【書評】 異色の登山家が前人未踏の記録に達するまで『最強登山家プルジャ』
評者=森山憲一
ここ5年ほどの間、世界で最も注目されたヒマラヤ登山家というと、ニルマル・プルジャになるのではないだろうか。
ネパール出身のプルジャは、2019年、8000m峰14座を半年で全山登頂する計画をぶち上げる。それまでの最速登頂記録は7年10カ月。まったく無名の登山家による常識破りの挑戦に、世界の登山界からは驚きを超えて嘲笑の目を向けられることもあったが、プルジャはこれを6カ月6日で完遂。一躍世界の注目の的となった。
約1年後の21年1月には、8000m峰のなかで唯一冬季登頂が果たされていなかったK2で世界初の冬季登頂を成功させる。これによってプルジャは、たまたままぐれで14座最速登頂に成功したわけではなく、恐るべき実力をもった登山家であることをあらためて証明した。
プルジャが注目されたのはこれら登山の実績だけが理由ではない。ネパール人はシェルパ族を筆頭として、古くからヒマラヤ登山で活躍してきた。しかしそれは外国の登山隊のサポート役としてであって、ネパール人自らが登山隊を組織して自分たちのためにヒマラヤを登ることはほとんどなかった。しかしプルジャと同世代や下の世代のなかには、「シェルパ」としてではなく、「クライマー」としてヒマラヤを登る者も増えてきている。プルジャはそうしたヒマラヤ新時代の象徴としても注目されているのである。
本書は、そのプルジャ本人による8000m峰14座最速登頂の記録である。もともとはグルカ兵(イギリス軍のネパール出身者部隊)で、29歳まで登山をしたことがなかったなど、欧米や日本のクライマーとはまったく異なるバックグラウンドをもつ男が、わずか7年でどうやって14座最速登頂を成功させるまでに至ることができたのか。そのあたりの詳しい事情も知ることができる。
文章から伝わるのは、エネルギーと野心にあふれ、「オレにはできる」「絶対にやり遂げてやる」という前のめりな人生を生きている男の姿だ。どんな困難に直面しても、過酷な軍隊生活を生き抜いてきたオレには屁でもないと前進していく。こってりしすぎたその思いは、日本人からすると消化不良を起こしそうでもあるが、それくらいのガッツがないとこれだけの実績を残せないということでもあるのだろう。
プルジャはその後も八面六臂の活動を続けており、今年は再び14座全山登頂にチャレンジするという。ところがその一方では、性加害疑惑を告発されるなど闇の側面も近年いくつか報じられている。良くも悪くも問題含みの人物であることを念頭に置きつつ読書をすると、ただのヒーローではない立体的な人物像が浮かび上がってくるかもしれない。

最強登山家プルジャ
―不可能を可能にした男―
| 著 | ニルマル・プルジャ |
|---|---|
| 訳 | 西山志緒 |
| 発行 | 集英社 |
| 価格 | 2,970円(税込) |
ニルマル・プルジャ
1983年、ネパールの貧しい家庭に生まれる。長兄、次兄を追いかけて切磋琢磨し、グルカ兵となる。英国へ移り、英国舟艇部隊に所属。「願えばかなう」をスローガンに、祖国ネパールのシェルパたちの地位向上を掲げ、また環境問題への関心も高く、多方面で影響力ある発信を行なう。その型破りなスタイルは世界中にインパクトを示し続けている。
評者
森山憲一
1967年、横浜市生まれ。早稲田大学教育学部卒。在学中は探検部に在籍していた。『山と溪谷』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーライターとして活動する。
(山と溪谷2025年3月号より転載)
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