初夏の琵琶湖の山を旅する。近江・金勝アルプスと湖上の有人島、沖島ハイキング
イラストレーターで登山ガイドの橋尾歌子さんが、初夏の金勝(こんぜ)アルプスにプチ遠征。琵琶湖を見下ろすご当地アルプスを縦走し、その足で琵琶湖最大の島・沖島(おきしま)に渡航した。琵琶湖の島暮らしをちょっと拝見しつつ、もちろん島の山にも登って離島気分を満喫。初夏の低山を巡る旅のルポ。
写真・文=橋尾歌子
琵琶湖最大の島・沖島へ
堀切港(ほりきりこう)から沖島までは定期船で10分。ちょうど湖向うの比良山脈がオレンジ色に染まるころ乗ることができた。湖面はおだやかに揺れ、水鳥のオオバンが波に揺られながらこちらを見ていた。
上陸してすぐ、西の端にある湖上荘へ。湖岸の道を歩いていると、ゲコゲコとカエルの合唱が聞こえていた。島の大半を山林で占められているので、生活圏は湖岸に集中している。
湖上荘は、女将のゆかりさんがお父さんから受け継いだ宿。この日の夕食はビワマスの煮付けやお刺身、焼きモロコ、ゴリとナスの天ぷらなど湖の幸三昧。なかでも琵琶湖名物の鮒ずしは各家庭で味が違う。「ご飯がおいしいから鮒ずしもおいしいんですよ」とゆかりさん。最後に小さな器に取り分けてもらい、お茶漬けにしてもらった。
ケンケン山から尾山へ。島の山を縦走
翌朝朝食を食べた後、湖上荘を出発。ゆかりさんがハイキングに必要ないものを近くにあるカフェ「いっぷくどう」まで三輪車で運んでくれた。沖島には車が一台もなく、島の人々は主に三輪車で移動する。湿ったような水のにおいが漂ってきて、岸辺にある船腹を打つ波の音がひたひたと聞こえていた。畑仕事をする人が「おはようございます」と声をかけてくれる。
島の真ん中にあるコミュニティセンターそばの民家裏にコンクリートの階段があり、そこから登り始めた。木の階段がつけられた登山道の周りにカエデやツバキ、クヌギの森が広がり、木々の根元にびっしりとシダが生い茂っている。ヒヨドリの声がヒヨヒヨと木から木を渡っていった。
30分ほどでケンケン山に到着。山というよりも小高い丘のような場所で、「お花見広場」という別名の通り、広場には桜の木があり、北側の木々の向こうには比叡山と比良の山々が広がっている。
ケンケン山を後にして、ここからは平坦な登山道を歩いた。ホオジロ広場には北側に向かってベンチがあり、ここで一休み。先ほどのケンケン山からほんの15分ほどしか歩いていないのに、進行方向が変わったらしく湖の向こうの比良山脈はもう北端しか見えず、湖北の高島市あたりの街が遠くにかすんでいた。広く青い湖面の上で海鳥ならぬ湖鳥が気持ちよさそうに空に浮かんでいる。
ホオジロ広場からさらに10分ほどで見晴らし広場。ここでは南側が開けていて、乗船した堀切港がすぐ近くに見えていた。「わ〜こんなに近いんだね!」とかがびー。湖からの風が心地よく顔の汗を拭い去っていく。堀切港からこちらに船が向かってくる。小さな漁船も動いている。とんびの声が聞こえ、その小さな声に静けさが深まり、ここが隔絶された世界のように感じる。
ここからはやや急な下り坂。進んでいくと樹林の中の木に尾山(蓬莱ヶ岳)の山名板があった。下山したら、数量限定の沖島バーガーを食べたいねと話した。登山道脇には、またもやシダの若芽たちが一心不乱に湖を見ながら群生していた。
湖畔へ下山。島の暮らしを感じながら港へ
湖岸横の踏み跡を進むと植林の森に入り、赤い鳥居が見えてくる。厳島神社到着だ。湖の中にも大きな鳥居、鳥居そばに桟橋があり、湖上で遊ぶボートの音が響き、カヌーやサップをする人の姿も見える。山頂での静けさがうそのようだ。山がわの急な階段のかなり高いところに厳島神社の社殿があり、階段途中で若い男性たちが忙しそうに草刈り作業をしている。「もうすぐこの神社のお祭りなんだよ」。毎年5月3日に春祭りがあるそうで、島外から帰省した人たちも多いようだ。
私たちがケンケン山から歩いてきたと話すと、「イノシシいなかった?」と尋ねられた。そういえば登山道のあちこちに掘り返した跡があり、いくつかの罠を見た。最近この島ではイノシシが作物を荒らすので困っているそうで、「罠に近寄らないでね」と言われた。「新天地を求めて泳いできたのかしら」と薮ちゃん。私も同じこと考えてた!
厳島神社で山行の無事のお礼を告げた後、野菜や花が植えられた畑の中の道を歩いた。道横の木に大きな夏みかんがぶら下がっている。進んでいくと湖畔で釣りをする人の姿が多くなっていく。港にもたくさんの人!数量限定の沖島バーガーは諦めた。
沖島小学校の校舎内のトイレが開放されていたので、みんなで使わせてもらった。現在、沖島幼稚園には園児が2人、沖島小学校には17人の在校生がいて、通学区域の弾力化で近江八幡市内のほかの学区から越境入学ができるので、園児と小学生3人以外の児童は島外から先生と一緒に船に乗って通っている。自然体験学習や沖島太鼓のクラブ活動が魅力のひとつだ。
さてと、ぐるっと回って港に戻ったけれど、所要時間はわずか3時間ほど。山の反対側の南西側に向かった。南西側の突端には明治時代まで良質の花崗岩の採石所があり、今はその跡地に小さな畑が広がり「千円畑」と呼ばれている。採石所跡地を一区画千円で売りに出したので、こう呼ばれているとか。「千円畑までの湖岸のシダレザクラは湖面まで垂れて、もう少し早い時期にはサクラのトンネルになりますよ」とゆかりさんに教わった。
千円畑横を歩きながら、湖面を見ると、広い水面の向こうに比良山脈が見えている。こんどはあそこを縦走してみたいね!桟橋の上からダイブする子どもたちの姿。水冷たくないのかね。桟橋そばにオープンしたての「漣(さざなみ)カフェ」があり(店先に「沖島小学校同級生一同」からのお祝いのガジュマルの鉢植えが置かれていた)、アイスクリームを食べた。桜餅アイスは、ほのかな桜の香りがした。
予定していた帰りの連絡船には定員オーバーで乗れなかったけど、すぐに臨時便を出してくれた。
帰宅してから、沖島コミュニティセンターの小川文子さんに沖島の魅力を聞いてみた。「自然が豊かで野菜を作ったり山の恵みを採りに行ったり……。そんなことを当たり前のようにできること」「島民はみな顔馴染みでお互いに助け合う生活ができること」と話していた。
わずか10分の離島は、思った以上に近い。島ならではの暮らしと静かな山は、小さな秘境感にあふれていた。
(山行日程=2025年4月27〜28日)
MAP&DATA
沖島関連リンク
この記事に登場する山
プロフィール
橋尾歌子
イラストレーター、登山ガイド。多摩美術大学大学院修了。(有)アルパインガイド長谷川事務所勤務、(社)日本アルパイン・ガイド協会勤務を経てフリーに。2004年、パチュンハム(6529m)・ギャンゾンカン(6123m)連続初登頂。(公社)日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅢ。UIMLA国際登山リーダー。バーバリアンクラブ所属。
今がいい山、棚からひとつかみ
山はいつ訪れてもいいものですが、できるなら「旬」な時期に訪れたいもの。山の魅力を知り尽くした案内人が、今おすすめな山を本棚から探してお見せします。
こちらの連載もおすすめ
編集部おすすめ記事

- 道具・装備
- はじめての登山装備
【初心者向け】チェーンスパイクの基礎知識。軽アイゼンとの違いは? 雪山にはどこまで使える?

- 道具・装備
「ただのインナーとは違う」圧倒的な温かさと品質! 冬の低山・雪山で大活躍の最強ベースレイヤー13選

- コースガイド
- 下山メシのよろこび
丹沢・シダンゴ山でのんびり低山歩き。昭和レトロな食堂で「ザクッ、じゅわー」な定食を味わう

- コースガイド
- 読者レポート
初冬の高尾山を独り占め。のんびり低山ハイクを楽しむ

- その他
山仲間にグルメを贈ろう! 2025年のおすすめプレゼント&ギフト5選

- その他