
ハイカーの足がなくなる! バス路線廃止で近郊低山のアクセスが危機的状況
全国各地で、バス路線が縮小や減便、そして路線廃止といった危機を迎えている。日常の足が突然なくなるという事態に不安を抱える人も多いが、登山やハイキングの足としてバスを利用する我々にも大きく関係するゆゆしき事態なのである。神奈川県の旧藤野町(現相模原市)を拠点に撮影・執筆活動を行なう三宅岳さんによるレポート。
文・写真=三宅 岳
週末はハイカーが大行列。廃止予定のバス路線
神奈川中央交通の「野08」系統のバスは、JR中央線藤野駅から、相模川支流の沢井川に沿ってさかのぼり、和田バス停を結ぶ、平日7往復、土休日8往復という路線バスである。土日のほうが便数が多いのは、乗降客が多いためだろう。その多くが、陣馬山(じんばさん)や生籐山(しょうとうさん)といった山々を楽しむハイカーである。
陣馬山(855m)といえば、首都圏の手軽なハイキングコースとして多くの人に親しまれている山である。広々とした山頂は、別名である陣馬高原という名にもふさわしく、富士山から首都圏までの大パノラマは見飽きるものではない。山頂には数軒の茶屋もあり、山旅気分に花を添えている。陣馬山を単独で楽しむハイカーはもちろん、高尾山(たかおさん)から城山(しろやま)・景信山(かげのぶやま)といったピークを越えての縦走も人気。一方、神奈川県最北の地を回る、三国山(みくにやま)や生籐山との組み合わせといった渋い山行も楽しめる。さらに健脚自慢なら、生籐山を越えて山梨県と東京都境の笹尾根(ささおね)まで結んで一気に歩く方もいるというように、工夫次第でさまざまな楽しみ方のある山なのである。
さて、昨年6月。神奈川県にある政令指定都市「相模原市」に神奈川中央交通(以下神奈中)から申し入れがあった。それは、市の北西部、現在の緑区の一部である旧津久井郡エリアでの大幅な路線撤退であった。
なかでも、JR中央線藤野駅を発着するすべての神奈中バスの定期路線は全廃とされたのである。具体的には、前掲の「野08」和田行きをはじめとして、相模湖駅行き、奥牧野行き、やまなみ温泉行きである。計画が実施されれば、JR藤野駅から発着するのは富士急バスによる名倉循環という一系統だけとなる。
廃止の理由は人手不足とのこと。運転手の減少に対応するため、というのが理由だ。確かに深刻な人手不足はあっただろうが、一エリアで同時にほとんどの路線を廃止するというこのケースは、おそらくは人手不足だけではなく、将来的には津久井地区の営業所廃止までにらんだ、利益優先の方針にしか見えない(多くの路線バス会社が赤字経営のなかで、神奈中はかなり優秀な経営状態であることも付記しておく)。
神奈中は小田急グループであり、小田急線からかけ離れたこのエリアならば切り捨ても容易だったのではないか、と考える人もいる。実際、小田急沿線で行われている「丹沢・大山フリーパス」といったキャンペーンとは無縁で、乗客を増やす努力やサービスの見られなかったエリアなのである。
とにかくバス路線に沿った住民の多くは理不尽と怒り、そして諦めを感じている。
また、新たな不安を話す方もいた。公共交通が減少するとマイカー登山者が増えるのではないかという点である。藤野エリアには観光目的の駐車場は限られていて、現在でも空き地や契約駐車場などを勝手に利用する輩がいるのだという。先日も歯医者の駐車場に車が停められて、出るに出られないということがあったばかり。路線バスの廃止は不法駐車の増加に拍車をかけるのではないか、という危惧である。
こういった路線バスの廃止。かつてなら、行政のストップがかかり、あり得なかった話だが、小泉内閣が行った自由化により、路線廃止のハードルが下がってしまったことも、その一因である。深く追求したいところだが、ここではこれ以上ふれないでおこう。
代替の乗合タクシーは最大で定員8名、ハイカーはどうなる?
さて、8月末に行われた市による住民対象の説明会では、代替交通としての乗合タクシー案の具体的な路線やダイヤが提案され、直近の10月から、実証実験がスタートをすることになっている。その一方で、令和9(2027)年3月には路線バスが消えることがほぼ確実ということも知らされた。あとは国交省に届け出るだけ、という状態らしい。
さて、路線バスの代替交通となる乗合タクシーは市の運営だが、実際には運行会社に予約を入れるというシステムだ。電話予約に加え、ネットでの予約も可能になっている。また、その路線は現行バス路線とは違うコースとなっている。料金は基本的にバスよりも高い。乗り合わせでタクシーに乗るよりも高い。しかも、市外からの利用者には割高な運賃設定である。
少しだけ進歩をしたなと思わせるのは、藤野駅から北側である和田方面と、藤野駅の南側にあるやまなみ温泉が直接一本の路線として結ばれたことである。これなら、ハイキング後に温泉で休息や打ち上げを楽しみたいという多くの人のニーズにマッチしそうなのだが。
しかし、この乗合タクシー案については解消のめどが立たない大きな障害が残っている。それは、大きな車両でも定員が8名ほどということなのだ。残念ながら増車は配備されておらず、あっという間に一杯になる可能性が高いのである。
かつて、相模原市に合併以前の旧藤野町時代にも神奈中の路線縮小が行なわれたことがあった。その際には、定員の多い藤野町営バスが運行されていたのだが、相模原市ではバス車両による交通を考えていないようで、合併後に消えてしまったのである。小さな町の時代にバスを走らせることができたのに、政令市になって、小さな車両での運行になるというのは、それだけでも行政サービスの低下だったのだが、この機に及んでも、大きな車両での運行は検討されていないのである。
なお今年のゴールデンウイークの午前8時台に藤野駅前でチェックしたところ、和田行きバス停にはハイカーが長蛇の列を作り、なんと大型バスでさえ定員いっぱいとなり、乗れないハイカーが不平不満顔で取り残されていったのである(以前は増車があったのだが、この日は見られなかった)。少なくとも数十名の乗客がいるという路線を最大8名乗りに転換するというのは、あまりに無理があると思える。和田行きの例を挙げたが、ほかの路線でも観光客利用はそれなりの数であり、とても6人乗りではまかないきれない。
説明会には、相模原市の観光政策課の担当者も同席していた。市のほうでも、観光客(ハイカー・登山者含む)には別途交通手段を検討中であるということで、地元の藤野観光協会とも協議をしているとのことであったが、残念ながら具体的な提案はなにも提示されなかった。また、この観光客への別途交通手段は、陣馬山方面の客しか考慮されておらず、今回廃止路線にある、やまなみ温泉方面への観光客対応は検討されている気配がなかった。
前記の観察時には、乗客のほとんどはハイカーであったが、終点で下車する人はもちろんだが、途中の停留所で下車する人、あるいは乗車する人もいて、そのニーズに対応できる交通システムは路線バスしか思い浮かばないのだが、はたしてどういった対応がいつ打ち出されてくるのだろうか。
10月に代替交通の実証実験スタート
このように、観光客・登山客に対する解決策が全く見通せない状況のまま、この10月から実証実験が行なわれることになっている。従来の神奈中バスが時刻表に合わせて運行する一方で、乗合タクシーが運行するということなのだ。ただし、その実証運行がなにを実証するのかは、説明会でもよくわからないままであった。その結果がどのように生かされるのか、という展望も不明のままである。実証実験もやりましたよ、という形式的なものになるのではないかという危惧がある。
一方で、神奈中の路線バス廃止の時期だけは令和9年3月と明確になっている。それ以前から減便が始まるかもしれない。
路線廃止を決めた神奈中は大きな問題を地域に残したと指摘をしたい一方で、よりよい地域交通を、と語る相模原市のあり方も重要である。ほんとうによりよいものになっていくのだろうか。
登山・ハイキングなどで廃止予定路線を利用する人、あるいは利用された方も、ぜひともその意見を相模原市交通政策課に意見を投げかけてもらいたい。
この記事に登場する山
プロフィール
三宅 岳(みやけ・がく)
1964年生まれ。山岳写真家。丹沢や北アルプスの山々で風景や山仕事などの撮影を行なう。著書に『ヤマケイアルペンガイド 丹沢』(山と溪谷社)、『山と高原地図 槍ヶ岳・穂高岳 上高地』(昭文社)など。
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