都市に住みながら「山のある暮らし」をかなえる。二拠点居住という選択肢
「山のある暮らしに憧れるけれど、いきなり移住はハードルが高い」。そう感じる人も少なくないはず。内閣府の調査※によれば、東京圏在住者で地方移住に関心のある人は、全年齢で35.1%、20代で44.8%と高い数字ですが、実際に行動に移す人は限られます。そのなかで注目されているのが、都市で生活しながら地方にもう一つの拠点を持つ「二地域居住」というライフスタイル。完全移住ではなく、都市と地方を行き来する暮らし方なら、都会の便利さを手放さずに山のある暮らしを楽しめます。
※内閣府「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」(令和5年4月)
文・写真=鈴木俊輔
北アルプスの田園風景から高層ビル街へ
長野県に移住して10年になりますが、年に何回かは仕事や帰省で、首都圏に行くことがあります。先日も用事があって、久しぶりに東京と実家のある神奈川に行ってきました。わが家から東京方面に行く場合は、車で駅まで20分。そこから電車で松本駅まで10分。さらに、特急あずさに乗り換えて新宿駅へ。家を出てから約3時間半後には都会のど真ん中。かつて毎日通勤で乗り降りしていた駅ですが、たまに行くと人の多さに圧倒されます。北アルプスの麓の田園風景と高層ビル街。まるで別世界でカルチャーショックを受けます。
地方での暮らしに憧れて移住した私ですが、都会も大好き。仕事にかこつけて、友人や家族に会ったり、行きつけだったお店に行ったり、ミニシアターで映画を観たりと、東京での滞在を楽しんでいます。私が地方移住を考えた当時、二地域居住は考えられませんでしたが、今のように在宅勤務が一般的になっていれば、東京の会社に勤めながら地方で暮らすという選択肢も検討したかもしれません。
二地域居住が推進される背景
二地域居住は「二拠点生活」や「多拠点生活」とも呼ばれ、コロナ禍以降にリモートワークが普及し、場所を選ばずに働ける環境が整ったことで注目されるようになりました。国や各都道府県でも、このライフスタイルを推進しています。2024年10月に国土交通省の主導で「全国二地域居住等促進官民連携プラットフォーム」が設立され、官民連携で空き家活用やリモートワーク環境の整備、地域コミュニティとの接点づくりなどを進めています。3大都市圏からのアクセスが良い長野県でも二地域居住の推進に力を入れていて、県が運営するWebサイト「ニブンノナガノ」では、実践している人の声やリモートワーク・滞在スポット情報などを紹介しています。
国や各都道府県が二地域居住を推進する背景にあるのは、東京の一極集中と地方の過疎化の問題です。これまでに大都市圏から地方に人を分散させるための様々な移住施策が行なわれてきましたが、移住のハードルが高かったり、自治体間での移住者の取り合いが生じたりと課題があります。そこで現在は、「定住人口」から「関係人口」へと施策はシフトしつつあります。関係人口は、観光目的で一時的に滞在する「交流人口」とは異なり、地域と継続的な関わりを持つ人のこと。つまり、関係人口を創出することで地方とつながる人を増やし、地域での消費拡大や担い手の確保につなげようというわけです。そのなかで、二地域居住は関係人口を広げる手段として期待されています。
「二地域居住」と「別荘」の違いは?
個人が二地域居住を志向する背景には、自分が好きな場所にもう一つの拠点を設けて、「自然豊かな環境で時間を過ごしたい」「地域のコミュニティとつながりたい」といった動機の存在が考えられます。二地域居住を実践する人のなかでは、都市部に生活基盤があって、定期的に地方に出かけるパターンが多いですが、その逆の場合もあります。また、地方と地方を行き来するパターンもあります。二つの住まいを持つというと「別荘」を思い浮かべますが、別荘(居住)と二地域居住のいちばんの違いは地域との関わり方です。別荘は休暇や趣味のための滞在が目的ですが、二地域居住は定期的に滞在し、地域のコミュニティや活動に関わることに特徴があります。
また、別荘は富裕層に限られるイメージですが、やり方次第では二地域居住は誰でも可能です。空き家を安く手に入れて第二の拠点にしたり、自治体のお試し住宅やシェアハウスを利用したりすれば、費用を抑えてもう一つの拠点を持つことができます。また、多拠点生活のための住まいのサブスク=月額制の滞在サービスも登場しています。地方でもコワーキングスペースは増えていて、二地域居住を後押しする環境が整ってきています。
二地域居住のメリットとデメリット
都市と地方のいいとこ取りともいえる二地域居住ですが、メリットとデメリットがあります。
メリット
- 自然のなかで心身をリフレッシュできる
- 仕事や人間関係を維持しながら地方暮らしを楽しめる
- 移住する前に地域の暮らしを体験できる
- 地域経済やコミュニティに貢献できる
- 災害時の避難先を確保できる
デメリット
- 家賃や光熱費などの生活費が二重になる
- 移動に時間や費用がかかる
- 移動距離や頻度によって肉体的な負担が大きい
- 家族の理解や子育て環境の調整が必要
- 地域コミュニティに馴染むまで時間がかかる
二つの住まいさえあれば二地域居住は可能ですが、大きなネックはコスト面と地域との関わり方にあるように思います。特に後者は、地域とつながるための丁寧なコミュニケーションが欠かせません。定住する場合は、日常的にあいさつをしたり、自治会活動に参加したりするなかで自然と地域に溶け込みやすいですが、二地域居住の場合は少し努力が必要です。近所の人には事情を説明して、ゴミ出しなどの地域でのルールを確認しておく必要があります。
二つの生活を経験することで視野が広がる
私は二地域居住を実践したことはありませんが、都市と地方の両方の暮らしを経験したことで、それぞれの良さを感じています。都会の芸術や文化に身近に触れられる環境は魅力的ですし、地方の自然と温かな人とのつながりも大きな魅力です。完全移住にしても二地域居住にしても、二つの生活を経験することで視野が広がり、人生が豊かになるように思います。「こんな暮らしもあるんだな」と知るだけでも心にゆとりが生まれます。
観光から一歩踏み込んでその地域と関わってみたいという人や、移住の前段階として地方での暮らしを体験してみたいという人にとって、二地域居住は魅力的な選択肢。コロナ禍が終息して、ブームとしての二地域居住は落ち着いた感はありますが、今後制度化が進むことで、このライフスタイルを選ぶ人は増えるかもしれません。暮らしの選択肢が広がる今、自分がどんな生き方を望むのかが問われているように思います。
プロフィール
鈴木俊輔(ローカルライター・信州暮らしパートナー)
長野県池田町を拠点に、インタビュー取材・撮影・執筆を行なう。また、長野県の信州暮らしパートナー、池田町の定住アドバイザーとして移住希望者の相談に乗る。2015年に神奈川県から長野県へ移住したことをきっかけに登山を始める。北アルプスの景色を眺めながらコーヒーを飲むのが毎日の楽しみ。趣味は、コーヒー焙煎、まき割り、料理。野菜ソムリエプロ。
山のある暮らし
都内の出版社で働くサラリーマン生活に区切りをつけ、家族とともに長野県池田町に移住した筆者が、「山のある暮らしの魅力」を発信するコラム
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