米騒動の時代に「農的暮らし」を考える

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朝晩が涼しくなり、ようやく秋の気配が感じられるようになった池田町。稲穂が黄金に色づいて、わが家の周りの田んぼでは稲刈りが始まりました。安曇野は県内でも有数の米どころ。北アルプスの麓には、「これぞ日本の原風景」というような美しい田園の景色が広がっています。そんな里山でも、米不足や価格高騰とは無縁ではありません。今回は、私の実体験を通して、農的暮らしについて考えてみました。

文・写真=鈴木俊輔

目次

池田町の田園風景
北アルプスの麓に広がる池田町の田園風景

米の産地に米はあるのか?

昨年から続く米の品薄と価格の高騰。「令和の米騒動」と呼ばれて、大きなニュースになりました。これは都会だけの状況かと思いきや、私の住む地域でもお米が手に入りにくい時期がありました。普段は知り合いの農家から直接お米を購入しているので、お店で買うことはないのですが、米不足の記事を読んで、スーパーマーケットの米売り場をのぞいてみると棚が空っぽ。直売所にはお米が置いてありましたが、例年の2倍ほどの価格で売られていました。町内で飲食店を営んでいる友人も、お米が手に入りにくくて困っていると話していました。お米の産地であっても、都会とそれほど状況は変わらないようです。

直売所
地元産のお米や野菜が手に入る直売所

高止まりする米価と、農業の現状

今年は安曇野でも記録的な暑さになりましたが、お米の収穫量は例年並みの予想。それでも新米は高止まりするようです。お米の価格は市場の情勢に左右されますが、農業資材が高騰して生産コストも上がっていると聞きます。できるだけ安く買いたいというのが消費者心理ですが、そうした状況を考えると、お米の値上がりも仕方がないようにも思えます。また、厳しい暑さのなかで農作業をしている姿を身近に見ていると、「お米が高い」とも言えません。

農林水産省の2023年のデータによると、日本の食料自給率はカロリーベースでは38%で、多くを海外からの輸入に頼っています。超高齢化社会にあって離農する人も年々増えていて、少ない人数で国内の食料をまかなっている状況です。農業を持続可能なものにするためには、生産者の収入の安定化が必要になります。とはいえ、物価高が家計を直撃している状況もあり、なかなか難しい問題です。

実りの時期を迎えた稲穂
実りの時期を迎えた稲穂

都市生活から農的暮らしへの転換

長野県に移住してくる前は、農的暮らしに憧れて、自分で田んぼや畑をやってみたいと思っていました。農的暮らしとは、農業を職業とするのではなく、暮らしのなかに農を取り入れるライフスタイル。自給自足や半農半Xといったイメージに近いです。

以前、住んでいた神奈川県藤沢市では、駅の周辺は街でありながら、少し離れたところには田んぼや畑がありました。近所の直売所の農家さんと仲良くなり、何度か畑仕事を手伝わせてもらったことも。

地方で農的暮らしを目指そうと思ったのは、朝から晩まで会社でパソコンとにらめっこをしているよりも、自然のなかで土に触れて汗を流す充実感を味わいたいという思いがあったからです。いまのようなデスクワークが一般的になったのは高度成長期以降で、「人間はこんな働き方をするようにデザインされていないんだよな」と思いながら、カチカチとキーボードを叩いていました。

農的暮らしをしようと思ったもう一つの理由は、不確実性の高い時代をサバイブするために自給率を高めたいと考えたからです。実際に、今回の米不足やウクライナ戦争の影響による小麦の高騰など、生きていくために必要な食料が手に入りにくい状況になっています。

ミニトマト
わが家の菜園で取れたミニトマト

畑も薪も、暮らしの一部

こちらでは農地はたくさんあり、その気になれば営農支援センターなどから紹介してもらうこともできます。しかしながら人から農地を借りるとなると、それなりの覚悟が必要で、雑草を生やしたままにはできません。思いのほか多忙なスローライフを送っている私にとっては、うかつに手を出すとオーバーワークになりかねず、いまだ二の足を踏んでいます。そういうわけで、食料自給といっても家庭菜園程度。それでも夏の間、新鮮な野菜が取れるとうれしいものです。

自分で野菜を作れなくても、直売所に行けば地元産の農産物が並んでいます。都会のスーパーマーケットなどでは、商品ラベルに生産者名が記載された「顔が見える野菜」が売られています。こちらでは本当の意味で顔が見えるだけでなく、栽培している畑まで見えるので、愛着がわき安心感もあります。知り合いの農家の野菜を見つけると、うれしくなって思わず手に取ってしまいます。

また、農的暮らしは畑仕事だけではありません。自然の恵みを暮らしに取り入れるという意味では、薪づくりもその一部です。里山の資源を活用して、長い冬の間、薪ストーブで暖を取る。今年のゴールデンウィークは、家族サービスそっちのけで、私の師匠と一緒に薪づくり。冬に備えてせっせと準備をしました。

薪づくり
薪づくりも農的暮らしの一部

贈与経済が回る里山暮らし

農的暮らしといっても、農との関わり方はさまざま。いきなり大きな畑を借りて自給自足となるとハードルは高いですが、家庭菜園や知り合いの農家の手伝いなど、無理なく始めることもできます。こちらでは庭付きの家に住んでいる人はたいてい何かしら野菜を作っていて、おすそわけの習慣があります。犬を連れて近所を散歩していると、「たくさん取れたから食べて!」と袋に野菜をたくさん入れて持たせてくれたり、庭の畑でとれたカボチャを煮て家まで持ってきてくれたりしたことも。その場で返せるのは感謝の言葉だけですが、別の機会にお礼をしています。

こちらでは、見返りを求めずに与え合う贈与経済が回っていて、人との心地良いつながりがあります。季節を感じながら自然のサイクルに合わせて生活する喜びこそ、本当の豊かさのように思います。

爺ヶ岳と鹿島槍ヶ岳
池田町から望む爺ヶ岳と鹿島槍ヶ岳

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プロフィール

鈴木俊輔(ローカルライター・信州暮らしパートナー)

長野県池田町を拠点に、インタビュー取材・撮影・執筆を行なう。また、長野県の信州暮らしパートナー、池田町の定住アドバイザーとして移住希望者の相談に乗る。2015年に神奈川県から長野県へ移住したことをきっかけに登山を始める。北アルプスの景色を眺めながらコーヒーを飲むのが毎日の楽しみ。趣味は、コーヒー焙煎、まき割り、料理。野菜ソムリエプロ。

山のある暮らし

都内の出版社で働くサラリーマン生活に区切りをつけ、家族とともに長野県池田町に移住した筆者が、「山のある暮らしの魅力」を発信するコラム

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