『生き物としての力を取り戻す50の自然体験』から浮かび上がってきた、自然への興味と輪郭

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

身近な野あそびから森で生きる50の方法を、33人のスペシャリストが実際に自ら行って説明した書籍『生き物としての力を取り戻す50の自然体験』。その1つひとつを紐解いていくと、ぼんやりとしていた自然への興味・輪郭がくっきりと浮かび上がってくる。

 

『50の自然体験』というタイトルを見て、小学生の子どもと一緒に楽しめるアイディアがありそう、とページを開いた。のっけからぐっと心をつかまれたのは、巻頭で書かれていた次の一文だ。

「本書で意図するのは、身体的な野生やたくましさよりも、むしろ抑圧されない、開かれた感覚や心の野生である」

これは本書制作の中心者で、企画前身となっているウェブメディア「WILD MIND GO!GO!」編集長、岡村祐介氏の言葉だ。

★人類をちょっとワイルドに!WILD MIND GO! GO!

考えてみると、現代社会はなにかに「抑圧」されることが多い。それは、親として、社会人としてこうあるべきという社会通念だったり、集団のなかで効率や合理性が最優先されて「個」を消すことが求められる場面だったりする。

でも、思う。そうした環境下においても、自身の心は自由な状態でいたい。自身の感覚や考えを立脚点に物事を見るようにしたいと。そんな思いと「自然体験」は、これまでリンクしなかったから、この一文が気になったのだ。

いつも歩く山や、近所の小さな自然、家族と自然のなかで過ごす時間に、新しい視点をもたらしてくれるかもしれない、とページをめくるにつけ期待が高まった。

生き物としての力を取り戻す50の自然体験
――身近な野あそびから森で生きる方法まで

子供から大人まで誰でも試してみたくなる自然体験の数々を紹介! これまでとはひと味違う自然体験のアイデア集。身近な公園で楽しめるものから森の中で生きる方法まで、感性や心の野生を取り戻す幅広い自然体験を紹介。33人のスペシャリストと、生き物としての力を取り戻す体験をしに出かけよう。

 

監修: カシオ計算機株式会社
編: 株式会社Surface&Architecture
発行: オライリー・ジャパン
価格: 2200円+税

Amazon で見る

本書は、きのこ写真家や自然環境の研究者はじめ、33人のスペシャリストが「感じる」「見つける」「意識を変える」「食べる」「身につける」「作る」のカテゴリー別に、自然体験の事例を紹介している。

その33人の顔ぶれがじつに多彩で、照明デザイナーやサウンドデザイナーなど、一見自然体験とは直接結びつかない著者陣が、自然とつながる視点を教えてくれていることが大きな特徴のひとつになっている。

本書で紹介されている「森のなかで『あかり』を楽しもう」も「冬芽を探しにでかけよう」もその行為自体は、私も実際にこれまで自然のなかで体験していた。

前者は日の入り20分前には灯りを準備し、1日のうちに空が最も美しいといわれる「ブルーモーメント」の瞬間、ブルーの世界とあかりが美しく共演する時間を楽しむ、という体験だ。それだけのシンプルな行為だけれど、あかりを「道具」としてだけとらえ、暗くなり始めてから慌ててランタン、焚火を用意していた私にとっては、「世界とあかりの共演」というとらえ方は、とても大きな視点の転換だった。

後者は、見出しのとおり、ユニークな姿の冬芽を見つけるという遊びだ。じーっと見ていると顔に見えてくることがあるのが面白くて、冬の山を歩くときのお決まりの楽しみだったのだけれど、そこに見えるのは、著者が言うように、「生命の躍動、静の中の動、動の中の静」だ。私の感動のゆえんを、そうか! と言葉にしてもらえたような嬉しさだった。

著者の自然へのまなざし、かかわり方について記された本文を読み進めていくうちに、「生き物としての力を取り戻す」というタイトルの真意が徐々に見えてくる。

ほかにも、「街のスキマに植物を、そして生態系を探してみよう」「空飛ぶアメーバ、粘菌を探しに行こう」「地球を背負って流れ星を見よう」などは、自然の中に入るときに気になっていたこと、もしくは自己流でやってみたことがある。けれども、こんな意識を持てば、こんな発見があるのかとはっとする。ぼんやりとしていた自然への興味、その輪郭がくっきりと浮かび上がってくる。

本書を読み進めながら自然のなかで心が動く瞬間を想像してみる。明日、足元の自然を・・・、または次の週末の山で、スペシャリストたちから得た新しい視点で見つめ直してみよう。そして、「心の野生」を感じてみたいと思う。本書はハウツーを紹介した本ではあるけれど、こうした気持ちを喚起させ、スペシャリストたちの自然への感性を味わう読み物でもある。

本書に紹介されている自然体験のなかで、今度絶対やってみよう、というものがまだまだある。「どんぐりからデンプンをとって『ドングリもち』を食べよう」、「100%自然のオブジェ『ハナズミ』を作ろう」、「身近な薬草『オオバコ』で軟膏を作ろう」などなど。

かくいう私はそもそも道具、材料の準備とか細かい工程を要するものがめんどうくさくて苦手。それでもやってみたいと思えるのは、本書で書かれているように、これらの体験を通じて「自分もまた自然の中の一部をなす生き物である」という意識を常に持てたら、街での暮らしも、明日からの生き方も少し自由に楽しめる気がするからだ。

プロフィール

大武美緒子

山と溪谷社で月刊誌『山と溪谷』、書籍の編集に十余年携わったのちにフリーに。中1、小2の息子と家族でハイキングやキャンプを楽しむ。

著書に『山の名前っておもしろい!』(実業之日本社)、共著に『はじめよう! 山歩きレッスンブック』(JTBパブリッシング)。子どもが自由に遊べる環境づくりに取り組むNPO法人「たねの会」理事。

登る前にも後にも読みたい「山の本」

山に関する新刊の書評を中心に、山好きに聞いたとっておきもご紹介。

編集部おすすめ記事