【書評】前人未踏の単独行ルポルタージュ『「幸せ」を背負って 積雪期単独北海道分水嶺縦断記』

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評者=荻田泰永

北海道の北端宗谷(そうや)岬を出発し、脊梁をつないだ南端となる襟裳(えりも)岬まで、670㎞に及ぶ北海道分水嶺の積雪期単独縦断に成功した、野村良太の旅の記録が本書。

このような長大な遠征は、私が専門としている極地での長距離の徒歩冒険に通じている。

旅を計画するにあたっては、全体を俯瞰するマクロ的な視点と、足元の一歩を見逃さない、ミクロ的な視点のそれぞれを持ち合わせる必要がある。

踏破日数、必要な装備、食料、デポの数など、遠征を俯瞰してマクロ的に設計するが、実際に始まってしまえば目の前の一歩との向き合いとなる。

ミクロな足元一歩の行動は、技術的な側面が強く、人から教えてもらうことも可能だ。しかし、マクロな視点で遠征を俯瞰するには経験による裏付けが必要となり、行為者が主体的に磨くしかない。野村はこの縦断に成功する前年、一回目の挑戦として襟裳岬から北上して縦断する計画で出発するが、12日目で早々に撤退をする。

「今回の計画で自分に足りないものがたくさん見つかった」

そう振り返り、反省をもとに計画を練り直し、みごと成功させた。

山でも極地でも、遠征の能力とは体力や小手先の技術があればどうにかなるものではない。俯瞰する能力を磨くためには、主体性が試される。ガイド登山で10回登るよりも、主体的な登山で対象に向き合えば、その一回で得るものは大きい。

野村は、北海道大学のワンダーフォーゲル部で山に打ち込み、日高(ひだか)や知床(しれとこ)での長期縦走を主体的に経験してきた。その経験の蓄積が、野村のマクロ的視点を養った。

彼が遠征の間に持参した唯一の本が、志水哲也氏の『果てしなき山稜 襟裳岬から宗谷岬へ』(ヤマケイ文庫)だ。野村以前に、同じ挑戦に情熱を傾けた人物の紀行文に励まされ「今の僕以上にこの本に感情移入して読むことが出来る人は志水氏本人のほかにはいない」と書く。

その感覚は、自分自身につながる山岳史というマクロ的な視点を経て、自分というミクロな対象を見つめ直したものだ。

個人的な情熱や衝動で始まった旅が、社会の外側にある別の常識に触れて再び社会に還った時、冒険者の「語ることのできる物語」には普遍性が宿る。その時はじめて、山に登るという独善的な行為が文化となり、文学になる。

自分のために670㎞先の襟裳岬をめざし、目の前の一歩をただ重ねていくという野村の行為自体が、個人的な挑戦の枠を超え、山岳史のなかでの稀有な一歩として語られていくだろう。

そして、本書で彼が重ねて書く「幸せ」という個人的な想いも、読者の心に伝播していく。その「幸せ」とは何かは、ぜひ読んで確認していただきたい。

「幸せ」を背負って

「幸せ」を背負って
積雪期単独北海道分水嶺縦断記

野村良太
発行 山と溪谷社
価格 1,760円(税込)
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野村良太

1994年生まれ。日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ。北海道大学ワンダーフォーゲル部で登山を始める。2019年の「史上初ワンシーズン知床・日高全山縦走」で「北大えるむ賞」を受賞。また、22年2~4月、積雪期単独北海道分水嶺縦断を63日間で達成し、第27回植村直己冒険賞を受賞。

評者

荻田泰永

1977年生まれ。北極冒険家。2018年1月に日本人初の南極点無補給単独徒歩到達に成功し、第22回植村直己冒険賞を受賞。21年、神奈川県大和市に「冒険研究所書店」開設。

山と溪谷2024年12月号より転載)

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