南アルプス南部調査人、四国遍路を歩く⑩愛媛県の遍路道 区間ごとのアドバイス
弘法大師・空海が修行した地・四国と、ゆかりの八十八寺をお参りする巡礼・四国遍路。南アルプス南部を主なフィールドとして長らく山歩きに傾注してきた筆者が、数カ月にわたって通い続け、歩き遍路を結願(けちがん、すべての霊場を回り終えること)した。その記録とともに、登山経験豊富な筆者ならではのアドバイスをつづっていく。
写真・文=岸田 明 トップ写真=国道56号・内子線喜多山駅付近の景色。やはり春が遍路のベストシーズンであることに間違いはない
【区間1】宇和島から第五十一番石手寺 5泊6日公共交通の区切り:宇和島駅~伊予和気駅
宇和島から緩い勾配が長く続く登り坂の窓峠(まどのとう)を越えて第四十一番龍光寺(りゅうこうじ)、そして第四十二番仏木寺(ぶつもくじ)とお参りする。その先の歯長(はなが)峠では遍路道の一部が崩壊して高巻きがあったり、また新設の急勾配の登山道を歩いたりとかなりしごかれる。下りきって肱川(ひじかわ)の直前に歯長地蔵と遍路の墓がある。合葬されていて目につくので初めて気がつくかもしれないが、遍路道全体を通じ、特に山間部の旧遍路道には多くの遍路の墓がある。歴史を感じるとともに、四国の人々の遍路に対する暖かい思いやりが伝わってくる。
肱川を渡り、第四十三番明石寺(めいせきじ)に向かう。明石寺直前の遍路道は、野球場が建設された関係で非常にわかりにくいが、目にとまったシールなどをたどって行けば問題ないだろう。
明石寺は落ち着いた雰囲気のすばらしい霊場だ。さてその次の第四十四番大寶寺(だいほうじ)までだが距離は約72kmあり、徳島県の第二十三番薬王寺~高知県の第二十四番最御崎寺(ほつみさきじ)、高知県の第三十七番岩本寺~第三十八番金剛福寺に迫る遠さだ。卯之町(うのまち)から国道を避けつつ北上し、ひじ川源流の里の遍路小屋で休憩。この周辺が前回紹介した、肱川のまさに源頭部になっている。一部廃林道も通りながら鳥坂峠を越えて下り、廃寺になってしまった札掛大師堂の脇を通り、大洲(おおず)に向かう。
大洲を抜け大騒音の国道56号に耐えて歩くと、別格第八番の十夜ヶ橋(とよがはし)。内子(うちこ)へのショートカットの遍路道入口は国道左側なので注意。歴史ある町の内子を抜けると、いよいよ久万高原への長い道のりが始まる。大寶寺まで34kmで、遍路道の断面図を見ると久万高原へは厳しい登りのように見えるが、距離が長く少しずつ高度を稼げるのと、核心部の峠の山道の距離は長くないのでさほどの心配はいらないだろう。
内子から先の水戸森(みともり)峠は遍路道では数少ない展望のよい峠なので、ぜひ踏んで行こう(第1回コラム写真参照)。大江健三郎の生誕地・大瀬(おおせ)を抜け、小田川からさらに田渡川(たどがわ)に沿って進むと、峠越え入り口の三嶋神社に着く。一部山道を登って下坂場(しもさかば)峠を越えていったん里に降り、再び登り返してこちらも一部山道になっている鴇田(ひわだ)峠を越えると、ようやく久万高原の中心部に到着する。
久万高原へ出た開放感は大きい。いったん久万川(くまがわ)まで少し下り、登り返すと第四十四番大寶寺で、本堂は50mほど登った上にある。第四十五番岩屋寺への峠御堂(とうのみどう)の遍路道に、通行注意の表示がある。通過に不安があれば一度里に戻り、一般道から峠御堂トンネルへのショートカットを登る(ヤマタイムではトンネル通過の道を示している)。畑野川からエンマ堂遍路道を通り、紅葉谷(もみじだに)に入る。
その先は、谷の中間点から八丁坂を登って岩屋寺に下るのが一般的だが、筆者はあえて直進し、古岩屋(ふるいわや)を通って直瀬川(なおせがわ)沿いの遍路道を逆方向に歩いて、急坂を登って岩屋寺にお参りするルートをすすめたい。というのも古来からのルートである八丁坂から岩屋寺に入ると、岩屋寺の強烈な個性の種明かしが先にされてしまって、岩屋寺に到着した時の感動が少ないからだ。
直瀬川の赤い橋を渡り、無数の石仏の間を登って岩屋寺の寺務所に着く。下から見上げる岩屋寺の本堂や、背後にある岩盤に圧倒されるだろう。本堂、大師堂とお参りした後、本堂横の岩屋に登ってみよう。10mに満たないハシゴだが、山屋であってもなぜか非常に恐ろしい。逼割禅定(せりわりぜんじょう)、三十六童子行場と登りつめてようやく岩屋寺の修行が終わる。
打ち戻って河合休憩所から千本峠への遍路道に入る。峠から先、高野(たかの)展望台へは登り返しがあるので注意、高野展望台では久万高原の大パノラマを満喫しよう。三坂峠(みさかとうげ)への長く緩やかな登りを歩き、峠を越えて里に降りて旧遍路宿・坂本屋跡の脇を通り、さらに歩いて第四十六番浄瑠璃寺に到着する。
三坂峠を越えて浄瑠璃寺から先は、前回でも触れたように筆者にとって「菩提の世界」が始まり、まさに遍路三昧だ。健脚であれば1日で浄瑠璃寺から第五十三番圓明寺(えんみょうじ)までの八霊場をお参りすることができる。第五十一番石手寺(いしてじ)までは大きく迷うことはない。
石手寺から先は背後の小山であるお山四国、あるいは山の裾を歩く道があるが、どちらも道後温泉本館で合流する。その先道後温泉から第五十二番太山寺方面へは2ルートあるが、山田池経由は低い丘越え、御幸町(みゆきまち)経由は平地で桜並木を通る。
打ち止めは山田池ルートの場合は伊予和気(いよわけ)駅、御幸町ルートの場合は三津浜(みつはま)駅。なおその日のうちの早い時間の帰宅を考える場合は、第四十九番浄土寺以降は、伊予鉄道、路面電車やバスで松山市中心部へ出ればよいだろう。(松山市には、JR松山駅、伊予鉄道松山市駅と「松山」の名前の付く駅が2駅あり、1.2km離れているので注意)
●アドバイス 本区間では、霊場間でルート選択に迷う箇所が複数ある。まずは観自在寺から龍光寺間だが、ここは第8回コラムで述べたように、篠山越えはほとんど歩かれておらず基本的には灘道という事になる。
次が内子から久万高原間で、大きく2ルートある。第1のルートは上記本文で解説している、下坂場峠・鴇田峠と歩くルート。もう1本は田渡川に入らずにそのまま小田川とその支流大平川に沿って入り、真弓トンネルを抜け、農祖(のうそ)峠を越えて、久万高原に入るルートだ。両ルート比較すると、下坂場峠・鴇田峠ルートは谷幅が狭く、また山道の峠越えが2回あるので、雰囲気はすばらしいがアップダウンが大きい。農祖峠ルートはアップダウンは少ないかわりに、途中の山道の雰囲気はいまいちだ。
データ的には、下坂場峠・鴇田峠ルートは両ルートの分岐点・突合(つきあわせ)の吉野川橋から久万郵便局まで累積標高+約690m、累積標高-約340mで農祖峠ルートもほぼ同じだが、絶頂点は標高約790mの鴇田峠で農祖峠より約140m高く、距離は約20kmで約3.3km短いが、所要時間は約5時間半で30分程度多くかかる。なお大平川から田渡川をつなぐようにして、歴史ある遍路道・畑峠(はたがとう)越えのルートもある。
その先、久万高原に入ってからの大寶寺と岩屋寺の回り方だが、特に農祖峠を越えた場合そのまま越ノ峠(こしのとう)と槙の谷を通って、八丁坂からの道に合流して大寶寺よりも先に岩屋寺にお参りするルートが考えられる。ただ残念ながらこのルートは現在非常に荒れ、また一部トラバース道が崩壊していて完全な中級の登山ルートになっているので、一般遍路は歩かない方が無難で、農祖峠越えでも大寶寺に向かう。
●宿泊について 宿泊についてだが、高知県同様、愛媛県でも遍路宿の予約に注意すべき区間がある。第一の要注意地域は、久万高原への道である。内子から久万高原への長いルート途中、小田川・田渡川沿いの宿は少ない。少なくとも2~3日前にその日の小田川水系での到着可能場所を予想して、宿に予約を入れる。上記では2ルート説明しているが、小田川・田渡川のどこの宿が予約できたかで、おのずと鴇田峠越えか農祖峠越えかが決まってしまうだろう。
さらに久万高原から松山への下りも注意が必要で、その日の久万高原の出発地点にもよるが、この区間では浄瑠璃寺門前の長珍屋(ちょうちんや)が唯一の宿である。長珍屋は非常に規模の大きい遍路宿だが、それでも団体予約が入ると満室の可能性がある。長珍屋の予約が取れないと、次の宿泊可能地の浄土寺周辺まで8km以上歩かなければならない。途中3つの霊場のお参りを考えると、少なくとも3時間かかる。この場合は、久万高原に前泊する方がよいだろう。
MAP&DATA
JR宇和島駅・・・鳥越バス停・・・務田駅跨線橋・・・第四十一番龍光寺・・・第四十二番仏木寺・・・三間川歯長橋・・・歯長峠・・・肱川歯長橋(周辺宿泊想定)
【2日目】
肱川歯長橋・・・道引大師・・・新開橋・・・第四十三番明石寺・・・特別支援学校グラウンド・・・上宇和駅旧道分岐・・・宇和町瀬戸旧道分岐・・・へんろ小屋・ひじ川源流の里・第49号・・・鳥坂峠・・・札掛大師堂・・・子持ち坂・・・大洲北只郵便局・・・おはなはん通り休憩所・・・大洲若宮郵便局(周辺宿泊想定)
【3日目】
大洲若宮郵便局・・・十夜ヶ橋・・・喜多山駅入口・・・五十崎駅南遍路道分岐・・・内子駅・・・田中橋交差点・・・水戸森峠遍路道・・・新成留屋橋脇休憩所・・・千人宿大師堂・・・吉野川橋(周辺宿泊想定)
【4日目】
吉野川橋・・・上田渡分岐・・・落合分岐・・・三嶋神社・・・下坂場峠・・・葛城神社・・・鴇田峠・・・久万郵便局・・・第四十四番大寶寺・・・峠御堂遍路道・・・河合休憩所・・・やすらぎ休憩所・・・八丁坂合流点・・・古岩屋・・・岩屋寺(入口)(周辺宿泊想定)
【5日目】
岩屋寺(入口)・・・第四十五番岩屋寺・・・最高点・・・八丁坂合流点・・・やすらぎ休憩所・・・河合休憩所・・・高野展望台・・・国道33号・・・レストパーク明神・・・三坂峠遍路道入口・・・坂本屋跡・・・第四十六番浄瑠璃寺(周辺宿泊想定)
【6日目】
第四十六番浄瑠璃寺・・・第四十七番八坂寺・・・札始大師堂・・・第四十八番西林寺・・・第四十九番浄土寺・・・第五十番繁多寺・・・第五十一番石手寺・・・山田池入口・・・伊予和気駅・太山寺分岐・・・伊予和気駅
プロフィール
岸田 明(きしだ・あきら)
東京都生まれ。中学時代からワンゲルで自然に親しんできた。南アルプス南部専門家を自認し、今までに当山域に500日以上入山。著書に『ヤマケイアルペンガイド南アルプス』(共著・山と溪谷社)、『山と高原地図 塩見・赤石・聖岳』(共著・昭文社)のほか、雑誌『山と溪谷』に多数寄稿。ブログ『南アルプス南部調査人』を発信中。山渓オンラインに記事多数投稿。また最近は四国遍路の投稿が多い。
四国遍路の記事:https://www.yamakei-online.com/yama-ya/group.php?gid=143/歩き遍路旅の魅力と計画アドバイス
登山経験豊富な筆者ならではのアドバイスと、その記録
こちらの連載もおすすめ
編集部おすすめ記事

- 道具・装備
- はじめての登山装備
【初心者向け】チェーンスパイクの基礎知識。軽アイゼンとの違いは? 雪山にはどこまで使える?

- 道具・装備
「ただのインナーとは違う」圧倒的な温かさと品質! 冬の低山・雪山で大活躍の最強ベースレイヤー13選

- コースガイド
- 下山メシのよろこび
丹沢・シダンゴ山でのんびり低山歩き。昭和レトロな食堂で「ザクッ、じゅわー」な定食を味わう

- コースガイド
- 読者レポート
初冬の高尾山を独り占め。のんびり低山ハイクを楽しむ

- その他
山仲間にグルメを贈ろう! 2025年のおすすめプレゼント&ギフト5選

- その他