移住して薪ストーブのある暮らしを実現|長野県の冬を120%楽しむ方法

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北アルプスの山々が冠雪して、長野県はいよいよ冬本番。山の景色は一年中美しいのですが、空気がキーンと冷えた冬の朝の山並みは最高です。「今日の山はいいぞ!」と、町の高台まで車を走らせ、氷点下の寒さも忘れてカメラのシャッターを切ります。

文・写真=鈴木俊輔

目次

中央は雪をかぶった大天井岳
中央は雪をかぶった大天井岳

冬のはじまり、薪ストーブを解禁に沸く

冬のはじまりに、わが家で交わされる会話。

「なんか今日はかなり冷え込んでるよねー」と私。
「そうかなー、まだそこまでじゃないけど」と妻。
「もうそろそろ使い始めてもいいんじゃないかなー」。

そうつぶやきながら息子に視線を移すと、「うんうん」と目を輝かせながらうなずいている。「まだエアコンでも十分な気もするけど、焚いてもいいよ」と妻。「わーい」と、今期の薪ストーブ解禁に沸く私と息子。

マッチを擦って、焚き付けに火が移ると、勢いよく立ち上がる炎。そして、薪がパチパチと音を立てながら、少しずつ暖かさが部屋中に広がっていきます。北アルプスの雪景色と薪ストーブは、私にとっての冬の楽しみです。

ノルウェーの薪ストーブメーカーの定番「ヨツール F3」
ノルウェーの薪ストーブメーカーの定番「ヨツール F3」

築40年の家をリフォーム、憧れの薪ストーブライフが実現

長野県に移住した当初は借家住まいで、広くて快適な家ではあったものの、唯一の難点は冬の寒さでした。築40年近い家で、部分的に二重サッシなどの寒さ対策がされていましたが、信州の真冬の寒さはとても厳しく、室内でありながらまるで冷蔵庫の中にいるかのよう。ファンヒーターを使っていても体の芯まで暖まらず、寒さのあまり1時間に1回は手洗いに立つような有様でした。

その後、この家を購入して念願だったリフォームをしました。改修の内容は寒さ対策がメインで、床や天井に断熱材を入れたり、サッシを断熱性の高いものに交換したり。一番大きかったのは、リビングルームに薪ストーブを設置したこと。

オーストリアで育った妻にとって薪ストーブは珍しいものではありませんが、神奈川県育ちの私にとっては薪ストーブのある暮らしは憧れでした。「薪は自分でつくるから」と妻を説得して、素晴らしき哉、薪ストーブライフが実現しました。

薪が完全燃焼していれば煙突から煙は出ない
薪が完全燃焼していれば煙突から煙は出ない

薪ストーブは暖房器具にあらず

長野県の冬は長く、だいたい10月から4月頃までは暖房が必要です。つまり、1年の半分以上が寒い季節。冬の暮らしについては次回紹介しますが、長野県ではいかに冬を暖かく過ごせるかが、生活の満足度を左右すると言っても過言ではありません。

薪ストーブは一般的に暖房器具だと思われていますが、エアコンやファンヒーターとは似て非なるもの。自分で薪づくりをすることを考えると、むしろライフスタイルと言えます。

薪はホームセンターなどでも売られていますが、一束で800円くらい。この量だと数時間しか暖を取れないので、灯油と比べるとかなり割高です。わが家では薪ストーブを設置して6年目になりますが、毎年自分で薪づくりをしています。

一般の家庭でひと冬に使う薪の量は2トン前後と言われ、軽トラックの荷台に換算すると5台分くらい。これはけっこうな量です。しかも薪は割ってすぐに使えるものではなく、1年以上は屋外で乾かす必要があります。

これだけの量があっても1年分には足らない
これだけの量があっても1年分には足らない

薪づくりは一年がかり、うなるチェーンソー

薪づくりは原木を調達するところから始まります。「原木はどこからもらってるの?」とよく人から聞かれるのですが、必ずどこかへ行けば薪が手に入るというわけではありません。そのため、常にアンテナを張って、年に1、2回の幸運に恵まれて、なんとか調達している感じです。

例えば、河川敷の伐採木の配布日にもらいに行ったり、近所の家で切った木をいただいたり。薪ストーブユーザーの知り合いから情報をもらって、一緒に原木を取りに行くこともあります。

薪ストーブを設置した最初の年は十分に薪を用意できず、一番寒い2月に薪が尽きて、とても悲しい思いをしました。2年目からは、ひと冬にどのくらい薪が必要なのかが分かるようになったので、ある程度の量を用意できるようになりました。ちなみに今年は、忙しさにかまけて薪づくりをサボっていたため、薪の量はやや心もとなく。冒頭で、妻が薪の使用をためらっていたのは、こうした理由からなのです。

薪づくりは原木をチェーンソーで玉切りにするところから始まります。知人から譲ってもらったチェーンソーをうならせながら、30センチくらいの長さに切ります。今度はその丸太を、ひたすら斧で割っていきます。

木の種類や幹の形状によって割りやすいものと割りにくいものがあります。木をよく観察すると、節があったり年輪にヒビが入っていたりして、何度も薪割りをしていると、どの角度で刃を入れればうまく割れるかが分かってきます。

そうはいっても、一回でスパッと気持ちよく割れるものもあれば、何度斧を振るっても割れないものも。どうしても割れない「ひねくれた薪」は、いつか薪割り機を借りて割ろうと庭の一画に山積みになっています。割った薪はパレットの上に井桁状に積み重ね、そのまま1年くらい雨風にさらします。これでようやく薪の完成です。

薪割りは筆者にとって筋トレ代わり
薪割りは筆者にとって筋トレ代わり

薪ストーブで広がる食の楽しみ

薪ストーブがただの暖房器具でないのには、もう一つ理由があります。それは調理にも使えること。薪ストーブの上に鍋を置いて煮込んだり、炉内をおき火の状態にしてオーブン代わりに使ったりすることもできます。

私のお気に入りは、薪ストーブの上にスライスしたリンゴを並べてつくる「リンゴチップス」。焼いているそばから、リンゴの良い香りがしてきます。また、薪ストーブの上にミカンを置いておくだけでできる「焼きミカン」も大好きです。焼きミカンがおいしいと人から聞いて、最初は「ミカンを焼くとはなんたることか」と思いましたが、試してみると「これはいける!」と。ストーブの熱でホクホクになり、甘さや酸味が濃くなっておいしさがアップします。

他にも、炉内でピザを焼いたり、焼きイモをつくったりと、食の楽しみが広がります。極め付きは、朝に仕込んで一日かけて煮込む「グヤーシュ」。これは東欧の国で食べられているシチューのような料理で、牛肉や野菜にパプリカパウダーをたっぷり入れて煮込みます。薪ストーブのとろ火でじっくりと煮込むと、ホーロー鍋の中で肉や野菜がホロホロになって、うっとりするようなおいしさ。赤ワインとの相性も抜群です。

鍋いっぱいに作っても翌日には空っぽに
鍋いっぱいに作っても翌日には空っぽに

非効率的だからこそ面白い、薪ストーブの魅力

薪ストーブはほかの暖房器具と違って、スイッチ一つですぐに暖まるものでもありません。薪をうまく焚くには、ちょっとしたコツが必要で、部屋中が温まるまでには1時間くらいかかります。また、初期投資は大きく、煙突掃除などのメンテナンスにもお金がかかることから、コストパフォーマンスに優れているとも言えず。さらに、薪づくりの手間は先述した通りで、タイムパフォーマンスも良いとは言えない。

それでも一度薪ストーブの楽しさを知ってしまうと後戻りはできません。薪ストーブには、手軽さや便利さとは違った尺度の魅力があるからです。

童話の「アリとキリギリス」のように、冬に備えてせっせと薪づくりをしておかないと、後で薪が足りなくなって悲しい思いをする。逆に、コツコツと薪をつくって、薪棚がいっぱいになると満ち足りた気分になります。

自分で汗を流してつくった薪で暖を取ることはこの上なく愉快で、ゆらゆら揺れる炎を眺めながら、暖かい料理を食べるのは最高のぜいたくです。遠赤外線の熱で体の芯から温まり、心もほっこりしてきます。そんなシンプルな喜びを味わえるのが、薪ストーブの魅力です。これぞまさに「山のある暮らし」ならでは楽しみではないでしょうか。

池田町の高台から望む蓮華岳(中央)と針ノ木岳(左)
池田町の高台から望む蓮華岳(中央)と針ノ木岳(左)

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プロフィール

鈴木俊輔(ローカルライター・信州暮らしパートナー)

長野県池田町を拠点に、インタビュー取材・撮影・執筆を行なう。また、長野県の信州暮らしパートナー、池田町の定住アドバイザーとして移住希望者の相談に乗る。2015年に神奈川県から長野県へ移住したことをきっかけに登山を始める。北アルプスの景色を眺めながらコーヒーを飲むのが毎日の楽しみ。趣味は、コーヒー焙煎、まき割り、料理。野菜ソムリエプロ。

山のある暮らし

都内の出版社で働くサラリーマン生活に区切りをつけ、家族とともに長野県池田町に移住した筆者が、「山のある暮らしの魅力」を発信するコラム

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