天体と自分と岩峰と。壮大なセルフタイマー撮影「望遠自撮り」同行ルポ

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夜の山に立ち、大きな美しい月と自分を写しているロマンあふれる写真。なんとこの写真は、「自撮り」。山梨県の瑞牆山(みずがきやま、2230m)の麓に立つみずがき湖ビジターセンターで行なわれていた「星空写真展」に展示されていた作品に、一目ぼれしてしまった。新たな山岳写真のジャンルを確立している方がいる! 撮影者の行方聡さんと飯盛山(めしもりやま、1643m)を登り、望遠自撮りについてお話を聞いた。

文=丸山瑞貴(山と溪谷オンライン) 写真=行方 聡

壮大な自撮り

行方さんは山梨県に移住して40年。立派な天体観測ドームをご自宅に設置して、日々天体観測をする「天体マニア」だ。そんな行方さんが撮影していたのは、月をバックに自分が小さく写る望遠自撮りの写真。山頂から数キロ離れた山麓にカメラを設置し、山頂に立つ時間を逆算して数時間単位でセルフタイマーをセット。そして暗闇のなか山頂に立ったら三脚を立てた場所に向かって一人でポーズをとる。すると望遠自撮りができるという仕組み。行方さんは望遠自撮りは引退されたとのことだったが、今回は解説のために昼間に飯盛山を案内してもらった。

望遠自撮りの仕組みを解説した展示
飯盛山を例に望遠自撮りの仕組みを解説した展示(製作=行方さん)
飯盛山での望遠自撮り
行方さんが過去撮影した飯盛山での望遠自撮り

5:00 カメラのセット開始

飯盛山の望遠自撮りの撮影地は、清里高原にある、清泉寮(せいせんりょう)の牧草地周りの散歩コースの一角。飯盛山までは直線距離4400m、標高差280mだ。早朝は空気が澄んで遠くの富士山まで見える、開けて眺めのいい場所だった。行方さんは説明を交えつつてきぱきと準備をしていく。レンズはタカハシの小型の天体望遠鏡で、カメラは天体撮影用のデジタル一眼レフカメラ、キヤノンのEOS 60Da。

三脚のセッティング
レンズは天体望遠鏡だが、望遠自撮りの際は赤道儀はつけずに直接三脚にとりつける
野鳥観察用の一人用テントのなかから撮影
小窓を開けて、飯盛山山頂を狙う

そして、カメラを通りすがりの人がついつい触らないようにするためにテントをかぶせ、カメラ位置を調整。このテントは、野鳥観察用の一人用テントに三角窓をつけ、底を切りとって望遠自撮り用に改良したものだ。

テントの張り綱を張る
撮影中のメモ
張り綱を張り、撮影中のメモをテントにクリップ

仕上げに、きちんと水平にしてピントを合わせ、山頂に着く時間、約1時間半後にセルフタイマーをセット。対象は遠いので、露出の調整やISO感度など、長年の勘でピントを合わせているという。シャッターが自動で切られるは1回だけではない。10秒ごとに1回シャッターが自動で切られるのを1カウントとして、それが300カウント(50分間)続くという設定。なので、到着予定時刻から遅れても問題なく撮影できるようになっている。

6:30 登山開始

カメラを設置したら、車で野辺山高原平沢峠(ひらさわとうげ)に移動して、飯盛山の山頂へ向かった。

野辺山電波展望台
野辺山電波天文台が見えた

登山をしながら、行方さんに望遠自撮りに関していろいろなお話を聞いた。

行方さんは中学生から大学生のときまでは天体少年だった。その後「世紀の大流星雨」と騒がれたジャコビニ流星群が一つも流れずガッカリしたこと、仕事が忙しくなったことから次第に天文活動から離れていったという。そして20歳ごろから登山やフリークライミングに熱心に取り組み、20代後半の時に山に通いやすい山梨県に移住。登山やクライミングをメインの趣味で続け、天文活動は定年退職直前に再開したそうだ。

望遠自撮りについて思い浮かんだのは、北杜市の自宅に設置している天体望遠鏡からたまたま見た、南アルプス・地蔵岳(じぞうだけ)のオベリスクにかかった満月がきっかけだった。「自分があの場所に行けたら、なにかいいことがありそうだ」と感じ、望遠自撮りを始めたという。初めての望遠自撮りは、オベリスクだった。

オベリスクに立つにはクライミングがともなうが、それも楽しみの一つだった。オベリスクでの望遠自撮りができると、それよりもスケールの大きい岩登りをして望遠自撮りをしたくなり、金峰山の五丈岩や瑞牆山の大ヤスリ岩など、その後も岩場のある場所で望遠自撮りをしていたそうだ。そして、岩場での望遠自撮りは昼間の通常の登山よりも危ないので、一般の方にあまりおすすめはしていないという。

金峰山の五丈岩で望遠自撮り
金峰山の五丈岩で望遠自撮り
瑞牆山の大ヤスリ岩の頂上で望遠自撮り
瑞牆山の大ヤスリ岩の頂上で望遠自撮り

飯盛山に岩峰はないけれど、どうして飯盛山も候補になったのか。「岩場はかっこいいけれど鑑賞する方もドキドキするので、見ていてほっとできる山でも撮影をしようと思ったんです」と行方さん。麓から見ても、登山道からみてもこんもりとしたやさしい形の飯盛山は、たしかに見ているほうも親しみやすい山だと思った。

山頂には予定通り7:30に到着。着いてからはカメラを設置した方向に向かってポーズをとる。10秒に1回シャッタ―が切れるので、10秒間は同じポーズで静止する。コツは、人は小さく写るので体を縮めないことだそうだ。私は両手両足を大きく開いてカメラにアピールした。

両手両足を大きく開いてカメラにアピール
両手を広げてアピールする私

10:00 仕上がりは?

下山して、カメラを回収する。望遠自撮りは無事にできているのだろうか。

カメラの画面をチェック
ドキドキしながらカメラの画面をチェック
画像処理後の写真
行方さんが画像処理をして送ってくれた写真

左に、二人がバンザイしているのがよくわかる。行方さんは望遠自撮りのエキスパートなので仕上がりに納得がいかない様子だったけれど、私は満足だった。取材したのは8月。撮影したのは午前中とはいえ、太陽が出てくるとすぐに猛暑になった。「望遠鏡が温まって、鏡筒が熱で延びてしまいピンボケ、気流の揺らぎによるブレで画質が悪くなってしまうようです」と考察をしてもらった。6月から10月は大気が不安定なので、撮影することはあまりないそうだ。

どうやって月の軌道を追っているのか?

ところで、本当の望遠自撮りは、月をバックに写っているもの。どうやって月の軌道を調べているのか。「まずは晴れた夜に天体撮影をします。そして、複数の天体シミュレーションソフトや『スーパー地形』などを使って、山で写りたい場所と月が一致する時刻を調べます」と行方さんは説明してくれた。

飯盛山と星空
飯盛山を入れて、星空を撮影
天体シミュレーションソフト
月の軌道を調べる
天体シミュレーションソフトを駆使して、月の軌道を調べる

そして、カメラをセッティングしてから、車で登山口まで移動し山頂に立つタイムを計測、また夜間登山の練習もかねて事前に昼間に山行を行なうそうだ。

望遠自撮り当日までにかなりの手間暇をかけたのに、本番の日に雲が出たり、空は晴れているのにカメラと山頂の間にガスがわいて自撮りできずに帰ってくることもあるという。全部の手順がうまくいき、作品ができるのは約20%の確率だそう。「仲間と撮影したいとも考えたけれど、うまくいかなかったときに気まずいから、気が楽で一人で全部やっていました。時間をかけたぶん、作品ができたときはとてもうれしいです」と笑顔で教えてくれた。

新たな登山ジャンルの望遠自撮り。天体の知識や、登山やクライミングの経験が充分必要だが、ロマンある作品撮影にチャレンジしてみてはいかだろうか。

望遠自撮りの手順

  1. 自分が写りたい場所、撮影場所にあたりをつける。
  2. あたりをつけた撮影場所でまずは晴れた夜に星空を撮影。その写真の星の位置をもとに複数の天体シミュレーションソフトや「スーパー地形」を使い、月の軌道を割り出す。自分が写りたい場所と月が一致する時刻を調べる。
  3. 事前山行。撮影場所にカメラを設置してから、車で移動して登山口から山頂までどのくらい時間がかかるかタイムを計測。
  4. 山行本番。②③をもとに行動時間を逆算し、カメラを設置して、山頂に立つ時間にセルフタイマーをセットして登山開始。月が昇るタイミングでの登山なので、夜間登山となる。
  5. 下山し、撮影機材を回収。
  6. 撮影できているか確認、画像処理
  7. 作品完成!

この記事に登場する山

山梨県 / 関東山地

瑞牆山 標高 2,230m

 瑞牆山とはなんとも難しい漢字である。明治38年、山梨県知事となった武田千代三郎がこの字に替えたという。『甲斐国志』には「子産(こうぶ)岩」、または「瑞壘」と記録されている。  遠くから眺めるとそんなに目立たないが、間近な西側の黒森集落や富士見平の手前辺りで見ると、峨々とした岩峰の林立は鬼気迫るものがある。全山花崗岩で、初夏のころ、アズマシャクナゲの花の群落は見事である。  一般的に、富士見平から天鳥川に下りる。岩塊の間を縫い、たくみにつけられた道を上がり、樹間を北側から抜けて山頂に立つ。  眺望絶佳。はすに見上げる金峰山、御坂の山の上に富士山、さらに右、大無間山から延々と南アルプスの連嶺が続く。そして中央アルプス、八ヶ岳、右に北アルプスは白馬岳まで。登山口からわずか3時間ばかりの登高で、これだけの絶景である。  下にぽつんと金山の集落が見える。ここには、奥秩父の先駆者、木暮理太郎翁のレリーフが金峰山に向かって建てられている。昭和26年の建立。  毎年5月には日本山岳会山梨支部により、「木暮碑前懇親会」が、10月には増富観光協会などの共催で「木暮祭」が開かれている。

プロフィール

丸山瑞貴(まるやま・みずき)

山と溪谷オンライン編集部。2022年に山と溪谷社に入社。子どものときに家族に山に連れて行ってもらったのがきっかけで登山が好きになる。今年の秋はヨセミテでクライミングをして、来年も行きたいと思っている。この冬はスキーを練習中。

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