南アルプス南部調査人、四国遍路を歩く⑨愛媛県の遍路道 概要と特徴

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弘法大師・空海が修行した地・四国と、ゆかりの八十八寺をお参りする巡礼・四国遍路。南アルプス南部を主なフィールドとして長らく山歩きに傾注してきた筆者が、数カ月にわたって通い続け、歩き遍路を結願(けちがん、すべての霊場を回り終えること)した。その記録とともに、登山経験豊富な筆者ならではのアドバイスをつづっていく。

写真・文=岸田 明

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「菩提の道場」愛媛県

四国八十八ヶ所遍路では県ごとに呼び名が付いていて、愛媛県は「菩提(ぼだい)の道場」と呼ばれている。『精選版日本語大辞典』によると、菩提とは「世俗の迷いを離れ、煩悩を断って得られた悟りの智慧」とある。また「悟りを開いて涅槃(ねはん)に至ること」ともある。香川県は「涅槃の道場」と呼ばれているので、遍路にとって、長い道のりの高知県を歩いて「修行」し、修行の最終目的である香川県で「涅槃」の境地に至る前段階の道場だ。

〉宿毛から延光寺に向かう松尾道の峠にある、宇和藩領地を示す石碑
宿毛から延光寺に向かう松尾道の峠にある、宇和藩領地を示す石碑

「修行の道場」から「菩提の道場」愛媛県に入る区切り箇所だが、筆者は個人的には高知県宿毛(すくも)から愛媛県への県境・松尾峠越えよりも、第四十五番岩屋寺(いわやじ)にお参りした後の三坂(みさか)峠の方がより区切りを感じられるポイントではないかと思っている。厳しい久万高原の修行を終わりこの三坂峠に立った時、遍路は菩提の世界に足を踏み入れることを実感できるように思う。

〉三坂峠からの眺め
三坂峠からの眺め。はるか遠くには松山市と瀬戸内海、近くにはこれからお参りする浄瑠璃寺のある平野部が見える。三坂峠は伊予と土佐の国を結ぶ主要街道で、明治23年に国道が開通するまでは多くの旅人でにぎわった

愛媛県の自然と遍路道

高知県最後の霊場・第三十九番延光寺(えんこうじ)から愛媛県最後の霊場・第六十五番三角寺(さんかくじ)までは約340km。愛媛県の遍路道は、山あり谷ありだけではなく都市部も通り、非常に変化に富んだ道だ。

〉三角寺への遍路道より伊予三島を俯瞰する
三角寺への遍路道より伊予三島を俯瞰する。瀬戸内海沿いの道に入ると遍路道は、今治、伊予西条や伊予三島など多くの都市部を通過する。普段はなんの感激もない工場地帯の風景だが、なぜかほっとした

愛媛県の霊場は、第四十五番岩屋寺までは中央構造線の南にあり、第四十六番浄瑠璃寺(じょうるりじ)以降は、山寺の第六十番横峰寺(よこみねじ)と三角寺を除いて中央構造線の北にある。遍路道は、付加帯である四万十帯から秩父帯を南から抜けていき、さらに四国山地を形作る三波川(さんばがわ)変成帯(古い付加帯)の久万(くま)高原を行き、最後に中央構造線を横断して浄瑠璃寺のある領家(りょうけ)変成帯に入る。

特筆すべき点は、第六十一番香園寺(こうおんじ)から第六十四番前神寺(まえがみじ)は中央構造線上にあり、特に前神寺は中央構造線の真上にあることだろう。

〉愛媛県の遍路道全体図
愛媛県の遍路道全体図

宿毛(すくも)から松尾峠を越え内陸に入った後、第四十番観自在寺(かんじざいじ)の先で一時海岸線に出るが、以降は灘道や宇和島の松尾峠、そして久万高原に至るまで内陸の遍路道が続く。

愛媛県では「肱川(ひじかわ)あらし」で有名な、愛媛県第一の河川である肱川水系に沿って歩く区間が長い。肱川も四万十川に負けず劣らず非常に個性的な川で、源頭からほぼ反時計回りに300度以上も円弧を描き大洲(おおず)を通って、佐田岬へとつながる四国山地末端の山地を横切って、瀬戸内海の長浜に流れている。内子(うちこ)から久万高原間にある肱川支流の小田川(おだがわ)、さらにその支流・田渡川(たどがわ)沿いは、不思議と安堵感を感じながら歩くことができる区間である。

〉大瀬付近の肱川支流・小田川の流れ
大瀬付近の肱川支流・小田川の流れ。大瀬はノーベル賞作家・大江健三郎の生家がある。残念ながら公開はされていないが、旧村役場には大江健三郎に関する展示がある

また仁淀川(によどがわ)の源流部にある支流の久万川(くまがわ)に沿って歩く部分もあるが、高知県側の土佐湾に注ぐ仁淀川の源流部が、愛媛県側の久万高原に端を発しているということも驚くに値する。

第四十四番大寶寺(だいほうじ)、第四十五番岩屋寺は久万高原にある。それまで海岸線付近にあった遍路道が、なぜ再び内陸に向かうのだろうか。それはまさに久万高原に入る必要があったからで、地元の方のお話では岩屋寺から松山へ向かう途中の高野(たかの)は、実は弘法大師が高野山(こうやさん)と重ねてその呼び名を決めた重要な場所とのこと。確かに高野展望台からの久万高原の盆地の眺めは、高野山を思い起こさせるものがある。

岩屋寺から三坂峠へは峠御堂(とうのみどう)トンネルを抜ける楽な道があるが、ここはぜひ千本峠を越え、高野展望台に立ち寄ってほしい。遍路道の数あるビューポイントのなかでも、最上位に属する。なお千本峠から高野展望台へは久万高原中心の盆地に向かって一時下った後、登り返しがある点、注意が必要だ。

〉高野展望台から見下ろす久万高原の眺望
高野展望台から見下ろす久万高原の眺望
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プロフィール

岸田 明(きしだ・あきら)

東京都生まれ。中学時代からワンゲルで自然に親しんできた。南アルプス南部専門家を自認し、今までに当山域に500日以上入山。著書に『ヤマケイアルペンガイド南アルプス』(共著・山と溪谷社)、『山と高原地図 塩見・赤石・聖岳』(共著・昭文社)のほか、雑誌『山と溪谷』に多数寄稿。ブログ『南アルプス南部調査人』を発信中。山渓オンラインに記事多数投稿。また最近は四国遍路の投稿が多い。

四国遍路の記事:https://www.yamakei-online.com/yama-ya/group.php?gid=143/

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