スリリングな雪稜を楽しむ雁戸山
読者レポーターより登山レポをお届けします。こうさんは険しい表情が魅力の雁戸山(がんどさん)へ。
文・写真=こう
東北には、たおやかな稜線を持っている山が多く存在するため、高度感やスリルを味わえる山のイメージはあまりないかもしれない。だが、雁戸山はいい意味で東北らしからぬ特徴をもつ山である。
蔵王連峰の北部、いわゆる北蔵王に位置するその山は、両側が深く切れ落ちた稜線を持つ。特に、山頂へ進むことを阻むようにそびえる蟻の戸渡りは、壁のような傾斜に加えて、バランスを崩したら谷底まで落ちてしまいそうな峻険な道となっており、雁戸山における核心部と言えるだろう。
また、雁戸山の周囲には南雁戸山やカケスガ峰、前述した蟻の戸渡りがあり、アップダウンもそれなりにある。その鋸歯状の稜線が「がんどう鋸」を連想させることが、山名の由来にもなっている。
夏に登っても楽しい山であるが、冬にしか通れない道から見られる絶景とスリルを味わうために、冬の雁戸山へと登ることにした。
関沢(せきざわ)バス停から舗装された道路を進む。トンネルを潜って少し歩くと、冬季通行止めになっている国道286号にぶつかる。冬季閉鎖ゲートの脇を抜けていくと、そこからは大量の雪が積もっているので、スノーシューに履き替えて笹谷峠(ささやとうげ)をめざす。笹谷峠までは道路があるが、その道路を進んでいくと遠回りになってしまうため、ところどころにある登山道を使い、ショートカットしていった。
笹谷峠からは南側へと向かった。カケスガ峰への夏道は2本あるが、どちらもやや遠回りになるため、夏道は使用せず、木々を避けつつ最短距離でカケスガ峰をめざした。もう3月なので、雪の状態は残雪期のものに近く、しっかり締まっていたため、ラッセルの必要はなく快適に登ることができた。
カケスガ峰まで登ると、ようやく雁戸山の姿を見ることができる。稜線の先に存在するピラミダルな山容が美しく、俄然モチベーションが高まった。
カケスガ峰から一度下ると、その先は夏道であれば斜面をトラバースするのだが、冬は雪崩の危険があるため、稜線上を進み名もなきピークへと登る。冬しか通れないその稜線は眺めが抜群で、真正面には雁戸山と蟻の戸渡りが見え、その急峻さを存分に感じることができる。さらに進むことで南側にひときわ白い蔵王山の姿も見えてくる。
幅の広い稜線ではあるが、東側には雪庇ができていることも考えられるため、あまり近づかないように意識しながら下った。鞍部まで下ると、蟻の戸渡りはもう目の前まで来ているが、この時点で蟻の戸渡りの迫力に気圧されるようであれば、この先は進まない方が無難だろう。
ここからはアイゼン、ピッケルが必須となるため、平らな場所で装備を整えた。
蟻の戸渡りは、薄雲に隠れた太陽を突き上げる槍のような形で天に向かっていた。滑落しないようにピッケルを雪の中に深く突き刺し、ピッケルが動かないことを確認してから足を持ち上げる。雪が硬いところは何度も蹴り込み、雪を固めてステップを作ってから、上へと進んだ。
登り切った先は平らになっているが、少し進むとまた同じような急な登りが待ち受けている。足場は相変わらず狭く、両脇は深く切れ落ちており、峻険な道がしばらく続く。
次々と現われる雪の壁をアイゼン、ピッケルを駆使しながら越えていく。途中にあるロープ場では、一部ロープが露出しておりありがたかったが、足元は雪のつき方が薄く、安定した足場を探すのに難儀した。また、ピッケルを深く突き刺せるほどの雪量がなかったため、シャフトを握り大きく振りかぶって目線の先にある雪面へと振り下ろし、ピックを深く食い込ませ、手がかりを確保した。一筋縄ではいかないルートに苦戦しつつも、冒険心をくすぐるスリリングな雪稜に楽しさを覚えた。
蟻の戸渡りの最上部まで行き着くと、再び雁戸山と対面することができる。この行程で一番の難所に足が震えたが、ここでしか見れない圧巻の絶景に心が震えた。蟻の戸渡りを通過したことに安堵し緊張感が和らぎ、両脇が谷であることを一瞬忘れたが、この先も危険箇所は続く。相変わらず足場の狭い道である上に、雪を踏み抜く箇所もいくつかあったため、とにかく転倒、滑落しないように気を張り進んだ。
細かいアップダウンを超えた先に、雁戸山山頂への最後の登りがある。傾斜は蟻の戸渡りほどではないが、登る距離はこちらの方が長い。アイゼンがよく刺さる硬めの雪質だったが、途中吹き溜まりがあり、足を取られることがあったため、足元にも注意が必要だった。
上部に行くほど傾斜がきつくなってくるため、両手をつきながら登ることで足にかかる負担を軽減した。
上へと歩み続けると、急に目の前がひらけ、雪を纏い大きくなった山頂標識が現われる。奥に見える南雁戸山はすぐ近くに見えるが、ピークを踏むには一度大きく下る必要があり、往復するとそれなりに時間がかかりそうだったので、今回は眺めるだけにした。
無風、晴れというこの上なくすばらしいコンディションだったので、座って景色を眺めながら食事をとりつつ、登りでがんばってくれたふくらはぎをしっかり休ませた。
雪山の急傾斜は、登り以上に下りが難しい。上りは目線が斜面に近いため、あまり高度感を感じないが、下りは目線が高くなり、より高度感を感じる。また、勢いがつきやすいことから、転倒や転落のリスクも高まる。傾斜が急なところは斜面と向き合い、両手をつきながら下ることで、バランスを安定させるとともに勢いを抑え、転倒のリスクを減らした。加えて、斜面に正対することで、万が一足を滑らせた場合でも滑落停止の姿勢が取りやすくなる。安全に帰るための策を講じながら、一つ目の難所を無事通過した。
ある程度斜度が落ち着いたところで、体の向きを元に戻して歩いて下ったが、やはり勢いがついてしまう。力強く踏み出した一歩は、登ってきた時のトレースを確実に捉えたが、その下に隠れていたクラックを踏み当て片足が落ちてしまったので、極力雪に衝撃を与えないように細心の注意を払う必要があった。
蟻の戸渡りにたどり着くと、そこから先はより一層険しい道となる。一度転がってしまったら止まりようがないほどの斜度に恐れおののき、いつも以上に一歩一歩を丁寧に下った。
登ってくる登山者が何名かいたが、場所によってはすれ違うことも困難となる。うまくすれ違えるようペースを落としたり止まったりして、すれ違うポイントを考えつつ歩いた。
もう少しで鞍部に着くところで最後の難関が現われる。このルートでいちばんの斜度を誇る傾斜では、迷うことなく斜面と向き合いながら下った。通過して振り返ってみると、短い距離に見えるが、実際に下っている時の体感としてはその倍以上の距離があるように感じた。
鞍部に到着するとアイゼン、ピッケルはお役御免となるため、スノーシューに履き替えた。急峻な稜線を通過した直後だったためか、カケスガ峰までの登りがとても緩やかに感じた。振り返れば、両翼を伸ばした雁戸山の壮観な姿があった。
カケスガ峰からは登りのときに作ったトレースをたどって、笹谷峠を経由して、関沢のバス停まで一気に下った。
登山口まで戻ると、峻険な稜線を歩き山頂に立つことができた達成感とともに無事に帰ってこれた安堵感が、疲れた体にじわりと染み渡った。
(山行日程=2025年3月8日)
MAP&DATA

こう(読者レポーター)
山形県在住。東北の山のほか関東甲信越、日本アルプスを月に6~8回のペースで登り、風景写真を撮っている。
プロフィール
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全国の山と溪谷オンライン読者から選ばれた山好きのレポーター。各地の登山レポやギアレビューを紹介中。
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