【衝撃】「唇を嚙みちぎられ、前歯3本を失って......」クマに襲われた山岳写真家・高橋敬市さんの恐ろしい体験。その生々しい瞬間と教訓
立山連峰の自然風土を中心に撮影活動を続ける山岳写真家・高橋敬市さん。2018年、立山の山中で突如としてクマに襲われる事故に遭い、顔に重傷を負った。事故後はしばらく精神的ショックが癒えず、今でも顔の右半分に麻痺が残るという。事故によって、山や自然に対する意識が大きく変わったという高橋さん。その時学んだ教訓は、年月を経た今でも生き続けている。
文・写真=高橋敬市 トップ写真=PIXTA
突然、通い慣れた場所で初めてクマに遭遇
7年前の2018年6月5日、立山・美女平(たてやま・びじょだいら)の森の中で突然クマに襲われた。時間は昼ごろだったと思う。撮影を終え、車道から少し入った場所の谷筋を美女平駅方面に戻っている時だった。妙にサルが騒いでいて、異様な雰囲気だったのを覚えている。なにかおかしいなと思った矢先、突如としてクマが目の前に現われたのである。距離は定かではないが、数メートル程度だっただろうか。成獣でなはく、親離れした若いクマのようだった。
気が動転して三脚を振り回してしまい......
その時にとった私の対応は、本当に最悪のものだった。突然の遭遇に気が動転し、持っていた三脚をとっさに振り回して空振りし、バランスを崩してなんと、あおむけに倒れてしまったのである。
クマは倒れた私に飛びかかり、頭や顔を引っかいてきた。意識がもうろうとするなか、口元を噛みつかれているのがわかった。本当に一瞬の出来事で、クマはそのまま走り去っていった。気がついたら唇の端を噛み取られ、前歯を3本失っていた。ひどい出血で、首からぶら下げていたカメラは真っ赤になっていた。
その後なんとか自力で斜面をよじ登り、助けを求めてすぐ近くの道路管理事務所に駆け込み、防災ヘリに収容された。入院して治療を受けたが、退院後もしばらくは精神的なショックが大きく、眠れない日々が続いた。クマに攻撃を受けた顔の右半分には、今でも麻痺が残っている。
「自分は大丈夫だろう」という油断があった
私は事故現場の森に50年近く通っていたが、それまで一度もクマの姿を見たこともなかった。獣の臭いを感じることは何度かあったのだが、このような危険を感じるような目に遭ったこともなかった。
また、「もし遭遇したとしてもクマの方から逃げるだろう、自分は大丈夫だろう」という油断があった。しかし今思うと、それは勝手な思い込みだったのである。そのため事故前は、クマ対策の装備をなにも携帯していなかった。
今は頭部保護用に、ヘルメットを装着
事故後は季節や場所、単独かパーティかなどの状況にもよるが、以下のものを装備するようにしている。
①音が出るもの
ラジオや笛、クマ鈴。絶えず音を出し続けることが大切。ラジオは、山に入る日数などにより大きさを使い分けている。笛は人からもらったもので、音の高さが異なるものがセットになっている。
②クマスプレー
事故当日は単独だったので、もし持っていたとしても出す余裕はなかったかもしれない。現在は、複数人で山に入る場合に所持している。取り出しやすい場所に携帯しておくとよい。使用する場合、自分に降りかかってこないよう風向きに注意したいが、実際にはそこまでの余裕はあるだろうか……。
③ヘルメット
クマは、顔より上を狙ってくる。そのため、ヘルメットをかぶるようにしている。
④ナタ
登山道整備や山菜取りの時などで使用しているもの。知り合いから勧められてクマ対策として携行するようにしているが、クマ遭遇時の有効性はわからないので、持っていて安心感があるお守りのようなもの。
出会い頭は要注意。警戒すべき場所や時期
登山道で一番危険なのは、出合い頭だ。特にカーブした曲がり道など先が見えないところなどでは、少し間をおいて通過するのが有効だろう。鈴やラジオなどを持ち歩き、絶えず音を出すことも大切である。一人の場合には、手をポンポンとたたくだけでも効果はあるという。私の場合、歩いている際に獣の臭いなどの違和感を覚えたら、大声を出したりするようにしている。そして、登山道以外には立ち入らないこと。
またもし樹木の幹などのひっかかき傷やクマはぎ(クマが樹木の皮をはぐこと)、糞などの痕跡があったら、クマ出没の危険性が高い。細心の注意を払いながら、静かにそのエリアから離れたほうがいい。
時期的な注意としては、私が襲われたのは6月で、ちょうど山菜の時期であった。クマはススタケ(ネマガリダケ)のタケノコが好物なので、木の実が実る秋だけではなく春から初夏にかけても注意が必要だ。また、クマが出没するのは「朝夕が特に危険」と認識していたのだが、私が襲われたのは昼近くだった。クマは、24時間いつどこで現われても不思議ではないと思う。
遭ってしまったら刺激してはいけない
クマに出会った際の反省点として、立ち向かって刺激せず、静かに後ずさりしていればよかった。また事故後に教えてもらった防御方法としては、襲われた際はうつぶせになって手で首筋を抑え、じっとしているのがよいという。
相手はとにかく顔から上を狙ってくる。実際に遭遇した場合、冷静な判断は難しいかもしれないが、うつぶせになって顔や頭部を隠すのが一番の防御なのだ。
自分はまだ運がよかったのかもしれない
あらためて振り返ると、運がよかった点も多かった。遭遇したクマがそこまで大きくなかったことと、目をやられなかったことは不幸中の幸いだった。私の住む村では、成獣のクマから深刻な被害を受けた事故もあった。私の場合も、もし大きなクマだったら、引っかかれて顔面にもっとひどい損傷を受けていた可能性もある。また、近くの施設に自力で助けを呼ぶことができたのも幸いだった。
クマによる事故は、交通事故と同じでいつどこで発生するかわからない。クマが出るかもしれないと、常に意識して気を配ることが大事だ。また今では、クマの出没情報を公開している自治体も多いので、事前にチェックしておくのがいい。
最後になるが、事故後、大きく変わったことがある。山や自然に対して、より謙虚に向き合っていかなければならないと、強く意識するようになったのである。事故に遭わなかったら、自分の意識がこのように変化することはなかったかもしれない。今では、いい教訓だったのではないかと思うようになった。その後、幸いにもクマとの遭遇はない。しかしクマはいつ現われてもおかしくはないと常に注意を払いながら、謙虚に山と対峙し、今も撮影を続けている。
プロフィール
高橋敬市(たかはし・けいいち)
高知県高知市生まれ、富山県立山山麓の芦峅寺(あしくらじ)に在住。20才の時、北アルプス剱御前小屋にアルバイトで勤務。以降10年間勤務の後、フリーランスのカメラマンとして独立。 自宅に写真ギャラリー「NATUR」を開設し、立山連峰の自然風土を中心に撮影活動を続け、山岳雑誌、新聞、カレンダーなどに作品を発表する。写真集に立山明媚,風光剱岳、立山連峰心の原風景など多数。 2023年、剱岳をテーマにした2冊の写真集「剱岳遠近」~畏敬の岳~と、「剱岳遠近」~憧れの山~をクラウドファンデングの助けを借りて出版。現在、奈良市モンベルアウトドアビレッジの協力を得て「剱岳」の写真展を開催予定(2025年11月22日~11月30日)。
Special Contents
特別インタビューやルポタージュなど、山と溪谷社からの特別コンテンツです。
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