距離:約47,900m
累積標高差:上り 約3,983m 下り 約3,721m
コース定数:111
アドバイス:三俣山荘ほか周辺の山小屋は、2024年夏期営業はすでに終了。
bok(読者レポーター)

bok(読者レポーター)

関東在住で、山のことばかり考えているハイカー。赤線つなぎ、百高山、山スキー、季節限定ルートなど、少しだけチャレンジ要素を加えた山旅が好き。下山後の温泉、グルメも大事な旅の一部です。

この記事に登場する山

富山県 / 飛騨山脈北部

水晶岳 標高 2,986m

 北アルプスの中央部、最奥の稜線上にそびえる岩峰。裏銀座縦走路の赤岳(水晶小屋)で主脈から北方に分岐し、赤牛岳へ続く稜線の途中にある。双耳峰で三角点のない頂は3000mを超えていると言われることもある(実際には2986mらしい)。  東側は黒部川支流の東沢が流れ、針峰状の側壁に囲まれた急峻なカール地形。西側は岩苔小谷に急崖が雪崩落ち、山麓の樹林の中に水晶池が光っている。  水晶岳とは美しい名で、下ノ本型花崗岩に水晶や柘榴石の結晶が見られるためである。さらに明るい山稜の中で、この山だけが黒っぽい岩塊なので「黒岳」とも呼ばれている。なにしろ奥深い山なので直接登るコースはなく、2泊3日が最低日数となれば登山者も少なくなる。水晶岳を経由して赤牛岳から奥黒部ヒュッテへ下る読売新道は、静かなアルプス最奥の山旅を楽しめるルートとして知られている。  登山口の1つは新穂高温泉。双六岳、鷲羽岳を経て赤岳(水晶小屋)まで所要12時間。大町市から入る烏帽子岳からの裏銀座コースは高瀬ダム上から歩き出し、烏帽子岳、野口五郎岳、東沢乗越を経て赤岳まで所要11時間30分。赤岳から分岐して水晶岳まで40分。

富山県 / 飛騨山脈北部

祖父岳 標高 2,825m

 北アルプス最奥の中央部に広がる高原、雲ノ平の南東端に鐘状に盛り上がっているのが祖父岳。祖父岳火山といわれ、雲ノ平はその活動で流れ出た流動性のある溶岩台地である。乗鞍火山帯に属し、雲ノ平北麓の高天原には温泉も湧いているが、噴火口などははっきりしていない。  山頂は平坦で石英安山岩の破砕片で埋まり、大きなケルンが積まれている。展望のすばらしい、のびやかな頂だ。  西から南へと雲ノ平の山裾を削って黒部川が回り、鷲羽岳から祖父岳にかけてがその水源になっている。お花畑の斜面から大黒部峡谷が始まるのを実感できるのは、すばらしいことである。  登山コースは折立コースが太郎平小屋経由で所要12時間、新穂高温泉コースは双六岳、三俣蓮華岳経由で所要10時間30分。

富山県 / 飛騨山脈北部

赤牛岳 標高 2,864m

 文字どおり北アルプス最奥の山。西側は黒部川の上ノ廊下、東には黒部川支流の東沢が裾を洗い、北に向かえば尾根が急降下して黒部川と東沢の出合に終わる読売新道。南は水晶岳を経て赤岳で裏銀座コースと一緒になり、鷲羽岳、三俣蓮華岳へと続く。  黒部川と東沢の出合に奥黒部ヒュッテが建っている。読売新道を下ってきても、登るにしても必ず利用する山小屋で、赤牛岳にとって重要な拠点である。  赤牛岳という名は、赤茶けた花崗岩のザレに覆われた、悠々と大きな山容からつけられている。雲ノ平や薬師岳辺りから見ると納得するはずだ。  最短登山コースは大町から黒部湖へ出、湖畔を歩いて平ノ渡しで対岸に渡り、奥黒部ヒュッテに出るルート。黒部湖から奥黒部ヒュッテは所要5時間強。赤牛岳まで所要8時間。

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