テントの外から聞こえてくる靴音。夜の工事現場跡をさまようものの正体とは
登山者にとって心身を休めるのに役立つテントだが、外の気配におびえた経験はないだろうか。音は筒抜けなのに、外界はまったく見えないというテント特有の空間が恐怖を倍増させることもあるが、それ以上に説明のつかない不可思議な体験をしたという人もいる。登山と怪談をテーマに執筆活動を行なう成瀬魚交さんが探検部時代の先輩から聞いたという不可思議な体験をつづる。
文=成瀬魚交 写真=PIXTA
なじみの「工事現場跡」で前泊したものの
「こないだの新歓合宿、たいへんだったよ! 新入生も多いし、ゴールデンウィークだから帰りも大渋滞で……」
筆者の大学時代のサークルの先輩であるO川さんは2025年の5月、久しぶり富士風穴を訪れた。
当サークルでは毎年、新入生歓迎合宿と称して青木ヶ原樹海にある富士風穴でケイビングをしている。コロナ禍で活動が停滞していたが、今年は数年ぶりに富士風穴での新歓合宿が行なわれることになった。しかし、コロナ禍を経て洞窟活動の経験がある学生がいなくなっていたため、O川さんをはじめ経験者である有志のOBが協力し、学生を引率することになったのだ。
「当然、みんな初心者ばっかりだから、おれたちが秒で抜けれるような普通の隙間でもひとり5分くらいはかかっちゃうし、最奥部では30分も戻ってこなかったやつもいるから」
ケイビングをする富士風穴は、観光洞として完全に整備された鳴沢氷穴や富岳風穴とは別の洞窟で、富士山の噴火によって形成された溶岩洞の内部にはほぼ人工物はない。途中、はいつくばったり、最奥部など頭と肩がギリギリ通れるかどうかの狭い隙間を通り抜けたりしなければならず、全身つなぎを着用し、ヘッドランプをつけたヘルメットも必須。ゆえに未経験者だけでは危険が伴う。
「洞窟自体はまあこなせたんだよ。でも、前の晩にテン場でさ、ちょっと怖いことがあってさ……」
居酒屋の喧騒のなか、ハイボールを片手にO川さんは訥々と語りはじめた。
「学生たちは当日の早朝に道の駅集合だったんだけど、おれたちは前泊したのね。いつものテン場に夕方くらいについて、Mくんと飯食って飲んでたわけ」
“いつものテン場”というのは、富士の西側のとある山中にある場所のことである。青木ヶ原樹海ではテント泊が禁じられているため、別の場所に泊まる必要がある。そこで、山の中腹にある砂利が平坦に盛られた工事現場の跡地をある先輩が見つけ、以来その場所にテントを張っていたのだ。
このときはO川さんに加え、20代の若手OBであるMくんも参加していた。
「テン場に着くとさ、焚き火の跡があったんだよ。2日前くらいに来たやつがいたんだろうね。焚き逃げと乾いたタバコの吸い殻があった。マナー知らずのキャンパーも増えたもんだよ」
我々部員は当然、そうした非常識な行為はしない。こっそり来て、なるべく痕跡を残さないようにして帰るのみだ。
車で敷地に乗りつけた彼らは、さっそくキャンプ道具を駆使して食事をつくり乾杯をした。爽やかな高原の風を感じながら飲むビールは格別だったという。
「テントふたつ積んでいったから、それぞれ別のテントで寝たよ。寒いし、明日も早いから、夜10時くらいには寝る準備していたと思う」
この記事に登場する山
プロフィール
成瀬魚交(なるせ・うこう)
1990年生まれ。東海大学探検会OB。学生時代はスリランカ密林遺跡踏査、秋田県民間信仰調査などの活動を行なった。現在は編集者・ライターとして各地の渓谷や不思議スポットを訪れたり、聞き書きなどで実話怪談を手がける。
登山者たちの怪異体験
太古の時代から、山は人ならざるものが息づく異界だった。そうした空間へ踏み込んでいく登山では、ときとして不可思議な体験をすることがある。そんな怪異体験を紹介しよう。
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